第84話 青春体育祭#5

―――グラウンド外周


 隼人は睨んでいた。

 相手は彼の姉である成美に対して。

 彼女の存在は彼にとってコンプレックスの象徴なのだ。

 故に、見てるだけでも嫌気が差す。


 対して、成美は隼人の目線にぷくーっと頬を膨らませる。

 相変わらずつれない弟にわかりやすくへそを曲げた。


「なによ、せっかく来てやったのにそんな顔しなくたっていいじゃない。

 別に保護者が来たって問題ないんだから」


「そういう問題じゃねぇ。お前はなんだから、俺みたいな落ちこぼれに構うなって話だ」


「全く、相変わらずお姉ちゃんのこと嫌うよね。

 正直、あたしからすればあんたの方があたしよりもずっと才能に溢れてると思うけど。

 努力家だし、義理堅いし、優しいところだってある。

 ハァ......やっぱり、あのクソ親父の影響か」


 成美は最後の言葉を小さく呟けば、何事も無かったかのように隼人の隣に立つ。

 目元に手をかざせば、グラウンド内側に並んでいる生徒を眺めた。

 そんな彼女らの周りを生徒達が興味深そうに見ながら通り過ぎる。


「で、噂の隼人お気に入りの子って誰よ。男の子? それとも女の子?」


「なんであんたがそんなことを聞く?」


「最近、あんたが機嫌良さそうってのを家政婦の人に聞いてね。

 ずっと死んだような顔してたあんたが機嫌良いなんてお姉ちゃんからしたら一大事よ。

 だからこうして、あたしがいなくてもどうにでもなる仕事は全部キャンセルしてきたってわけ。

 どう? お姉ちゃんの愛。受け取ってくれる?」


「ケッ」


「や~ん、弟が冷た~い。でも、前よりもデレてくれてるからやっぱ嬉しい~」


 その言葉に隼人はカチンとしたのか目つきを細めた。


「俺がいつお前にデレたってんだ」


「現在進行形で。なんせ前のあんたならあたしの言葉なんて無視してたもの。

 でも、こうしてしっかり聞いてくれてる。

 どうやらあんたにとって良い影響があったみたいね」


「チッ」


 成美のニコッとした笑みに、隼人は舌打ちしながらそっぽ向いた。

 久々にした姉弟の会話に心なしか悪い気がしないと思っていることに隼人は苛立ったのだ。


 そんな隼人の反応に成美は微笑みながら、言葉を続ける。


「んじゃ、お姉ちゃん、あんたの友達が誰か推理しちゃおっかな~。

 まず初めにあんたはお姉ちゃんに対してコンプレックスを抱えてる以上、そもそも女の子に対して嫌っているか興味がない。

 故に、その時点で女の子の選択肢は無い」


 成美は全体を見渡しながらも、視線をグラウンド内側の生徒達に絞った。


「で、あんたの心に干渉できるとするなら、常日頃そばに居てあんたの考えが読める相手。

 それを考えると当然同じ学年の子になり、もっと言えば同じクラスの子」


「......」


「さらに、あんたは努力家だから“努力”という過程における付加価値を重く捉えてる。

 つまり、努力してる人を評価してると考えられる。

 そうなると普通は運動部系を考えるけど、あんたの心に与えるインパクトを考えると普通過ぎる。

 それを踏まえると、運動部ではない人が適当だと思われる。今のところどうかしら?」


 成美が楽しそうに隼人に聞いてみる。

 しかし、隼人は答える様子はない。

 代わりに、かかとを地面にタップし始めた。


「運動部じゃないとするなら、ここから先は難しそうね。

 でも、目に見えて努力の形がわかるであれば話は変わる。

 後はそうね、同じ金城の血を流す者として、あたしがあんたが言う“投資価値のある相手”を鑑みれば......唯一あの太ってる子なんてどうかしら? 正解?」


 成美の問いかけに隼人は無言を貫いた。

 しかし、タップの速度が早くなっていることに気付いた成美はニヤリと笑う。


「どうやら正解みたいね。

 ダメよ、昔っから負けそうになるとイライラする癖あるんだから。

 知ってる人がいれば心理がバレバレよ?」


「俺はお前と勝負したつもりはねぇ」


「正解であることは否定しないんだ。ふふっ、わっかりやす~」


「チッ」


 隼人は舌打ちの後、大きく息を吐きだした。

