第90話 青春体育祭#11

 走ってる最中、常々思うことがある。

 実際見てた距離よりも長くない? って。


「ハァハァ......」


 ほぼ無呼吸状態でほんの僅かな呼吸をしながら俺は必死に手足を動かす。

 アンカー前だけあって周りはそれこそ運動部の中でも特に身体能力が高い奴らの集まりだ。

 当然ながら、2位でバトンを受けようと抜かれる。


 転びそうなほどには足を回転させているが、俺よりも大きな歩幅でもって、さらには昔のアニメでよくあったグルグルしたような足の動きでもって、周りの連中はあっという間に通り過ぎ、距離を作っていく。


 正直、俺がこんな走順で走ってること自体思うことが無いわけじゃない。

 他の人達から擦れば疑問に思う走順であり、極端に言えば公開処刑のようなものだろう。


 俺は一体何回公開処刑を受ければいいのだろか?

 まだ一年生の上半期で3回て。

 もう殿堂入りしてもいいだろ。


 だけど、例えこの走順が隼人のわがままだったとしても、こうしてこの走順で立っているのは俺の意志だ。


 つまり、俺が決めたことに愚痴を言うのはさすがにカッコつかないだろ。

 俺だって男だ。どうせ決めたのならカッコつけイキリたい!


 俺に出来ることは如何に距離を離されないかということだ。

 今の俺の体形じゃ出来ることは限られている。


 だったら、次につなぐための最善の手を尽くせ!

 そしたら、必ず決めてくれる! 俺が信じるハイスペックがな!


 順位は4位。

 後ろから迫る5位にじりじりと距離を詰められながらも、やってきたバトンゾーン。


 俺が一歩踏みしめて前に出るたびに、後ろの奴は二歩三歩と進んできているだろう。

 威圧感ていうのが後ろから伝わってくるんだ。

 それに明らかに近くにいる足音ってのも。


 隼人との距離まで残り2メートルもない。

 俺の目の端に他クラスの男子がチラッと映る。

 これ以上前に出られるわけにはいかない!

 前出せデブ、オラァ!


「っ!」


 瞬間、足の回転が追い付かず、足がもつれた。

 隼人との距離まで残り1メートルもない。

 俺の体に働く僅かな慣性だけではそれ以上前に進まない。

 段々と視界が低くなっていく。

 あ、やば、無理かも――


「拓海、気張れ!」


「っ! うらああああぁぁぁぁ!」


 隼人の声に俺の僅かに諦めた心が殴られた気がした。

 瞬間、俺は地面についている足で地面を蹴った。

 少しでも良いから前に届くようにバトンもギリギリにもって。


 リレーのルール上、バトンを渡す前に落とせば、そのバトンは渡す人が拾って再度渡し直さなければならない。


 聞いているだけで理解できるだろう――明らかなタイムロスだと。

 それを防ぐためにも俺にはそれしか手段が無かった。

 そして、その頑張りは隼人に繋がった。


 俺はズサーッと前のめりに転んでいく。

 ヘッドスライディングに失敗した人みたいになった。

 手のひらや膝からは痛みを感じる。

 小学生以来だな、こんな大胆に転んだの。


 後ろから走ってくる人の邪魔にならないように、痛みを堪えて素早く立ち上がった。

 案の定、体操服は上下ともに砂でペインティングされてしまった。


 しかし、不思議と嫌な気分じゃない。

 普通、高校生ともなると汚れるのに抵抗感あるのにな。

 汚部屋に住んでいた影響で耐性が出来てるのか?


 俺は隼人の走ってる姿に目線を向けた。

 いつの間にか隼人が一人抜いていて、さらにはもう一人前に迫っている。


 普通、グラウンド半周でそこまでの芸当は難しいだろうが、俺達のリレーはアンカーのみグラウンド一周という形をとっており、そのおかげかまだ挽回の余地があるということだ。


 俺はスゥーっと息を吸った。


「隼人‼ 頑張れ‼」


 俺はお返しとばかりに隼人に声援を送った。

 すると、隼人のギアが上がったかのようにまた一人抜いて現在2位。


 残り距離は4分の1で、1位選手との差は5メートルほど。

 それが4メートルになり、3メートルに縮まり、2メートル、そして1メートル。


『1位の選手が今ゴールしました! そのコンマ数秒後に2位の選手がゴール!

