第80話 青春体育祭#2
「くっそ~! あとちょっとで追いつかなかったー!」
「だから、言っただろ? 俺に勝つのは早いって」
徒競走を終えて大地と隼人が戻ってきた。
二人ともすでに額や首筋に汗をかいているようで、太陽の光で僅かに輝いてる。
なにかなこの二人? ポカ〇スエットのCMか何かですか?
「お疲れ二人とも。どうやらこの勝負で勝ったのは隼人みたいだな」
先ほどの徒競走、隼人と大地が他三人をぶっちぎって戦闘争いしていた。
見た感じ出だしは大差無かったので単純な地力の問題だろう。
にしても、運動部の大地を差し置いて隼人が勝つとは......高スペックとは思ってたが、まさかここまでとは。
「くぅ~、ただでさえ何でも出来るコイツに勝ちてぇ~!
いや、それよりも金持ちなのに奢られる立場に回るってのが一番許せん!」
大地が膝に手をついて本気で悔しがってる。
コイツ、負けず嫌いだもんな。
そして、おおむね理由にも賛同できる。
とはいえ、ほぼ同着ゴールだったため決して大地も劣ってないと思うが。
悔しそうな大地の横で腰に手を当てながら荒い呼吸をする隼人。
横目で見てるからてっきり煽り散らかすのかと思っていたが、そんなことはせず俺と空太に声をかけてきた。
「次はお前らだろ? ほら、頑張ってこいよ」
「「っ!」」
「なんだその意外そうな顔は?」
「「普通に意外だったから」」
空太とユニゾンしてしまうほどには驚いたぞ。
お前の口から自然と「頑張れ」という言葉が聞けるとは。
まるで我が子の成長を見てるみたいだ。
そんな俺の表情から思考を読み取ったのか隼人が睨んでくる。
悪かった、そんな睨むなって。
単純に嬉しいんだよ、俺は。
「わかった。頑張って来るよ。空太、あいにく一緒の組じゃないがお前に巻けるつもりはねぇぞ」
「当然だ。俺も負けるつもりはない」
そして、迎えた障害物競争。
平均台の上を歩いたり、地面に置かれたネットをくぐったりと色々な障害物を乗り越えて競争する競技。
過去を振り返れば、公開処刑場のようなこの場所も今となっては青春ステージ。
ほんと随分と未来が変わったもんだ。まさかこんな風に変わるとは。
正直、これだけで胸いっぱいになりそうだが、今は競技に集中しないと!
焼肉! 絶対皆に奢らせる!
―――バンッ
スタートの合図が鳴った。
俺は全力で走り出す。
やはり体形で劣ってる分他の生徒より出遅れがちになったが、なんとかついて行けてる。
『一斉にスタートして最初の障害物は平均台です。
スタートダッシュを上手く決めてもここで失速してしまう生徒が多くいる中、この組ではどういうレース展開になるか注目です!』
途中で落ちれば最初からやり直し。
安定性を求めるなら速度を落とすべきだが、勝ちにこだわるのなら突き抜ける!
『おっと、ここで最後尾の早川選手が速度を落とさず平均台に挑むという戦法に出ました!
速度を落としても慣性で落ちてしまう選手が多い中、限られた運動部だけが行う最短攻略をしていく!』
『う~ん、挑戦心がいいですね~。それに何かとめんどくさがりがちになる高校の体育祭で、勝ちにこだわっていく姿勢が素晴らしい~』
『ゲストの久川さんはどう思われますか?』
『えぇ、控えめに言って
『同じクラスからの素敵な応援メッセージですね!
おぉ! 早川選手、落ちずに平均台を突破したー!』
平均台を駆け抜ければすぐに見えてくるのは地面に敷かれたネット。
あれはくぐって抜けたいといけないため、絶対に失速してしまう。
加えて、失速してしまう理由は他にもある。
俺はネットをくぐり、ほふく前進していく。
しかし、どんなにお腹を引っ込めても主張する脂肪が地面との摩擦を生み、中々前に進めない。
そうこうしているうちに後ろから他の生徒達が追い付いてきた。
俺はなんとか抜け出して全力で走っていく。
後ろをチラッと見れば、若干速度をセーブしている。
やる気がなく流しているか、もしくは力を温存しているか。
というのも、この障害物競争は地味に1レースが長く、グラウンド一周なのだ。
普通に走っても疲れるのに障害物というさらに疲れるものを挟んでる。
故に、全力を出すのはあまり正しい選択ではない。
とはいえ、その選択肢が作れるのは確実に巻き返せるという運動部の理論。
毎日走ってるとはいえ、運動部より体力はまだ無く、さらに太っている俺には論外理論。
つまりあるだけの力を出せということ!
『一周に五つの障害物が置かれた中で、次なる種目は難関!
誰もが失速せざるを得ない魔のスプーン卓球ボールゾーンです!』
読んで字のごとく、スプーンの上に卓球用ボールをのせて所定の位置まで運んでいくのだ。
落としてもその場から再スタートできるが、落としてばっかでは速度は上がらない。
つまり、どれだけ落とさずに速く進めるかがこの勝負のカギになる。
これで前にいる二人にどれだけ追いつき、追い越せるかがレースの勝敗を決める!
