第86話 青春体育祭#7

『さて、残す選手はたった二人!

 学年も身長差も違う二人が今もなお互いの意地をかけてしのぎを削っている!

 しかし、見た感じ二人とも限界が近い様子!

 正直、ここまで粘るのはこちらも想定外でしたので、ここからは本人の意思関係なく危なくなったら、相方さんがストップをかけてもらって結構です! 安全第一ですから!』


 だったらこの競技をやらすな、と一瞬ニ〇動のコメントのように脳裏を過ったが、その言葉を口に出す体力は当然無し。


 もはや一瞬でも気を抜けばぺしゃんこになるような感じだからだ。

 目の前のゲンキングの顔すら朧気に見えてきた。


「おい軟弱者! 正直、お前がここまで粘ると思っていたなかった。

 だが、ここら辺でやめておけ。俺はまだしゃべる余裕があるが、お前はもうないだろ?」


―――おいおい、もう抵抗する気力は無くなったのか?

―――もっと騒いで見せろよ、ブヒブヒってな。


 ゴリ先輩の言葉をとっかかりに嫌な記憶が引っ張り起こされた。

 そういや、イジメられ始めの時はまだ頑張って抵抗してたっけな。

 「もうやめてくれ」とか「関わらないでくれ」とか言ってた気がする。


 しかし、そんな言葉は優位者イジメる奴らからは負け犬の遠吠えのようなもの。

 さらに言えば火に油を注ぐようなもので、結果は酷くなるばかりだった。


 だったら、逆に抵抗する意思が無くなったら飽きるのかと言えばそうでもない。

 都合のいい調教した奴隷が出来上がったんだ。


 せっかく作り上げた物を自ら壊す奴なんてそうそういないだろう。

 壊れるまで都合よく使い続ける。


 どうして今更になってこんな記憶が引っ張り起こされたのだろうか。

 もう色々と限界だから深層心理がむき出しになっていたりするのだろうか。

 だとすれば、俺の本当の“我”ってなんだ?


「おい、聞こえてるのか......くっ......おい、早く降参しておけ!

 お前のためだぞ! そっちの相方もそう思うだろ!?」


「そ、それは.......」


 ゲンキングがチラッとこちらを見る。

 不安そうな顔は今にも手を上げてストップをかけそうなものだが、あくまでこっちの意志を尊重してるみたいだ。


「そういうあなただってもう限界はとっくに迎えてるはずでしょ? なんなら触って上げましょうか?」


「おい、やめろ!」


 ゴリ先輩の相方の黒髪の女性が指先を先輩の筋肉に近づけていく。

 そのことに先輩は顔を真っ赤にさせて言った。

 まぁ、真っ赤なのはこの状態だからだと思うけど。


「おい、降参しろ!」


―――とっとと負けを認めろよ。ほら、今なら養豚場じゃなくここで飼ってやるから。ガハハハッ!


 .......うるさい。


「聞こえてるんだろ!? 降参しろって! 頼むから!」


―――言えよ「頼むから僕をサンドバッグにしてください」ってな。言えよ、早く、オラァ!


 黙れ。もう聞きたくない。


「くっ......もう降参......」


―――なぁ、ちょっと電車来たら飛び込んでみてくれない? ハッ、冗談だよ冗談。けどなぁ、今のうちは、だからな。


「拓ちゃん、やめよう! わたし、手を上げるから!」


 くっ、本当にどいつもこいつも俺の意志を無視しやがって!

 よく聞きやがれ! 周りの奴ら! これが俺の意志だ!


「俺は! まだ! !」


 本当にどうしようもなくムカついてたんだ。

 あのイジメて来る奴らの顔を見るたびに恐怖の奥底で確かに怒りがあった。


 しかし、俺はそれを家族の迷惑と、自身の我慢を比べ後者を取った。

 結果、俺は正しく負け犬ならぬ負けブタとなった。


 だけど、あの時の俺に抵抗するした記憶があるのなら!

 それは俺の意志が確かに「負けたくない!」と主張していたからだ!


 必死に痛みから逃げるためであったとしても!

 恐怖に支配されたくないためであったとしても!

 あの時の俺は怖くても言葉に出して言ってたんだ!


 だったら、俺の根底にあるのは“負けず嫌い”!

 俺はもう逃げたくないし、負けたくない!


