第79話 青春体育祭#1

 俺と永久先輩の関係が若干バレ、一年の間で結構の話題となったのも束の間、今日は体育祭本番だ。


 というわけで、決起集会でもないが俺、隼人、大地、空太はクラスの応援席の近くで集まっていた。


「よし、ついにここに第一回焼肉奢り敗者決定戦が行われるわけだが......それとは別にして、優勝者に対しても全員から一つリーズナブルな値段なものを買ってもらうことも決まった。

 さて、お前らはここで負ける準備は出来ているか?」


 体育祭で一人はいそうな袖を捲った体操服を着た大地は自信たっぷりに言ってみせる。

 くっ、その余裕のある表情が憎らしいぜ。


 とはいえ、実際運動部として所属しているのは大地だけであり、優勝候補なのは変わりない。

 なので、優勝を目標としていてもせめて奴の優勝だけは阻止しよう。


「ハッ、ほざけ。負けるのはお前らだ。

 ここでお前らとの人間の格の違いを見せてやるよ!」


 隼人がやる気をみなぎらせた悪人面で言った。

 ほんと垢抜けたというか、随分フレンドリーな人間になったよな。


 さすがの隼人も今日はニット帽は被ってないらしい。

 巻いているハチマキをちょうどよく傷口に隠しているみたい。

 それはそれとして、調子乗らせるのも癪なのでコイツの空気の温度下げちゃろ。


「はい、隼人君、差別的な視線は良くないと思います!」


「マジレスやめろ」


「ハハッ、相棒に言われちゃ世話ないぜ! 俺の幼馴染は違うぜ! な、空太!」


「俺はこんなノッポ知りません」


「あっれ~~~~?」


 空太の冷めた態度に大地は困惑した表情を浮かべる。

 大見え切って言った手前、大地が凄く可哀そうに感じる。いいぞ、もっとやれ。

 それにお前らは根本的なことを間違えてる。


「なぁ、忘れたか? 今日の俺達は敵同士だ。

 敵に対して馴れ合いなんて必要ねぇだろ?」


「拓海の言うとおりだ。俺はこう見えても運動能力は漆黒の肉体怪物フィジカルモンスターと呼ばれてたんだ。

 まさか、俺達のどっちかが優勝する未来が見えて無いとは言わないよな?」


 おぉ、珍しく空太がメンチ切ってる......いや、違う。

 漆黒のほにゃららが言えたことに対して、上機嫌になってるだけだ。

 とはいえ、俺が言いたいことは言ってくれたので、評価は“やるやん”で。


 そんなことを話していると、開会式が始まる様子だったので学級委員としてクラスを整列させる。

 もうすでに暑い日差しの中、校長先生の呪詛を聞いていく。


 昨日が少しだけ降ってたみたいなせいで、湿気が蒸れ蒸れで熱さが実にヤバい。

 俺なんて今にも燻製ハムになりそうだよ。

 ってあれ蒸してるわけじゃねぇや。


 日差しに耐えながらぼーっと話を聞いていれば、準備運動は挟んで早速最初のプログラムへ。


『えー、ただ今を持ちまして、第37回体育祭を開催したいと思います。実況はわたし、モモと』


『解説のハナで~す。そして~』


『特別ゲスト枠の久川玲子です』


『同じくゲスト枠の白樺永久』


 ん? 一瞬聞き間違いかと思ったが、ホームテントの方を見てみれば確かにあの二人がいた。

 なにやってんのあの二人? なんで混ぜるな危険みたいな二人が一緒に特別解説枠?


『例年、何かと話題のあの人を特別ゲストとして紹介するこの司会進行班ですが、今回は今や学年中に知らぬ者はいない超絶美少女にして世の女性が羨むプロポーション、そしてクールな表情から放たれる目つきに男女が酔いしれるこの学校の女子代表枠として久川玲子さんをお呼びしました! 本日はよろしくお願いします』


『えぇ、よろしくお願いします』


『そして~、本来なら特別ゲストは一人なんだけど、条件付きの参加だったので今回は特別にお友達の白樺永久さんにもお越しして貰ってま~す』


『こういうのは初めてだから拙いかもしれないけれど、よろしくお願いするわ』


 なるほど、そういう経緯で二人か。

 そういや、先輩が他の人と話すのは初めて見るが、確かに話すのが苦手って感じじゃなさそう。

 この光景を見れば、確かに意識してボッチ決めてるのも頷けるな。


 にしても、玲子さんがあんな評価を受けているのは想定内として、彼女がわざわざ先輩を友人枠として呼ぶとは。


 一応、友達って感じでは間違ってないだろうけど、そう素直に飲み込めるかと聞かれれば別だし。

 どっちかって言うとバチバチのライバル関係と思ってもおかしくない。


 俺はふと応援席の方へ視線を向ければ、ゲンキングがアイドルコンサートに来たファンのようなオリジナル団扇を持っていた。

 その団扇にはハッキリと「レイちゃん」「ファイト―」とある。


 俺、ゲンキングが玲子さんを推しであることは認識してたけど、まさかそこまでとは思ってなかったよ。ちょっと侮ってたわ。


「ゲンキング、それどうしたの?」


 俺はゲンキングの近くに寄れば、両手に持つ団扇について聞いてみた。

 すると、彼女は目を輝かせて言葉を返してくる。


「これね、レイちゃんの雄姿を最大限に脳内フォルダに収めるために作ったんだ!

