第78話 先輩がそのスタンスなら合わせますけど

「ハァ......」


 昼休み、本日は雨であるので教室にて、いつものメンバーと昼休みを過ごしている。

 しかし、今日に限ってはいつもと雰囲気が違う――俺も周りも。


 正直、俺にハッキリした心当たりはない。

 なんせ週が明けたら女子からは珍獣を見るような目で、男子からはどこかしら恨みがましい目で見られているからだ。


 そして、その男子には正面にいる今にも血涙しそうな大地も含まれている。


 そんないつもより和気あいあいとした空気が低めで酸素の薄い環境の中、隼人が容赦なく話題を物故んでくる。


 コイツは俺に肩を組めば言った。


「よう、相棒! 楽しんでるかよ、を」


 これだ。これが原因である。

 俺にとって「青春」という言葉は友達とのバカ騒ぎみたいな意味合いが強い。

 しかし、世の人々が思う「青春」の定義は大抵色恋沙汰なのだ。


 つまり、何が言いたいのかというと、永久先輩との関係がバレました。


「拓海、お前の言葉からハッキリ聞きたい」


 大地が箸を逆さに持ち、ギュッと強く握っている。

 言葉を誤れば今にも刺しそうな気迫を持って。


「お前が二年生の先輩と付き合ってるってのは本当か?」


 これが現在、我がクラス及び他クラスを含めて話題になっている内容だ。


 林間学校の時、盛大に無様を晒したブタを笑っていれば、そのブタがいつの間にか彼女を作っている。

 加えて、その相手は先輩であり、見た目に限って言えば美少女に違いない。


 故に、女子達からの目線の意味は「なんでこんな奴に彼女できんの!?」という奇異な目であり、男子は「おいおい、おかしいだろ!? なんでアイツの方が先に彼女出来るんだよ!? しかも、あんな美少女と!?」という感じである。


 女子からの意見は分からないが、男子からすれば彼女がいるというのは一種のステータスなのだ。

 自分はお前らと違ってこれだけ青春しているし、女の扱いも分かっているという。


 加えて、“いる”か“いない”かでヒエラルキーの縮まり方もだいぶ違う。

 彼女がいる......たったそれだけで、男は彼女持ちの男が遥か上にいるように感じてしまうのだ。


 故に、向けられる目は嫉妬だ。


 さて、状況を今一度整理したところで、大地の質問にはなんと返そうか。

 実際、恋人関係なのは事実なんだけど、そればっかりが真実というわけでもないのが。


 先輩からは特に何も言われていないが、これって恐らく「黙ってくれる」と信じてるからだろうな。


 だって、どうせ公開するなら俺にわざわざ「真実を話していいのは一人まで」とか言うわけないし。

 って、考えてみれば、先輩も今の状況なんだろうな。俺のせいじゃないですよ!


 俺は渋々「はい」と答えようとしたその時、隼人がガッと腕を引き寄せた。

 そのせいで首が締まり、咄嗟に声が出せない。


「そりゃあ、本当だろうよ。なんせ、俺も見たし、なにより久川と元気の奴もしっかり二人でいるところを目撃してるはずだしな」


 隼人は依然俺の首に腕をかけたまま後ろに振り返る。

 何が見えてるのかわからないが、首が締まってる!

 いい加減、俺のタップに気付いて!


 すると、ずっと一人静観していた空太が隼人に指摘してくれた。

 隼人も俺の顔が赤くなってることに気付いたのかようやく放してくれる。

 ごほっ、ごほっ、急に空気が入ってきてむせた。


 涙目の俺が状況を確認すれば、教室にいるクラスメイトや廊下の窓やドアから野次馬のように来ていた他クラスの生徒が騒ぎ立てていた。

 内容は様々だ。おおよそ俺の誹謗中傷が多いが。


 しかし、隼人のスクールカースト上位という立場と、その男から発せられる同じく影響力の強い玲子さんとゲンキングの存在を利用したことで、周りがよりハッキリと真実だと確信した気がする。


 きっと俺が答えた時よりもこっちの方が真実味があるだろう。

 とはいえ、この状況で多くの人が確信を得る中、俺は困惑の気持ちが増していた。


 どうして......どうして俺が答えるべきはずの答えを隼人が答えてるんだ?

 それに隼人が見ていたって?

 少なくとも、俺は誰かとの接触は気を付けてたはず。


「つーか、お前には......っ! いや、そうか.......」


 大地がしょんぼりとした顔をしていた。

 いや、今の答えを信じるのかお前は!?