 一度人生で全てを投げ出した俺だからこそ、もうあんな自分に戻りたくないんだ!

 だったら、これぐらい勝てなきゃ何にも勝てねぇだろうな!


「降参するなら勝手にする! だけど、あんたに指図されることじゃない!」


「こんの......うぐっ......うおおおおおお!」


 ゴリ先輩が叫び始める――その瞬間だった。


「降参します」


 ゴリ先輩の相方の黒髪の先輩が先にギブアップ宣言をした。

 その行動を見て、すぐさまゲンキングも手を上げて同じように宣言した。


『試合終了~! たった今、勝者が決まりました~!

 なんという番狂わせ! 一体この体育祭をどれだけ盛り上げればいいのか!

 勝者、早川拓海選手! 皆さん、盛大な拍手を!』


 盛大なアナウンスとともに、周囲が異様な声と熱気に包まれる。

 そんな空気に浸る余裕もないまま、ゲンキングに腕の錘を降ろしてもらうと、ようやく持っていた俵を降ろした。


 久々に腕を降ろした気がする。

 もはや指先一本力が入らない。

 まるで両腕が痛みもなく切り離されたかのように感覚がない。

 つーか、疲れた。暑い。だるい。もう動きたくない。


「拓海君、とりあえず飲み物飲んで。これ、冷たいから」


 実況席から駆け足でやってきた玲子さんが手に持ったスポドリを渡そうとしてくる。

 しかしながら、俺はもう両腕を失ったようなものなので持つことが出来ない。


「すまん、腕が使い物にならないからストローみたいなものないか?

 あるなら、ふたを開けて差して欲しい」


「さすがに無いわ。けど、急いで水分を取って欲しいのは確か。

 仕方ない。そう、これは仕方ない応急処置よ」


「?」


「拓海君、失礼するわ」


「うわー―ぐむっ!?」


 俺は玲子さんに軽く肩を押されたかと思うと、そのまま左腕で抱え込まれた。

 そして、ゲンキングにキャップを開けてもらったスポドリを素早く俺の口につけてくる。


 そう、構図だけで言えばさながらミルク瓶を飲まされている赤子のよう。

 それもグラウンドの中心で大勢の生徒に見守られながら。


「⁉⁉⁉」


 俺の先ほどまでの気高く昂った男の意志はどこへやら。

 男同士でしのぎを削って騒いだ血の熱はあっという間に羞恥の熱へ変換されていく。


 俺も競技終わりで抵抗力が無いだけあって、この状況をどうすることも出来ない。


「ん、んー!――ぷはっ」


「どうしたの? 拓海君?」


「どうしたもこうしたもないよ! 確かに水分は欲しかったけど、何もここでこんな風に飲む必要は――ぐむっ!」


「大丈夫よ。拓海君と一緒なら何も怖いことはないわ」


 俺が怖いんですって! 特に体育祭後のクラスメイトの目が!

 いや、それ以上に玲子さんにいる学校中のファンの強烈な視線が!


 応急処置でしてくれてることには感謝してる! してるけども!

 せっかくここで上げれた俺の高評価がすかさず低評価になっていくじゃないか!


『な、なんということでしょうか!

 あの高嶺の花の久川さんが自らの手でもって勝者を労っている!

 これはまさに女神の施し! 勝者には勝利しただけの褒美が待っていた!

 とはいえ、早川選手は白樺さんというパートナーがいるのですが、そこら辺は白樺さんはどう思いますか?』


 じ、実況者さん!? こんな場面まで実況魂見せなくていいから!

 つーか、なに先輩聞いてんだよ!?


『そうね、医療目的としてしてくれてるのは大変助かるわ。

 でも、それは本来こっちの本分。

 だから、そろそろやめてもらおうかしら。

 今はワタシのものよ?』


 !?


『う~む、これはご褒美じゃなくてお仕置きになりそうですね~』


『ふふっ、そうね。後でキツくお仕置きしておかないといけないかもね。誰も所有物であるかを』


「んー! んんー!」


 誰か、マイクをオフにしろー!

 なんでそんな内容を垂れ流しに放送してんだー!


 その公開処刑を受けるの誰だと思ってんだ!

 黒歴史に残るような恥ずかしいセリフを言ったあんたらじゃない!

 この俺なんだぞー!


「ふふっ、美味しいかしら♪」


「......拓ちゃん、南無」


 誰か、俺を開放してくれー!

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