第85話 青春体育祭#6
「ぐぬぬぬぬ......」
俺はすでにしんどかった。
理由は俺が支えている20キロの俵の影響だ。
頭に乗せて分散させているとはいえ、頭に重要の比重が大きくなれば、脳天は痛いし、首は縮むし。
一体全体どうやったらこんな苦行が競技として選ばれるのか。
教えてくれよ、公式。
もうすでに腕がプルプルだ。
30秒過ぎた辺りから「あれ? もうプルッって来た?」と感じたが、今じゃもうとっくにブルブル。
いや、もはやそれを通り過ぎてガクガクに至りそう。
加えれ、先ほど一分経過で追加された両腕に乗せられた錘。
これがプルプルをガクガクに引き上げてる呪いの鉄の塊。
マジでこの後勝っても動けないじゃないか? これ。
ふと周りを見る。
ちらほらとギブアップ者がいるが、それでもまだ多くの人達が根性を見せている。
しかし、悲しいかな。
傍から見れば、この構図がただの奴隷達が仕事してるようにしか見えない。
多くの男達が俵を掲げて、さらに両腕に錘をぶら下げながら耐えるだけの光景。
うん、やっぱこれ貴族に優秀な奴隷として買われるために、必死にアピールしてるようにしか感じない。
最近、ふと気になったファンタジーラノベ読んだ影響かもしれないけど。
「拓ちゃん、ファイト! 今バッチリカメラに収めてるから!」
「それ......撮る意味......なんなの?」
俺の目の前にはゲンキングがいる。
毎年この競技には参加者に対するサポーターがつくらしい。
まぁ、サポーターといっても、一分経過ごとに錘追加してくる死神なんですけどね。
応援してくれても錘追加してくるからありがたみがない。
にしても、なんで彼女はずっとビデオカメラを掲げてるんだろ。
カメラに収めた所でただ俺が頑張ってる姿しか映らないんだけど?
腕はガクガクで、体はヘロヘロで、汗はダラダラで、思考でなんとか辛さを紛らわせてるけど。
そういえば、小学生の頃、中二病の入りたてのようにギリシャ神話にハマったことがあったな。
その時に罰として巨人アトラスが天空を支えてるって話。
なんで思い出したかって? そら、この状況がまさにそうじゃないか。
俺は一体何の罪でこんなことをしてるんでしょうね。
いやまぁ、詰みというならそりゃもうおっきな罪があるか。
そう考えると、確かに俺はこれぐらい支えるべき罪人なのかもしれない。
あぁ、疲労で思考がマイナスに偏っていく。
やばいな、モチベが下がっていく。
「た、拓ちゃんのいいとこ見てみたい! 持って! 持って! 持ち上げてー!」
「ここはキャバクラじゃねぇよ!」
ゲンキングのズレた応援にツッコみを入れながら持ち上げる。
にしても、卑しいかな。
男というのは女子にカッコつけたいという思いだけで、こうも簡単に突き動かされるのだから。
『二分経過しました! 錘を追加してください!』
「拓ちゃん、いくよ」
ゲンキングが慎重に両端に錘の付いた紐を、俺の90度に曲がった腕に引っ掛ける。
右腕に2キロの錘が追加された。
うがっ! 片腕に計3キロの錘が! やべっ、がっ、腕がっ!
「拓ちゃん、今乗せるから!」
「がっ!」
慌てたゲンキングが少し浮いた位置から錘を引っかけた。
瞬間、左腕にズシンと錘が乗っかり、俺の腕は悲鳴を上げる。
ちょ、ゲンキング! 俺、別にやじろべえじゃないんだから!
左腕に急いで錘乗せて重心の安定性を計ろうとしなくていいから!
「ハンッ、こんな所にまでイチャイチャしやがって軟弱者めが」
俺が必死に耐えていると、隣にいる選手が声をかけてきた。
その人は一言で言うなら大男だ。
細マッチョの大地に肉付けしまくってゴリマッチョにした感じ。
確か、この人は柔道部の主将とかの3年生の先輩で、今回の優勝候補だっけ。
名前は確か.......なんだっけ? ゴリ先輩でいいや。
横目で見てるけど、まだ顔に余裕が見える。
そういうや、この人、競技が始まる前からなんか妙な因縁つけて来たな。
「な、なんすか、話しかけてくるなんて随分余裕ですね......」
「そりゃ、お前みたいな軟弱者とは鍛え方が違うからな。
見よ、この圧倒的な筋力! お前のような無駄な脂肪なんてないガッチリボディ!」
ゴリ先輩が肉体を自慢してくる。
そんな自慢はいつもなら多少なりともムッとするが、今はそんな余裕すらない。
それどころかむしろ反応したのはゲンキングだ。
「なんですかその言い方! 確かに、拓ちゃんは現状ぽっちゃりボディですが、いずれゴ〇さんみたいになるんですから!