 ただまぁ、付き合ってるのは確かだから否定がしにくい。


 周りの異様な空気に目線を動かしていれば、やがて玲子さんとゲンキングがいる席が視界に入った。


 玲子さんは煩わしそうに睨んむような目で周りを見ている。

 あ、目が合った。目線を逸らして悲しそうな顔をする......と思ったら睨んできた。


「ハッ、睨んで来てやがる」


 隼人が鼻で笑った。俺に対してではないのか?


 俺は一先ず姿勢を戻せば、食事を再開した。

 すると、一見興味無さそうな空太が意外にも話題に触れて来る。


「いつからだ?」


 リスのように頬をパンパンにしながら聞いてきた。

 行儀悪いからちゃんと食べてからにしなさい!


「付き合い始めたのがって意味がか? だとすると、割と最近だ。

 正直、こんな大事にするつもりはなかった。むしろ、隠すつもりでいた」


「だろうな」


 空太がチラッと視線を動かす。その向きは隼人の方か?


「ま、俺は別にこうして四人で楽しめればそれでいいから気にしないけど、程々にな」


「あ、うん、節度はしっかりとします」


 とはいえ、若干一名の心が今にも離れそうになってるんだけどね。


 そんなことを思っていると、白い灰となった大地の肩にポンと手を置いた空太が、俺の意を汲み取ったように答えてくれた。


「大地のことは気にするな。コイツのちっさいプライドが邪魔してるだけで、明日には元に戻ってる。

 切り替えが早いことだけがコイツの取り柄だからな」


「プライドちっさいとか言うな......」


「声ちっさ」


 おっと、思わずツッコんでしまった。

 しかし、幼馴染の空太がそう言うのなら彼に任してもいいだろう。

 それよりも、問題は先輩がこの状況をどう捉えてるかだ。


―――放課後


「ハァ......面倒なことになったわ」


 先輩が珍しく疲れた様子で頬杖を突いている。

 まぁ、気持ちはわからんでもない。


「今日一日と視線が凄かったですもんね。

 なんだか珍獣を見るような目というか、妬んだ目というか」


「ワタシは普段関わろうとすらしてこない女子に絡まれたわ。恋愛事になるとすぐコレよ」


「あれ、先輩ってアンチ恋愛でしたっけ?」


 首を傾げ質問してみれば、先輩は姿勢を正した。


「別に、そういうわけじゃないわよ。

 ただ色恋沙汰に限って沸いてくる連中が心底ウザいってだけ。

 当人達の問題なんだからほっとけばいいのに......これだから人付き合いは好きになれない」


 先輩はいつになく大きなため息を吐く。

 今日は本当にお疲れのようだ。

 俺を弄って来ない辺りが特に。


「それでこれからどうします? こんなに噂広がってしまいましたけど」


「どうもこうもないわよ。

 こうなった以上、影響力のないワタシと悪目立ちしてるあなたが噂を根絶しようとすれば、その姿がかえって噂の信憑性を高めるだけよ。

 正直、こんなことになるなんて思わなかったけど......思った以上に本気みたいね」


 先輩は顔を窓の方に向けた。

 窓の外には曇り空が見え、雨粒が窓を叩く。


「ま、こういう関係性を望んだのはワタシだし、遅かれ早かれ起きたことよ。

 動きやすくなったと考えれば、大した問題じゃないわ」


「.......」


「なによ、その意外そうな目は」


「実際意外ですし。先輩は切り替え早そうなキャラには見えないです」


「そう? ワタシは意外とこんなもんよ。

 ただ興味を持ったものに対する執着が強いだけ。

 もちろん、捉え方を変えたというのもあるわ。

 本来ならこうして学校で噂されてから本番みたいなところあるから」


「恋人関係ですが?」


「そ。普段とやることはあまり変わらないでしょうけど、周りの目が加わったことによる感じ方の違い......これはとても貴重な経験になりそうな気がするの。

 というわけで――」


 先輩はそっと立ち上がれば、俺の前にスッと手を差し出した。


「これからもよろしく」


「わかりました」


 俺は先輩が握手を求めてると思い、手を差し出す。

 しかし、先輩は俺の手をスッと避けて、小さな手をスッと首筋に当ててきた。

 ひんやりした手に俺の体はビクッとし、同時に急激な体温の上昇を感じる。


「せんぱ――」


―――タッタッタッ


「っ!?」


 一気に走り去っていく足音に俺がドアを見る。

 当然そこにはもう誰もいない。

 先輩を見てみれば、さっきの俺と同じようにドアに目線を送っていた。


「恐らくどっかから聞きつけてきたんでしょう。

 だから、拓海君へのも含めてちょっとからかってみたわ。どうかしら?」


「な、なるほど......ちなみに、俺へのからかいを無くすことは?」


「デイリーミッションだから出来ないわ」


「そんなデイリーは嫌だ」

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