第87話 青春体育祭#8

「だぁ~~~~~......」


 午前中最後の協議も終わり、現在昼休み。

 いつの間にか皆が陣取ってくれていた大きな木の陰の下。

 俺は口を半開きにしたテデ〇ベアのようになっていた。


 腕が上がらないのもあるが、疲れ切ってるとこう食欲無くならない?

 もはや食べるのも面倒いというか。

 そんな咀嚼うんどうする余力がないというか。


 俺が今にも真っ白な灰になりそうな姿を周りの皆が見てる。

 ゲンキングと大地が俺を可哀そうな子を見るような視線を送り、空太は平常運転として、隼人が作り笑顔で見てくる。


 皆、俺の疲れ切った状態に心配してくれてる――であれば、良かった。

 そう、俺が原因ではない。


 俺自身に対する心配も、競技終わりにかけてくれた言葉からあるのだろうが、主な原因は俺の両サイドだ。


「拓海君、この卵焼き美味しく出来たと思うんだけど食べない?」


「あら、そんなものよりもこっちの竜田揚げの方が良いんじゃないかしら?」


 右サイドに玲子さんが卵焼きを箸で摘まんで掲げ、左サイドに永久先輩が竜田揚げを以下省略。


 ほら、あっという間に龍虎図の出来上がり。

 つーか、ちゃっかり先輩いるし。

 仮に食欲があっても食事という行為に移りずらい。


 一目があまりない場所というのが幸いだが、それで俺の心の平穏が得られると思ったら大間違いだ。


 百歩譲って先輩がおちょくってそんなことしてくるのは分かる。

 しかし、玲子さんは一体どういうポジション? 人助けなんだよね?


「そんなコンビニ弁当なんか食べさせようとしないで。

 栄養管理もなってないでしょうに」


「あら、コンビニ弁当は意外とバランス良く作られてるのよ?

 それに手作りだからってポイントにならないわよ。

 どうせ食べられれば一緒なんだから」


「食べられれば一緒とは随分な言い方ね。

 そんなんだから、いつまで経っても男女の機微が書けないんじゃない?」


 バッチバチにやり合ってる。

 いつぞやの古いラブコメのように。


 ここ最近だとヒロイン同士で仲が良いというのが多い気がするが、ここは......うん、混ぜるな危険、だな。


 しかしまぁ、疲れてる上で目の前で小競り合いを見せられると、ぶっちゃけウザい。

 二人とも良かれと思ってやってくれてるのたありがたいし、現状を鑑みれば助かる。


 けど、食事ぐらい楽しくしようよ!

 もうさっきから俺の心身は疲労困憊なんだからさ!