 負けを認めるように足と止めると、改めて成美に聞く。


「で、本当の用件はなんだ? わざわざこうして俺を茶化しに来たわけじゃないんだろ?」


「もう、お姉ちゃんってば本気であんたの様子を見に来ただけなのに。

 あたしは弟に対しては打算的な行動以外も取るわよ。

 けどまぁ、あんたに会った瞬間に理由も出来たけど」


『それでは準備が整いました! 力こそパワー! いざ開幕です!』


「お、始まる始まる♪ 一緒に応援してあげなきゃね」


 そして、成美と隼人は一緒にグラウンドの内側を眺めた。

 そこでは生徒達が一斉に最初の20キロの俵を頭上に掲げていく。

 すると、成美が口を開いた。


「で、あんたはどうしてさっきから辛気臭い顔をしてるわけ?」


「......なんの話だ?」


「あんたの話に決まってるでしょ。

 お姉ちゃん、あんたの様子がわからないほどお姉ちゃん止めてないの。

 何やって後悔してんの? 他の人なら時間にお金取るけど、弟ならプライスレス」


「何も後悔してねぇよ」


 そう言う隼人は目線を下に向けていた。

 そんな彼の行動を横目で見て、成美は思った。

 相変わらずわっかりやす~、と。


「正直、お姉ちゃんの意見を言えば、色恋沙汰に関して他人が口出すべきじゃないわよ」


「知ってんじゃねぇか......」


「状況を見ての推測よ。さっきの借り物競争見てたし。

 アレもあんたの仕業なんでしょ? どうしてあんなことを?」


 成美の確信的な目に隼人は大きくため息を吐いた。

 無意味に地面を擦るように足を動かしながら、口も動かしていく。


「俺は自分の人生設計を考える上で思った。

 どうあがいたって一人で生きるのはこの世界はめんどくさすぎるって。

 それに俺がクソ親父の会社を乗っ取るには、こっちの考えを察して動ける人間が必要だ」


「ほぉ~ん」


「つまりは、人生における最良のパートナーを如何にして捕まえるかが重要だ。

 それを考える限りじゃ、拓海は“絶対に”自分のためじゃ動かない。

 逆に言えば、誰かのために動けるアイツが、動くに足る強い動機を持つ相手ならその相手が相応しいということだ」


「でも、それって解決したら冷めない?」


「そうだな。簡単に解決すればそうだ。

 だが、相手のために動くには相手のことを考える必要がある。

 相手を考えるということは心が近づく理由にもなる」


「なるほど、言いたいことがわかったわ。

 あんたの言葉を借りると、相手の心を理解するってのはそれだけ相手の気持ちに寄り添うことになる。

 そして、人間は感情の生き物。同情すればするほどに相手に意識が集中し、囚われる。

 つまり、あんたは関係性をあえて複雑にすることで、友達にの恋人を作らせようとしてるわけだ」


『一分が経過しました! 錘を追加してください!』


 隼人はチラッと成美を見た。


「なんで本物だと思った?」


「簡単な話よ。焚火に火なんてつけないでしょ。

 でも、あんたは肝心のその拓海君って子の気持ちが、あんたが想定する感情と違かった。

 だから、あんたは失敗したと思って自己嫌悪してる」


「だったら、なんだ!」


 隼人は図星を突かれたような気分になったのか声を張り上げた。

 対して、成美は腕を組むと臆することなく言った。


「中途半端な優しさは止めなさい。

 何においてもそれはただ相手を苦しめるだけ。

 それでこっちも罪悪感を受けて苦しんだのなら誰も幸せにならない。

 案外、状況をセッティングするだけで上手く行ったりするものよ。

 外野は基本黙って見とけ。これが他者が見る恋愛の接し方よ」


 隼人は踵を返した。

 歩き出した先はクラスの応援席の方。


「俺は俺が正しいと思った行動を取る。だが、それはそれとして一考には入れておく」


 そう言って隼人はどんどん離れていく。

 その後ろ姿を見ながら成美は呟いた。


「ふふっ、丸くなったわね~。にしても、拓海君ね~」


 成美は指で輪っかを作り、目元に当てる。


「ノーマークだったな、あの子。気になっちゃうじゃん」

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