第94話 懐かしの対戦

 今日も今日とて日差しがまだまだ強い放課後。

 しかし、ここ最近の俺はすこぶる調子が良い。


 もちろん、その要因は俺がクラスの皆に少しだけ認められたことだ。

 これまでの俺はぶっちゃけ隼人達や玲子さん達がいなければボッチ確定だ。


 仮になんらかが原因して、俺が隼人関係なく不良グループから縁を切れたとして、これまで散々見下してきた相手に素直に手を差し伸べられるだろうか。


 西藤さんが言ってた――本当は皆知っていた、と。


 つまりは、クラスの全員が傍観者という名の加害者であったことになる。

 そんな状況で、誰かがボッチの俺を同情で助けに行けば、他の人達からすれば虫のいい行動でしかないわけで。


 今度はその浮いた行動をネタに結果として、クラスの皆から妙な視線を送られるかもしれない。


 学校生活というのはあくまで集団生活なので、グループがあるということは強いことであり、そこから外れるということは恐怖すべきことなのだ。


 故に、クラスメイトが互いで互いの行動を監視している状態。

 それこそ魔王を倒す勇者のようなメンタルでもしてない限り行動するのは難しいだろう。


 そう考えると、俺のこの人生の分岐点って本当に隼人に見いだされるか否かだったんだな。


 アイツの存在がそこまで重要なファクターだったとは......いやはや、些細な出会いと思っていたら恐ろしいことになるな。


「今日も機嫌良さそうだね」


 隣を歩くゲンキングが話しかけてきた。

 現在、俺は彼女と一緒に駅方面へと歩いている。


「まぁな、今日は廊下で普通に話しかけられたからな。慣れてなくてキョドったけど」


「最初はそんなもんだよ。あ~あ、でも、最初の朝の教室で出会った頃のような初々しい拓ちゃんは見納めになっちゃうわけか」


 何を言っとるのだ? この人は。


「初々しい俺なんかにそんなに興味があったのか?」


「ほら、インディーズバンドがメジャーになってなんだか遠い存在になっちゃったな的な感じ。

 拓ちゃんが他の人達と仲良くするのを見てるのは私としても気分が良いから、止めようとは思わないんだけど......」


 ゲンキングは膝を伸ばして歩き始めた。

 後ろ手にスクールバッグを持ち、目線は僅かに下を向いている。

 その顔つきはとても喜んでいるように思えなかった。

 そして、その表情に俺は察しがついた。


「......ゲンキングって割と引きずるタイプなんだな」


 ゲンキングは俺の言葉にビクッと反応すると、白状するように返答した。


「そりゃ引きずるよ。なんたって見せかけの陽キャだからね。

 演じてるおかげで少しはそっちに精神が寄ったとはいえ、そう簡単に中身が変わるわけじゃないし」


「だとしても、気にしすぎ。当の本人が気にしてないんだぜ?

 だったら、ゲンキングも気にせずにもっと楽しい話しようぜ!」


 俺はキリッとした顔でサムズアップ。渾身のドヤ顔だ。

 その顔にゲンキングは一瞬キョトンとしたような様子だったが、すぐに失笑し始める。


「ぷっ、アハハハ......拓ちゃんが楽しみたいなら、わたしも楽しまなきゃじゃん」


「そうそう、やはりゲンキングは笑っていてくれなきゃ。太陽神の名に恥じるぜ?」


「自分でそう名乗った覚えはないんだけどね。

 でも、それはそれとして一部の男子ではわたしを曇らせたいみたいだよ?」


「まぁ......性癖は人それぞれだから......」


 俺はそっと目を逸らした。

 そんなんと一緒にされては困る。

 俺が好きなのはデレッデレだ。

 やはり、女の子は笑顔が可愛いに限る。

 だから、俺に回答を求めるような顔はやめろ。


 俺は流れを変えるように一つ咳払い。

 話題を今の状況へと移した。


「そういや、ゲンキングから放課後の付き合いに誘ってきたけど何の用だ?

