第89話 青春体育祭#10
さて、空太のおかげで俺の今後の白樺先輩との付き合い方の方針は決まった。
とりあえず、先輩にもう少し踏み込んだ話を今後はしていくことにしよう。
せっかく疑似とはいえ恋人関係であるのだし。
とはいえ、今はまだ体育祭の真っ最中。
午後の部で俺が出る競技は少ないとはいえ、団体競技で足を引っ張るわけにはいかない。
そんな気持ちで臨んだクラス対抗綱引きの結果は2位で終わった。
俺はほぼほぼ戦力外に近かったが、すぐ近くにいた空太が頑張ってるのはよく見えた。
中二病の症状が見られるだけあって、こういう運動系は苦手そうなのにな。
まぁ、空太が俺達の勝負に参加してる時点でそれも今更思ってもって感じだけど。
そんでもって次は最後の競技である“クラス対抗全員リレー”である。
結局、そのリレーの走順は隼人に上手く乗せられて俺はアンカー前。
妙なプレッシャーを抱きながら走順待ちしていれば、周りのクラスは全員スタイリッシュ細マッチョ。
俺よりも背も体格もデカい奴らが気合の入った様子で見てる。
そいつらに対する俺の気持ちはもはや地ならしを受ける一般市民のよう。
いやいや、スペックの差は既に理解してただろ。
せめて気持ちで負けるな。
周りの奴らはどうやら俺を見て侮っているようだし、ここはギャフンと一発かましてやる。
という心でなんとか頑張っていこうと思っている所存です、はい!
うぅ、なんか若干手が痺れてきたような感覚がする。
「拓ちゃん、大丈夫?」
俺が今にも人という字をこれでもかと書いて飲み込もうとした直前、ゲンキングが声をかけてきた。
「どうしたの?」
「あ、その......わたしも緊張しちゃって、アハハ。
でも、せっかく皆が頑張ってるし、何より拓ちゃんが頑張ってるからね。
友達のわたしも不甲斐ない姿を見せたくないと思って。
だから、一番元気が貰えそうな人を尋ねに来たんだ」
「なるほど。それなら玲子さんでは?」
周囲を軽く見渡しても玲子さんの姿はない。
まだ実況席側の方にいるのかな。
そう思ってるとどうやら違うようで。
「あぁ、レイちゃんね。レイちゃんからも元気貰おうと行ったんだけど......ほら、拓ちゃんってレイちゃんからバトン貰うでしょ?」
走順的にはアンカーの隼人、アンカー前の俺、その前の玲子さんとなっている。
玲子さんが終盤の激戦区にいるというのも驚きだが、彼女は女子でありながら足の速い男子と並ぶほどには運動神経が高い。
天は二物を与えずとは言うけど、玲子さんや隼人を見ていると何事も例外って存在するんだなって思う。
にしても、玲子さんは運動部でも入ったらすぐにスターになれそうなのに。
そういや、なんで運動部に入んないんだろうか?
「貰うね。それがどうかしたの?」
「だからだよ。『拓海君の前に障害は要らない』って言ってウォーミングアップしに行ったんだ」
「なんだあの人、イケメンか?」
おっと思わず声に出てしまった。
まさか俺のためにそこまでしてくれるなんて。
これはさらにプレッシャーが乗っかったが、同時にやる気も充填された。
俺も不甲斐ない走りは出来ない。全力で挑もう。
「そっか、それなら頑張らなくちゃな。
ゲンキングは最初の方だろ? 応援してるから頑張ってな」
俺が声をかけるとゲンキングはパァッと目が潰れるほどの輝かしい後光を放ち始めた。
彼女は元気よく「うん‼」と頷けば、拳を突き出してくる。
なんとなく行動の意味がわかった俺はその拳を突き合わせた。
ゲンキングが元気な様子で手を振り、グラウンドの反対側へ走っていく。
俺がその姿を見送っていれば、周囲から異様な視線が突き刺さった。
うん、知ってるこれは世のリア充を呪う邪視だ。
呪言も相まって俺の体は一気に涼しくなる。
ふぅー、相変わらず凄い圧。
「拓海」
この声は隼人?