 2位の選手が驚異的な追い上げを見せましたが、1位の選手がなんとか逃げ切りました!』


 結果は2位。

 隼人のゴールを見届けたと同時に、俺の1年目の体育祭は終わった。


―――体育祭後


「だぁ、クソ! 後少しだった!」


「惜しかったな、隼人。だが、ナイスファイトだったぜ」


「あぁ、さすがの俺もお前に漆黒の疾風の異名を譲ろうと思うほどにはな」


 悔しがる隼人、肩を組んで励ます大地、謎の関心の仕方をしている空太。


「すごかったよ! まさか金城君があそこまで速かったなんて!」


「あなたも意外とやるようね」


 ゲンキングは子供の用に目を輝かせており、隼人アンチの玲子さんも認めてるような雰囲気だ。

 そんな姿を見ながら、俺は自分の意志に後悔が拭えなかった。


 俺は頑張ろうとしていた。

 しかし、躓いた時、最後の最後で諦めの声が漏れてしまった。


 つまり、これが今の俺の現状というわけだ。


 不意なアクシデントに戸惑い、諦めてしまう脆弱な精神。

 こんな自分がいる限り俺はいつまでも前に進めない。


「拓海、自分を貶めるな」


 ポンと肩に手が置かれた。

 顔を上げれば、隣に隼人がいる。


「失敗することもある、評価されないこともある。

 だが、自分だけは自分を好きでいてやれ。

 俺はあの時お前にそう教えられた」


「隼人......」


「その瞬間、俺の視界は開けたような気がした。

 だから、お前も下手に考えすぎんなよ、?」


 隼人がニヤリと笑う。

 その顔に思わず釣られてしまった。


「部長はお前だろ」


「ケッ、お前が勝手に巻き込んだ同好会なんだ。責任もって務めやがれ」


「つーか、そもそも二人しかいないんだから要らない――」


「おーい、そこの皆ー!」


 声に視線を向ければ、そこには如何にも成金そうな黒髪の女性が立ってた。

 うっわ、めっちゃ美人。

 一定数、踏まれたいって男が出てきてもおかしくなさそう。

 にしても、誰の姉だ?


「っ!」


 隣から僅かに殺気立った気配を感じた。

 横に視線を向けてみる。

 隼人がめっちゃ苛立った顔をしていた。

 お? まさか?


「なんのようだ、クソ姉貴。つーか、こんな時間まで残ってんじゃねぇ」


「なによ、弟の晴れ舞台よ? 居たっていいじゃない。

 それにあ~んな雄姿を私が見逃さないと思った?」


 隼人の姉だとわかり途端に浮足立つ大地、空太、ゲンキングの三人。


「うわっ、超美人の姉ちゃんじゃん。あの人がお前の?」


「確かに美人だが......なんだかただならぬ気配を感じる」


「リアル美人金持ち、生で見れるとは.....」


 各々好きなようにコメントしていた。

 一方で、玲子さんは特にコメントなく見ているだけ。

 タイムリープ前だと面識合ったりするのかもな。

 ん? なんか目が合ったような......あ、あったわ。ウインクされた。


「で、何の用だ?」


「そりゃもちろん、記念撮影♡」


 隼人のお姉さんは一眼レフカメラを片手に決めポーズ。

 そんな姉に反抗しようと隼人は拒否したが、あえなく大地に猛烈に誘われ全員で取ることに。


 そして、気の済むままにパシャパシャ取られること数分。

 スマホに一つのメールが届いた。


『今時間ある?』


 相手は白樺先輩から。

 俺は皆に一言入れて先輩の所に向かった。


 人気の少ない校舎裏。

 そこにはなにやら緊張した面持ちの先輩がいた。


「どうしました? 急に呼び出して」


「それはもちろん呼ぶに相応しい理由があって......そ、その......」


 先輩は何やらモジモジした様子であった。

 視線を手に向けてみれば、怪我した箇所について聞いてきた。


「怪我は大丈夫? 派手に転んだみたいだったけど」


「ハハハ、おかげさまで丈夫みたいで。

 それにちゃんと保健室で手当てして貰って問題ないです。

 まぁ、あんな転び方は小学生以来ですけど」


 もっと言えば数十年以来だけどね。

 先輩はホッと息を吐けば、じっとこっちを見て来る。

 な、なんだこのただならぬ雰囲気。


 先輩は一つ大きな深呼吸をすると、ハッキリと言った。


「拓海君、あなたにはワタシの過去について話を聞いてもらいたいの」


「......過去?」


 なぜまた急に?

 俺が首を傾げれば、先輩は続けて言った。


「だ、だけど、それを言う勇気はまだ持ち合わせてなくて、でもワタシも逃げないように話すって宣言だけ今のうちしたかっただけ。

 気持ちの整理のために数日かかるかもしれないけど、その間待っててくれる?」


 先輩が上目遣いで見てくる。

 普段何かと優位な立場から言うことが多い先輩が、下の立場になっただけでなんという破壊力。


 今物凄く頭を撫でたい気分に駆られてしまった。

 堪えろ、堪えるんだ俺!


「わかりました。では、準備が出来た時にまた言ってください」


「えぇ、必ず」


 そして、先輩は俺のもとから去り、俺の長い一日も終わりを迎えた。

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