 いつもなら居そうな玲子さんの姿も見えないし」


「拓ちゃん、今更になってそれを聞くなんて......何も聞かずに信じるのもいいけど、騙されても知らないよ?」


「大丈夫、大丈夫。俺を騙そうと思ってる連中と友達になった覚えはないしな。

 それに俺を騙したところでメリットを感じる奴もいないだろ」


「......」


「え、なんで目を逸らしてるの? いんの!? 騙してメリット得る奴が!?」


「ダイジョーブ、ダイジョーブ.......現状は」


「未来的に可能性があるの!?」


 玲子さんは違うだろうし、大地も空太も騙せるようなタイプじゃない。

 もちろん、ゲンキングだって同じことが言える。


 白樺先輩はまぁしそうな雰囲気はあるが、そこまで酷いこともしないだろ。

 隼人は......とおもったが、そういやアイツ別にこれといって何もしてなくね?


 俺はゲンキングがわざと思わせぶりな態度をして、俺に危機感を持たせようとしてるのだと思いつつ、これ以上の思考を止めた。


 確かに、人間である以上、そういった部分もあるだろうが、俺が敬意を持って接すれば何の問題もないだろう。

 信頼の第一歩は自分が相手を信じること!


「で、玲子さんもいないってことは、ダウナーさんの方に用があるの?」


「おっ、鋭いね~。そうそう、最近アーケードゲームをしていた昔の熱が蘇ってきて、特に格ゲーをやってるんだけど、中々やってる相手が少なくてさ」


「俺を呼んで相手になってもらおうかと。

 唯一裏面を知ってるし、誘えばゲームもやってくれるしで」


「さすが拓ちゃん、わたしのことわぁかってるぅ~」


 ゲンキングが絶妙にウザいノリをしている。

 それだけテンションが上がっているということか。


 にしても、アーケードゲームか懐かしいな。

 俺も小さい頃、こっそり友達と一緒にゲーセンに通ってたな。

 お小遣い使い過ぎて母さんに怒られたのは今となっては良い思い出だ。


 にしても、格ゲーか。俺の腕が覚えていれば、たぶんやれる。

 なんたって、俺は同級生の中でナンバーワンであり、たまたまやってた大人を負かしたこともある超実力派。


 感覚を思い出すまでに何戦かする必要があるだろうが、思い出しちまえばこっちのもんよ。

 ククク、ゲンキングよ。今日の俺は手加減できねぇぜ。


―――ゲームセンター


「.......」


 ぽかんと口を開けたまま固まっていた。

 即堕ち2コマのような見事なフラグ回収。

 負けた。感覚思い出しても負けた。

 なんだったら手加減縛りありで負けた。


 どうやら俺はすっかり忘れていたようだ。

 ゲンキングが生粋のゲーマーであったことを。


 キャラクターのコンボを覚え、最適化し、さらにパターン化する。

 それが反射的に行えるように行く度も繰り返す。

 さらには実戦もやることで、相手との駆け引きすらもパターン化していく。

 そう、ゲンキングはガチゲーマーだ。


「ふふん、拓ちゃん、わたしを舐めて貰っちゃ困るよ?」


 ゲンキングがアーケード台の横からひょこっと顔を出す。

 ウザいほどの煽りドヤ顔だ。

 俺でなきゃ我慢できないね。


「ぐぬぬ、ここ最近ゲンキングはおバカキャラ入ってると思ってたのに......!」


「あ、今、酷いこと聞いちゃった~。もう手加減してやんない。秒で殺す」


「あぁん? やってみろや! 5秒は生き残ってみせらぁ!」


「イキがってる割に目標が低すぎる」


 そして、それらかさらに何戦か繰り返し戦った。

 次第に子供達のギャラリーに見守られることもあったが、俺はついにゲンキングに一度も勝つことは無かった。


―――帰り道


「ハァ~~~~! 楽しかった! めっちゃ爽快! ストレス発散!」


「そりゃ、あれだけボコボコにすりゃな」


 俺は完全に動くサンドバッグだったよ。

 画面がLoserで埋め尽くされた数は山の如く。

 後ろの子供から肩をポンとされて「相手が悪い」と慰められた時は若干泣きそうになったね。


「でも、こうしてあのゲームで遊べるのは拓ちゃんだけだから。

 今日は付き合ってくれてありがとね」


 ゲンキングはニコッと笑った。

 全くその表情で人の気を無意識に操作しちまうんだから恐ろしいよな。

 そうも真っ直ぐ感謝されちゃ悪い気がしない。


「どういたしまして」


「良かったら、これからも定期的に付き合ってくれる?」


 ゲンキングが目をキラキラさせて聞いてくる。

 俺はニコッと笑って言った。


「一億と二千年後な」


「笑顔で拒否られた」

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