第91話 慰労会の午前祭#1
今日は土曜日。体育祭の慰労も兼ねての打ち上げが夜に予定されている。
そんな日の午前中から、俺は一人公園のブランコで座って待っていた。
というのも、俺はとある人物から呼び出しを受けたのだ。
「待ったかしら?」
その人物は学校公認の美少女である玲子さんだ。
今日の彼女は夏の陽気に合わせたオシャレな格好。
白いゆったりとしたシャツに、眺めのスカート、茶色いサンダルとまるで雑誌から飛び出したような感じ。
まぁ、大女優なんだから似合わないはずがないんだけど。
にしても、どうして玲子さんは俺を呼んだのか。
ただ漠然と「午前中に会えない?」とメールが来ただけ。
まぁ、理由は聞かなくても、玲子さんなら信用できるんだけどさ。
「いや、別に待ってないよ。俺が早く来すぎただけだし」
「そう、なら良かったわ。それだけ会うのを楽しみにしてたってこと?」
なんちゅう返しに困る質問を。
今の俺の体は思春期ぞ?
それに精神も若干引っ張られてる節がある。
それを返すにもとても勇気がいるんだぞ!
「ま、まぁ、そうなるかな」
俺は赤くした顔を逸らし、頬をかきながら答えた。
素直に感じたことを言葉にするのは難しいことだ。
だけど、俺はそれを蔑ろにしないようにすることに決めているのだ。
だって、伝えられなかったことを後で後悔するよりよっぽどいいはずだから。
だから、俺は精一杯素直な感想を言った。
それに対し、玲子さんは目を見開いて驚いていた。
そして、「行きましょ」と短く言葉を吐いて、先を歩き出す。
彼女の耳が赤いように見えたのは気のせいだろうか。
俺は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
ブランコから離れれば、玲子さんの隣に並んだ。
「それで、今日は何の用なんだ? 何か買い物に付き合って欲しい的な?」
そう言ってる自分もあまりピンと来ていない。
仮に目的がそうだとして、一体俺が玲子さんの何に役に立てるのだろうか。
今は高校生だけど、人間として一人の女性として形成されてる玲子さんが出来ない事なんておおよそないだろ。
それこそ女性物関係で俺を呼ぶのは場違いだろうしな。
なんだったら、俺のイメージではオフではズボラなゲンキングをコーディネートしてあげてるぐらいの方がイメージが強い。
俺の質問に玲子さんは端的に答えた。
「慰労会よ。もちろん、拓海君のね」
「慰労会?」
打ち上げのことか? それだったら、既に夜にする予定を立ててるはずなのに。
それにわざわざ俺一人のために?
「なんで俺の?」
「それは当然体育祭で英雄的活躍をした拓海君が、その行動に相応しい報酬を受けるべきと思ったからよ。
あの時の拓海君の行動の数々、他の人達がどう思ったかは定かじゃないけれど、私は労われるべきと思ったのよ――障害物競争の時に」
「それ俺が出て一番最初の競技」
せめて俵を持ち上げた時にしようよ。
それだけで判断って俺めっちゃ玲子さんに甘やかされてる感じしない?
もちろん、労ってくれるのは嬉しいんだけどね。
それから、他愛もない会話をしながら歩いていく。
目的地を聞いても玲子さんに「内緒」と答えられたので、ただただ横をついていった。
玲子さんとの会話は結構オープンな内容が多かった。
例えば、「この世界に来てから3か月経つけどどう?」的な。
他にも「この店、この時にはあって美味しかったんだよ」もあったな。
玲子さんと俺は経緯は違えど同じ過去に戻ってきた存在なので、俺にとってもこうして気兼ねなく話せる相手は嬉しいのだ。
他のメンバーに言えないってわけじゃないけど、内容が内容だけに突拍子もないし、それに言ったところでどうなるわけでもなし。
ぶっちゃけ言っても構わないんだけど、こちらからわざわざ話す内容じゃないって話。
とはいえ、俺の精神年齢は結局当時のままなので、たまにはこういう話もしたくなって。
その相手で言えば玲子さんが一番相応しいって話だけの話である。
「着いたわ」
そんなこんなで話しながら歩くこと数分、玲子さんの言葉で立ち止まった。
見上げてるので、同じく見上げてみると、そこにはでっかいマンションがある。
一体何人の金持ちがそこに住むんだみたいなマンション。
察しの良い俺はすぐにそこがどこか気づいた。
「なぁ、玲子さん。ここってもしかして――」
「えぇ、私の家があるマンションよ」
「やっぱし......」
俺はなんとも言えない顔になった。
こう女友達に家を紹介されて嬉しいのやら、明らかな金持ちの家に臆しているのやらで。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか玲子さんは言葉を続ける。
「こうも日差しが強いと外にいるのも面倒でしょ?