 俺は素早く顔を動かし、卵と竜田揚げをほぼ同時に口の中に含んだ。

 あぁ、口の中で卵と竜田揚げが咀嚼され混ざり合う。


 それによって生み出されるハーモニーは特に無く、それぞれの味の主張が強い分“出し巻卵”と“竜田揚げ”でしかない。

 故に、別段言い様の無い食レポにしかならず、二つとも美味いで終わる。


 まぁ、強いて言えば、疲れ切った体にはとても染みるといったところだろうか。

 やっぱり咀嚼するのがかなりだるかったが、食わねば午後もやっていけないのは確か。


 はぁ、食べるか。頑張って。

 食事であんま頑張って食べるってのはしたくないんだけど。

 その前に――


「玲子さん、永久先輩。自力で食べます。

 ですから、お二人は自分の食事をなさってください」


 その言葉にどことなく玲子さんはシュンとした顔をし、先輩は目線を下げた。

 しかし、玲子さんはめげずに現状について尋ねて来る。


「でも、拓海君は腕がまだ回復してないでしょう? どうするつもり?」


「そうね、その問題は未解決のままだわ。

 そのためにワタシが手自ら食事させようってことなのよ?」


「それならご心配なく」


 俺はじっと視線を送った。

 その視線にゲンキングがドキッとして顔を赤らめるが、いや違うから。

 あなたの隣にいるでっかい野郎のことだから。


「大地、あの競技の勝負は俺が勝ったんだから手伝ってくれ。

 それで奢りはチャラにしてやる」


「俺か? いや、別にそれはそれで奢るけど......」


 大地が立ち上がり、のっそのっそとやって来る。

 スペースが空いたところをゲンキングと先輩に詰めてもらい、そこに大地が座れば準備完了。


 この召使が箸で俺の弁当のおかずを摘まんでくれたのを、俺が口を大きく開けて食べていく。


 結果的にあ~んしてるみたいになってしまったが、大地相手に羞恥を起こすわけもなく、そんなリアクションする体力もなく。


 男同士でやるのもどうなんかとは思うが、これが一番平和的な解決だろう。


「まさか現実ラブコメで盛大にフラグ折っていくとは思わなかった」


「ま、代わりに別のフラグが立ったがな。死亡フラグという名のフラグが」


 俺達の構図を見ながら空太と隼人がコメントしてる。

 まぁ、お二人からあ~んされるなんて今後ずっとないかもしれないよ?


 それに関しては確かにフラグを折ったけど、代わりに死亡フラグってどういう意味?


 咀嚼しながらチラッと周りを見渡せば、確かに凄い睨むような視線が来てる。うわっ、圧が!

 だけど、不思議と俺じゃないような気がするのは気のせい? 神経図太くなっただけ?


 咀嚼物をゴクリと飲み込み、次なる食事に口を開ける。

 その際、大地を見てみれば、なぜか先ほどまでなかった汗を大量にかいてる。

 おいおい、その汗の量は大丈夫なのか?


「おい、大地、熱中症か? なんか汗凄いぞ。それとも単に代謝が良いだけか?」


「お前のせいだよ、拓海。こればっかりはお前に地雷を踏まされたからな!」


「?」


 何を突然訳の分からないことを。

 考えようとしたが、疲れてて考えるのがめんどくさくなったので放棄することにした。

 なんか大地なら別にこのままでもいっかってなるのなんでだろ?


「そういや、拓海。お前は午後の競技は大丈夫そうなのか?」


 食事を終えて水筒を口につけた空太が聞いてきた。

 午後の競技か。言うて俺の場合全員リレーしか参加は特に無かったはずだが?


「ま、そうだな。リレーにまである程度物が握れるようになってれば大丈夫だろ。

 とはいえ、俺が気になるのは走順の方だ。本当にアレで良かったのか?」


「何か問題でもあるの?」


 何も事情を知らない先輩が聞いてくる。

 ぶっちゃけ先輩には全然関係ない話だけど、まぁ隠す内容でもないか。


「俺個人に気になることがあるだけですよ。

 大体クラスでリレー勝ちに行くなら、足の遅い人をどれだけリカバリーできるかになるじゃないですか。

 つまり、序盤の方で沢山貯金リードを作って、それを足の遅い人に使って最後にまた足の速い人で最後の追い込みをする」


 そう考えると、足の遅い人を中盤で散らすというのがストレートな考えだろう。

 というか、それが正攻法だと思うし、一番勝ちやすいのではなかろうか。

 もちろん、足の速い遅いの人数差に関しては仕方ない部分もあるけど。


「とはいえ、ここで問題なのがアンカーに頼まれた隼人が条件として出したのが、俺がアンカー前を走ることですよ。

 お世辞にも俺はこんな体形ですから速いわけないし、それこそ終盤なんて激戦区もいいところ」


「つまり、あなた一人で貯金リードを使い果たす可能性があると」


「使い果たすどころか借金マイナスも出ますよ」


 だから、尋ねたいのだ。隼人に。

 リレー順はいつの間にか決まっていたし、今ならまだ走順変更ぐらいなら出来るから。


 それに対して、隼人はたった僅かな言葉だけを並べた。


「これで俺は勝てると踏んでる。お前の投資価値を見せてみろ」


「っ!」


 久々に隼人相手にドキッと心が跳ねた気がする。もちろん、焦り的な意味で。

 これまで隼人が丸くなったおかげか、なあなあになってた部分が多かった。

 だが、ついに来たか定期報告会。


 それも雇い主直々においでなすったじゃねぇか。

 となれば、見せてやるしかないよな!

 俺はもう逃げない!


「いいぜ、見急いてやるよ!」


「ハッ、その息だ」


 俺は力強く言い返した。

 その言葉に隼人は不敵に笑う。

 そして同時に、妙な熱視線が三人ぐらいから送られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る