 ほら、レイちゃんってゲームキャラで言うとオールシーズン環境最強キャラでしょ?

 そんなレイちゃんがさらに輝くためにはやっぱりバフは必要かなって。

 わたしは今日一日、レイちゃんのための応援製造機になる!」


「おぉ、そっか......」


 ゲンキングの後光が輝きを増した。

 空に昇る太陽と相まって眩しい。

 今ならムス〇大佐の気持ちがわかる気がする。


 そして、暑い。もはやオーラから熱気が伝わってくる。

 たぶんそのバフかかってるのゲンキングもだろ。

 つーことは、今日は一日陽キャで済みそうだな。


「あ、でも、別に拓ちゃんのことを応援しないわけじゃないからね? 頑張ってね!」


「うん、ありがと。頑張るよ」


 頑張る、か。まさか体育祭で友達の女子からこのような言葉を送られるなんて。

 なんというか、この得も言えぬ嬉しさですでに今日の体育祭は良かったと思えてしまう。


 これが何十年とクズをやってて青春を拗らせた男の末路か。

 なぜか目頭が熱い。


「たくちゃん?」


 ゲンキングが俺の様子がおかしいことに首を傾げる。

 おっと、ついつい失った青春の一つを取り戻したような気分になっちまった。


「大丈夫、なんでもないよ。それよりも、最初は徒競走のはずだから。応援してやろうぜ」


「うちのクラスから誰が出るんだっけ?」


「えーっと、選ばれたのが五人で......早秀、成沢、南風見はいみ、それから大地と隼人だな」


「そっか、あの二人がね」


*****


―――レース前


 一つ前のグループがスタートラインで体をほぐし準備をする中、大地と隼人の二人も同じく体を動かしながら話していた。


「まさかしょっぱなからお前と戦うことになるとはな」


「そうだな。あみだくじで決まったはずなのに同じレースとは思わなかった。

 だが、いちいちタイムを言い合って勝敗決めるよりもよっぽどわかりやすくていいじゃねぇか」


「まあな」


 二人の一つ前のレースが始まった。

 その直後に、次の組で走る二人はそれぞれレーンに並んでいく。


『さて、次のレースですが、注目株はこの二人!

 一人はあの有名な金城コーポレーションの御曹司にして、運動能力、頭脳ともに優秀。

 最近柔らかくなった影響か見た目の威圧感も一周回ってアリという女性陣も続出中』


 実況のモモの言葉にピクッと反応したのは大地だった。

 彼はつい最近自分よりも友達が先に彼女が出来て若干焦っているのだ。


「隼人、今のは本当か?」


「知らねぇよ。そんな有象無象」


「ぜってぇ潰す」


 対抗心剥き出しにする大地だが、自分のことが紹介され始めるとすぐに耳を傾けた。


『続いての注目株はこの人!

 バスケ部に入った超新星。一年生ながらにして180センチという高身長にして、すぐさまレギュラーに入り。

 これまでボコボコにしてきた他校を、技術と体格でボコボコにし返してきたバスケ部の英雄候補。

 二人の超人高校生が一体どんな勝負をしてくれるか楽しみです!』


 その言葉ににんまりご満悦の大地。

 普段何かと玲子の地雷を踏む彼だが実はすごい人物だったりする。


『さて、全員は紹介しきれないので今回はこのお二人を紹介しましたが、解説のハナさんはこのレースどうなると思いますか?』


『う~ん、そうだね~。順当に考えれば、運動部に所属してる薊君でしょうけど、何かと噂の絶えない金城君も侮れない存在ですからね~。

 もちろん、この二人を抑えて他の三人のうちの誰かが、ダークホースとなって勝利を掻っ攫うかもね~』


『なるほどなるほど、確かに他の三人も紹介しなかっただけで実力派揃いですからね。

 特別ゲストの久川さんは確か今回注目のお二人と同じクラスなんですよね?

 この勝敗、どうなると思われますか?』


『そうですね、とりあえず言えることは薊君に勝ってもらいたいですね』


『お、それはどういった理由で?』


『金城君が嫌いだからです』


『......思わぬところで二人の関係性が見えてしまいましたが、モモは悪くありません。

 それでは行きましょう! このレース、誰が勝つのかいざ注目です!』


 会場が色々な声でざわめく中、大地と隼人も集中モードに入り始めた。

 大地はチラッと隼人を見れば、最後に声をかけた。


「ちなみに、何したの?」


「......まぁ、嫌がらせ?」


「ほんと何したんだ......」


 大地は気になるような気にしちゃいけないような複雑な顔をするも、バンと一回頬を叩き気合を入れる。


『オンユアマーク......セッツ』


―――バァン


 大地と隼人は走り出した。

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