それにせっかく夜には同じ店に行くというのなら、こうして私の家で涼んでも問題ないというわけよ」
「なるほど......でも、さすがに男一人が女子の家に行くには多大な勇気が――」
「唯華の家には行ったでしょ?」
玲子さんがズイっと顔を近づけてきた。
表情の乏しい彼女がさらに感情が見えない真顔となって、その顔から繰り出される暗黒の瞳には得も言わせぬ迫力がある。
行ったは行ったけど、あれは結果的にというか!
だから、決して狙って行ったわけじゃなくて!
そういうわけでアレ以来一度も尋ねたことないし!
という気持ちを胸にしたまま吐き出す勇気はなく、その圧に押されるままに答える言葉は――
「はい」
そのたった一言だけだった。
玲子さんの家にすぐさま行くのかと思われたが、その前に向かった場所は近くのスーパー。
なんでも「せっかく夜まで待たせるんだからお昼ご飯をごちそうするわ」とのこと。
別にコンビニ弁当でも良かったんだが、せっかくの好意なので甘えさせてもらうことにした。
スーパーに入れば、俺が荷物持ちとなって店内を巡っていく。
生鮮食品コーナーや肉・魚コーナー、総菜コーナーと色々な場所を見た。
すると、なんというか不思議な現象が起きた。
というのも、俺は土日に自主的にクック〇ッドで料理を作っているんだが、食材を見てどのような料理が作れるかというのが頭に思い浮かぶようになったのだ。
これは今までに全く無かった現象で、まるで俺の体がレベルアップした証を見ているようで実に嬉しかった。
以上、現場からの感想でした。
「拓海君は何が食べたい? 」
玲子さんが何気なく質問してくる。
その言葉に俺はピクッと反応した。
俺、知ってる。これ“なんでもいいと答えちゃいけない”やつだと。
作り手はこちらを喜ばそうと料理のリクエストの注文している。
にもかかわらず、もてなされる側が「なんでもいい」と答えれば、それは作り手側の意志を削いでしまうことに他ならない。
他にも夫婦間では「いつも作る内容面倒だから考えて」という意味合いも含まれていると聞く。
つまり、ここで俺が答えるべきは俺が今一番何が食べたいというもの。
尚且つ、そこまで作る手間を取らせず、出来れば洗い物も増やさないもの。
「焼きそば!」
「チャーハン好きだったわよね?」
勢いよく言ったと同時に玲子さんと言葉が被った。
まさか彼女から再度問われるとは。
なぜ知ってる? 前に母さんと会った時か?
「チャーハンは好きだけど」
「そう、良かったわ。なら、作ってあげる」
「え、でも、そこまでしなくても――」
「大丈夫よ。拓海君のために作るもの。
美味しそうに食べてもらえる料理が一番だわ。
それに私は拓海君に振る舞う料理はあらかた全て履修済みなの。
だから、なんだってできるし、いづれは栄養管理士の資格を取って拓海君の体調を全て管理する予定よ」
「ん?」
俺は玲子さんの言葉に眉間を寄せた。
すると、彼女はハッとした様子で直ぐに言う。
「もちろん、冗談よ。そんなことする必要ないわ」
玲子さんはニコッと笑みを向けた。
その笑みに2つの意味のドキッを感じた。
それから、買い物を済ませ、玲子さんに手を引かれるままに家に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます