第88話 青春体育祭#9

―――グラウンドの一角


 昼飯を食い終わった隼人は誰もいない木陰のそばで、ポケットに手を突っ込みながら立ってた。


 すると、そこに二人の男女がやって来る。

 一人は大柄な男で、もう一人は黒髪の少女だ。


「任務完了しました」


「あんな感じで良かったか?」


 少女と大男が隼人に言葉をかける。

 隼人はチラッと姿を確認すれば、答えた。


「上出来だ。いや、上出来なのは拓海の方か。まさかあそこまで粘るとはな。

 お前も随分な技巧派になったじゃないか五里」


「恐縮っす。もっとも、隼人様のご友人とはいえ、乱暴な言い方になったことには心が引けたが」


「とはいえ、そのおかげで隼人様の投資するお方の心内が見えましたが」


 黒髪の少女がクスクスと笑う。

 その反応に隼人は首を傾げ聞いた。


「何がおかしい?」


「ふふっ、あの隼人様が随分と面白い命令を下してきたことに、思い出し笑いをしてしまいました。

 いつも独力で何かを為そうとして、味方である私達の力すら使おうとしなかったのに」


「確かに、そうだな。久々な命令が『競技においてのライバルになれ』とは。

 俺もさすがに耳を疑ったけどよ。

 けどまぁ、良い面構えをして言ってたから、心配は無かったけどな」


 隼人は腕を組み、後ろの木に寄りかかった。


「だが、反省点も多々ある。

 これまでは拓海により良い結果を作ってもらうための下地のつもりだった。

 だが、思ったより奴の精神が他人に依存寄りだった。

 だから、俺が強制的に結ばせた関係性も、奴にはとっては毒にしかなっていない」


 隼人はおもむろに右足で地面を軽く擦る。

 靴底によって前後に砂が数ミリの連なった山が出来た。


「もう少し奴自身に自分の本質を自覚してもらう必要があった。

 結局、自己肯定感は周りの評価もあるが、最終的には本人の意思決定によるもの。

 故に、まずはアイツ自身に本質に気付かせて自己理解を進める必要があったから、お前達を使っただけだ」


「ふふっ、案外成美様の助言を聞いてるんですね。状況だけのセッティングと」


「その言葉を俺なりに噛み砕いて使っただけだ。あくまで利用したのは俺だ」


 その言葉に少女と大男は顔を見合わせる。

 なぜなら、あの姉アンチだった隼人が素直に姉の助言を聞いているからだ。


 加えて、少女が姉の話題に触れたことに関しても怒る様子はなかった。

 そのことに二人は頬を綻ばせる。


「今の隼人様はまるで結婚カウンセラーのようですね。

 もっともご友人にその意思がないとなると、そもそも破綻してるとも思えますが」


「時間の問題だ。価値のある者は俺でなくても、必ずその価値に気付く者がいる。

 そして、そういう奴らは大抵見逃さない。なぜだかわかるか、五里?」


「目の前にある誰も気付いていない食料を手に入れない人はいない、だな」


「あぁ、しかもその価値に気付いている人なら尚更。

 さて、この結果がどう動くか楽しみだ」


****


『英気を養ったか生徒諸君! 戦う準備は十分か‼

 トンでも展開が巻き起こされた午前の部は、主に個人競技が集中した戦いでありました!

 だがしかーし、午後の部はクラスの絆が試されます!

 ここでは一人の力では決して戦えない!

 仲間とどのように戦うが勝負を決める!

 それでは行きましょう! 午後の部開始です!』


 力強い言葉でグラウンド中にいる生徒の士気を高めていく司会者。

 その言葉を聞きながら、俺はクラス応援席で待機していた。


 腕の回復は完全ではないが、とりあえず物を持てるぐらいには回復した。

 まぁ、俺がここにいるのは単に午後の部はやることが少ないだけだが。


 午後の部は団体競技がメインであるが、なにも全員が全員競技に出るわけじゃない。

 所謂クラス選抜において選ばれたクラスメイトが競技に参加するって感じだ。


 まぁ、公平を規して選抜以外のメンバーも競技に参加しなきゃいけなくなったけど。

 こういう所は陰キャの辛い所よな。とはいえ、前までの俺はだけど。


 目の前では二人三脚リレーというのが行われている。

 その競技の出場メンバーとして隼人と大地が出場することになってる。


 大地のペアは茶髪の外はねロングの子だ。

 名前は確か東大寺さんだっけ? 