俺は台に置かれた卓球ボールが乗ったスプーンを持ち、走り出す。
少し加速しただけでボールはフワッと浮き上がり、落ちそうになる。
おっと思った以上に速度だせねぇこれ。
前の二人は何度も落としながらも、速度優先で前に進んでいる。
しかし、あまり上手くいっていない様子だ。
それもそのはずここは屋外。
吹く風も相まって卓球ボールのような軽いものはあっという間に飛ばされてしまう。
俺はスプーンを少し斜めに傾けた。
速度を上げてボールが飛んでいってしまうなら、壁を作ればいい。
左右からこぼれそうなときは......まぁその時の調整で。
『ここで早川選手が追い上げてきました! 先頭二人との距離をジリジリと詰めていきます!
ここまでの早川選手の活躍、ハナさんはどう見ますか?』
『そうですね~、どうやら早川選手は見た目よりも動けるようですね~。
こういう突然現れるダークホースが場を荒らす展開、最高です~』
『ゲストの白樺さんはどう思われますか?』
『そうね、誰もが注目していなかった人物が、自分の想像を超えるような実力を発揮する展開はワタシも嫌いじゃないわ。
だけど、これはレースで勝って初めて評価されるもの。
是非頑張って欲しいわ。良いネタになりそうだしね』
『なんだか本音が聞こえたような気もしましたが、この勝負一体どうなるのでしょうか!』
俺はボールに意識を割きながら、少しずつギアを上げて加速していく。
ボールがギリギリ落ちないラインを見極めれば、それを維持して走り続けた。
所定の位置まで走れば、いつの間にか先頭二人を抜いていた。
これはマジでいけるかも!?
続いて第4種目はバケツリレー。
ここまで体力を使わされてからの水の入ったバケツを両手に持っての走り。
この障害物競争における最難関種目だ。
そして、バケツに入った水を零せば減った分だけタイムが加算されるマイナス要素付き。
一番気を遣わなければいけない種目でもある。
俺は両手に水いっぱい入ったバケツを持つ。
うごっ、ここまで体力使わされた後の筋力負荷はヤバい!
他の選手が体力をセーブをしているのは大抵この種目のためだが、俺にはそんなことをしている余裕はない!
俺は出来る限り零さずに、されど速度を上げて走っていく。
多少の水のこぼれは仕方ない。なんせ満タンに入ってんだから。
普通に歩いたって零すんだったら、走っても変わらない。
くっ、さすがに近い後続二人が追い上げてきたか。
不味い、並ばれる――っ!
『おっと、ここで早川選手が転倒ー! この種目でほとんどの水を零してしまいました! これは大きな痛手です!』
『う~ん、このタイミングでの転倒は辛いですね。あぁ、ダークホース展開が......』
アナウンスが盛大に聞こえた。
しかし、俺の心はそれよりも確かな屈辱に満ちていた。
やられた、ほんの一瞬だが足を引っかけられた。
正面を見れば、小馬鹿にしたような顔が見える。
その顔がかつての不良グループの顔とダブり、惨め感が襲ってくる。
地面に指跡を作るように拳を作った。
立て、立てよ! おらぁ、こんな糞ったれな光景は散々見たんだよ!
後は這い上がるだけ! やり直し舐めんな!
俺はバケツを持って走り出す。
片方のバケツは1割ほどしかなく、もう片方も4割ぐらい。
タイム加算は大きな痛手だがそれを今考えても仕方ない。
勝つためには大きな差をつけてゴールするのみ!
バケツが軽くなったことを利用して戦闘二人を追い抜き、最後の種目へ。
最後はグルグルバットだ。加えて、10回ではなく20回というまず確定で酔うやつ。
スタッフに目隠しをされてスタート。
不正が出来ない様にスタッフが数を数えていく。
20カウントされた。
目隠しを外し走り出す。
『早川選手が走り出しましたー! グルグルバッドによる平衡感覚の乱れをものともせずに最短距離を駆け抜ける!』
この種目、俺が選んだのは最後にこれがあるから選んだんだ。
昔っから、俺は平衡感覚には優れていたもんでな!
これでハンデ分をチャラにする!
****
―――実況席側
「結局、バケツのタイム加算のせいで1位でゴールしたけど、順位的には2位になってしまったわね」
永久が次の組のレースをぼんやり見ながら、先ほどの拓海のレースについて言及した。
それは明らかな不正を見ていたが故に、拓海に好意を持っているだろう玲子の反応を見るためだ。
しかし、彼女が期待するよりも玲子は落ち着いていた。
「そうね、恐らくあの不正が無ければ間違いなく拓海君の圧勝だったでしょう。
周囲の目を欺くほどの恐ろしく早い足掛け......拓海君に集中して見てなければ気づかなかったでしょうね」
「どうしてそんなに落ち着いていられるのよ?」
「私が手を下すまでもないからよ。
足を引っかけた男子生徒はどういう理由があってそんなことをしたにせよ、踏んではいけないトラの尾を踏んだだけ。
白樺先輩も覚えがあるんじゃないかしら?」
永久は頬杖を突きながら、拓海のいるクラス応援席をチラッと見る。
「そうね」
永久が短く返事をすれば、今度は玲子が声をかけた。
「逆に先輩はどうなのかしら? 擬似とはいえ、思うところはあるのかしら?」
「そうね……」
永久は自分のクラスに向かって歩く拓海を見ながら、一つ息を吐く。
「別に、さして思うことは無いわ」
その言葉を聞きながら、玲子は永久の膝の上で握る拳を見た。
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