振り返れば本当にご本人だった。
「どうした?」
「こんな環境だ。空気に飲まれてねぇか見に来てやったが、要らぬお世話だったな」
「そんなことねぇさ。さっきだってゲンキングに声をかけてもらってやっとこれだし。
けどまぁ、まさかお前からは心配の声が聞けるとは思わなかったけどな。
珍しいもん見れたおかげで、かえってやる気でだわ」
「ハッ、訳の分からねぇこと言いやがって」
隼人は俺の言葉に鼻で笑った。実にいつも通り。
かと思われたが、すぐに何かを考えた顔をしてじっとこっちを見てくる。
なんじゃいな、お主。
「......あの時はすまなかった。余計なことをして。
だが、俺にも俺の考えがある。だから、次は気を付ける」
隼人は俺の肩にポンと手を置けば、それだけ言ってどこかへ行ってしまった。
もちろん、俺からすれば何のことを言っていたかわからなかった。
アイツ、裏でコソコソと何かやって......あっ、単純に借り物競争の時の助言ミスの謝罪か?
あれは単に裏の裏をかかれていたというだけであって、お前のせいじゃないと思うんだけどな。
『それでは準備が整いました! 一年の部、クラス対抗全員リレースタートです!』
実況のアナウンスが聞こえたすぐに第一走者目がスタートした。
同時に一気に周囲からの応援の声の声量と熱量が増していく。
俺も負けじと走っているクラスメイトの応援をした。
バトンは第二走者、第三走者と次から次へと渡っていく。
我がクラスは足の速い人達が集まってる人が平均的。
そのためか健闘しているものの、8クラス中で現在順位は3位。
1位が少し飛びぬけ、その後ろ数メートルを2位が追い、その後ろ2メートルぐらいに我がクラスがいる。
しかし、我がクラスの後ろには他4クラスがほぼ団子状態で固まっているため、足の遅い人にバトンが渡ったら一気に抜かれる。
そして、運の悪いことに我がクラスの足が遅い人にバトンが渡った。
その人は次々と抜かれ、順位は6位。あの人、精神的にキツそうだな。
だが、頑張れ。そうすれば、我が友の黒き疾風がやってくれる。
その人の次は空太にバトンが渡った。
空太は驚異的な総力を持っているわけではないものの、速さは中の上といったくらい。
一人抜いてさらにその前の順位の人にジリジリと距離を詰めていく。
『おっと、次はなんと走るメンバーが全員女子! これは熾烈な女の戦いが見れそうです!』
実況者が言った通り、その走順で走るメンバーはたまたま全員女子だった。
そこで我がクラスで走るのは、この暑い日差しのもと地上に降り立った天照ことゲンキングである。
先ほど緊張すると行ってた割にはダイナミックの走りをしており、俺が思っていたよりも全然速かった。
なんだかこの走りだけで、ただ漠然と玲子さんの友達であろうと努力していたわけじゃないとわかる気がした。
ゲンキングの活躍によりさらに一つ順位を上げた。現在の順位4位。
そこからはまた関わりの少ないクラスメイトが走っていき、やがてやってきた終盤戦。
他のクラスがギアを入れ替えたかのように爆発的に走り出し、あっという間に終わる。
それだけ走っている人が速いということだ。
俺もそろそろ順番が近づいてきた。
手首や足首を動かし、少しでも良いから体をほぐしていく。
徐々に手から血の気が引いてくのを感じた。
指先からは僅かに痺れを感じる。
鼓動はむやみやたらにドクドクとビートを刻み、呼吸が少しずつ浅くなる。
俺が体を動かしてるのはこの緊張を感じ過ぎないような一種の予防みたいなものだ。
動かすことで気を紛らわせている。
「次の人、レーンに入ってください」
俺は前に出る。
順位的に4位で維持してきた我がクラスだったために、4レーン目に俺は並んだ。
すると、バトンが玲子さんに渡った瞬間、順位が一気に塗り替わる。
足の速い男子を追い抜く速度でもって次から次へと抜いていった。
俺は2レーン目へと移動していく。
まさか玲子さんがここまで運動能力高かったとは。
しかし、さすがの彼女でもそのまま差を作るとはいかず、混戦状態でバトンゾーンに突入した。
事前の作戦で言ってた“貯金作戦”は見事にない。
つまり、抜かれることはあるとしても、俺がどれだけ抜かれずに隼人に渡せるかがカギになる。
せっかくこの人生をやり直して、そこで作れた友達と一緒に頑張ってる。
貯金が無いからどうした? それで弱気になるほど本気で人生取り組んでねぇだろ!
「はい!」
玲子さんがバトンを持った手を伸ばす。
俺はそれを受け取り、走り出した。
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