 で、隼人のペアはゲンキングだ。

 まぁ、アイツに限っては知り合いの方がいいだろ。


「拓海、この競技の後の綱引きやれそうか?」


 隣に座っている空太が声をかけてきた。

 俺は右手を握って開いてみて、力の入り具合を確かめると答えた。


「やる分には問題ないって感じだな。

 ただずっと握っているのは難しいかも。

 途中で戦力外になるのは避けられないかもな」


「そうか。安心しろ、たぶん俺よりは役に立つと思うから」


「そんな後ろ向きの言葉を自信満々に言われても」


 なんでコイツは決め顔で言ってるんだ。何も決まってねぇぞ?


「ともかくやれることだけはやるさ。

 個人競技で頑張ったからってそれはあくまで自己責任だし、言い訳にもならないから」


「ストイックだな」


「なまけ癖がついてる心を定期的に厳しく律してるだけだよ」


 ぼんやりとグラウンドを見ていれば、二人三脚リレーが始まった。

 自分達のクラスの第1走目の男女ペアが走り出した。

 速度は程よくって感じで、全体6組の中で3位をキープしながら走ってる。


「そういや、お前は随分面倒なことをしたがアレで正解だったのか?」


 同じように走るクラスメイトを見ながら、空太が妙なことを聞いてきた。

 俺はその意味がわからなかったので詳しく聞いてみることに。


「何の話?」


「お前が悪目立ちするような結果になったことに対してだ。

 アレはお前のせいじゃないが、そうなる前に止めることは出来たたはずだ」


 なんとなくわかった。借り物競争の時の話か。

 内容がわかったからこそ耳が痛い話だな。


「アレは俺の落ち度だよ。

 勝ちにこだわるあまりその後の展開が見えていなかった。

 その結果、先輩に恥をかかせてしまった。

 これからしばらくは面倒な評価が下されるのは俺のせいだ。

 だから、どうにか先輩に被害が被らないように動くつもりだよ」


 その言葉に急に空太がじーっと見て来た。


「な、なんだよ」


「さすがに俺でもわかる根本的な勘違いをしてるなと。

 いや、これはあくまで第三者目線だから気づけることなのかもしれないな」


「だから、なんだよ?」


「お前に仮に恥かかされたとして、それでお前の所にその先輩が来るかって話だよ」


「っ!」


 それは確かに......あの昼休みの時、先輩は周囲の目が合ったにも関わらず俺の所に来た。


 あの時の俺は疲れ切ってて考えてなかったが、確かにあの状況で来るのは周囲に関係性を周知させてるようなものだ。


 もちろん、周囲の圧力から逃げるために、俺との関係性を見せつける意味合いなのかもしれんが。


「お前はその先輩のためと言うが、その先輩が本当にどういう気持ちを抱えているか腹割って聞いたことあるのか?」


「っ!?」


「外野がとやかく言うことじゃないのは分かってる。

 だが、明らかに空振りしてるのを知ってて黙ってるのも変な気分になるしな」


 これまで先輩とは色々なことがあった。

 その中で先輩がどういう性格で、何を好むのかというのを知った。

 知ってそれが先輩に対する全ての情報だと思い込んでた。


 しかし、今思えばたかがその程度だ。

 あまりに浅はかで短絡的な考え。

 俺はまだ先輩に対して何も知っちゃいない。


「ありがとな、空太。まさかお前に諭されるなんて。

 今まで単なるちい〇わだと思っててごめん」


「おい、どういう意味だ!?」


「今のお前はすげー主人公ぽかったって意味だ」


 その言葉に空太は「そうか」と照れた様子で頬をかく。

 意外性はあると思ってたけど、こんな形で本領発揮されるとは。


 ともかくそうだな、体育祭終わった後にでも先輩とちゃんと話してみるかな。

 どうして無理してまでこのような関係を維持ししようとするのかを。

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