髪の毛を重力に逆らわせて、持ちうる才能を全て代償にして『最初はグー』って右手に力込め始めるんですから!」
もう、それはただのゴ〇さんだよ、ゲンキング! 俺じゃない!
それにそんなことしたら、一時のあの肉体のためにオーラ解放後全身グルグル包帯巻の集中治療室暮らしになるじゃないか!
この世界にはナ〇カはいないんだぞ!
『三分経過しました! 錘を追加してください!』
「それにこっちを見てイチャイチャしてるというなら、そっちだってパートナーが女の人じゃないですか」
「うがっ!」
お、錘が!
「ふんっ、この女はなぜだか知らないが立候補をしてきたんだ。
どうせ委員長として嫌な役目を押し付けられ――おふっ。
も、もう少し慎重に錘乗せてくれ」
もう周りを見てる余裕はほとんどないが、チラッと隣を見てみた。
ゴリ先輩の前には玲子さんを少し小柄にしたような黒髪パッツンの女子生徒がいた。
その人は感情が欠落しているかのように無表情だ。
これは玲子さんよりも表情が読めない可能性もあるタイプの人。
周囲を見れば、二分経過で一気に脱落者が増えてきた。
斜め左側を見れば大地と空太の姿が見える。
意外と個の状態でも大地が粘っているようだ。
『現在、残っている数は参加者50名に対し13名!
正直、この時間でも耐えてる人達にすでに賞賛を与えたい!
しかし、彼らの中では未だ勝負はついていない!
故に、観客の皆さんは是非とも残っている人達に盛大なエールを!
さて、そろそろ運命の三分が経過しようとしていますが、解説のハナさんはこの先の展開はどう読みますか?』
『そうですね~、去年のこの競技を見た者としてはここまで耐えるものは少なからずいました。
しかし、ここから先は魔の三分間と呼ばれる危険区域。
すでに腕が限界の人も多い中、そこにさらに左右の腕に3キロの錘が追加される。
ハッキリ言ってここでやめた方が良いですね、はい。
とはいえ、ここでやめられないのが男のプライド。
女子からの人気は定かではありませんが、根性を見せる姿は男同士の中ではかなり好評でしょう」
『なるほど、確かにこれには男の意地がかかってそうですね!
ですが、意外とこの結果が女子生徒にも好評らしいですよ!
なんだかんだ男らしいというのは魅力的なポイントですからね!
では、先ほどかなり賑わせたゲストの白樺さんは先の展開をどう読みますか?』
『そうね。もうここまで曝け出したなら、今更恥じることも愚かだわ。
ということで、ただ一言だけ。勝て、そしたら褒美をあげるわ』
『これはなんという力強い応援でしょうか! 一体誰に向けられた言葉なのか!
現在、非常に暑いので無理せずリタイアして構いません! 安全第一に!
ちなみに、ここ実況席はなぜか一瞬にして凍える寒さを感じております!
では、3分経ちました! 錘を追加してください!』
実況をぼんやりと耳にしながら、俺は意識を無にしてただ一点を見つめていた。
無だ。無の境地に慣れ。一点の曇りもなく頭を空っぽにしろ。
「拓ちゃん、無理しないでね」
ゲンキングが声をかけ、錘を追加していった。
もはや今耐えてるのかもわからない。
しかし、もはやこれは意地だ。
この我慢の痛みは殴られ蹴られ精神的にも、肉体的にもダメージを負ってきた俺にはへでもない。
これで落とせば、俺は未だあの時のままと思え。
『な、なんということでしょうか!
3分が経過し、次々と脱落者が出る中、たった二人! 未だに耐えています!
一人は優勝候補、2年生にして柔道部の主将となり、3年生となった今でも力に磨きがかかる豪田剛選手!
そして、もう一人はもはやこの人無くしてこの体育祭の盛り上がりはなかったでしょう!
突如として現れた超新星! 一年生にして話題を掻っ攫う早川拓海選手!
一体どちらが勝つのか決着の時は間近です!』
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