第76話 軍曹、早くも被弾を......
土曜日の休日、そんな日に誘ってきた相手はゲンキングだ。
普段の彼女ならすっかり陰キャになって家に引きこもってるだろうに。
一体朝から何の用なのか。まだ朝の8時半よ?
6月も中旬に入り、梅雨入りしたが今日は実にカラッとした晴天。
空を見上げれば雲一つ見当たらず、これからより一層気温が上がっていくことが予想される。
そんな天候を気にしたのかゲンキングがおしゃれだ。
正直、俺にファッションのことを紹介しろと言われても困るが、ザックリ言うと白いワンピースにジーパン生地の半そでジャケット、茶色のサンダルといった感じ。
それに茶色の小さいバッグを持っている。
加えて、今日はオフというのに眼鏡をかけていない陽キャモード。
パッと見、こんな清楚系ヒロインを漫画で見たことある! って思ったね、うん。
ちなみに、俺は安定のポロシャツだ。よくテニス部とかが来てるアレ。
それにたまたまあったベージュのズボンを合わせてるだけだ。
こんな中年オヤジを外で見かけるよ。
「今日はどういった予定?」
俺が早速本題に入ると、ゲンキングがどこか不満そうにこちらを見る。
おっと、俺は早速やらかしたか?
「はい、拓ちゃん、減点」
「突然始まったな、謎の採点制度」
「突然じゃないよ。女の子ってのはいつでもデー......ごほん、出かける時には採点してるもんなんだから」
そうなのか。それって常に男としての品格を試されてるってこと? え、それ、辛ァ。
「つまり、乙女ゲームのイケメンのようにまずは服装を褒めろって認識であってる?」
「そのとおーり! ということで、ほら! バッチこい‼」
ゲンキングが構えた様子で俺に言葉を求めて来る。
若干頬を染めて恥ずかしがってるくせに......あなた、もともと陰キャなんだから無理しちゃダメよ?
とはいえ、ゲンキングがこうしてわざわざコメントを求めるということは、何かしらこの行動に意味があるのか?
なれば、俺も答えねばなるまい。友達として!
「え~、ごほんっ、まずはそのジャケットとワンピースの色合いが実に見事で――」
「もっと簡潔に!」
「とてもよくお似合いです!」
「それでよーし‼」
ゲンキングはビシッと俺に指をさしてそう言えば、クルッと背を向けた。
え、突然後ろを向いてどうした? なんか小刻みに震えてるけど......もしかして採点してる!?
「バシン!......よし!」
急にゲンキングが両手で頬を叩いて気合を入れ直している。
そこまで本気での今日の俺を採点するつもりですか!?
どうか手加減してください。お願いします。
ゲンキングはクルッと回り、俺に目を合わせる。
そして、口をヒクヒクと動かしながら言った。
「実はこんな朝から拓ちゃんを呼んだのは協力して欲しいことがあるからなんだ」
「はぁ、協力して欲しいこと」
「うん、で、拓ちゃんに手伝って欲しいのは――アレ!」
ゲンキングが俺の後ろ方向を指さした。
その指先が向かう先に視線を合わせれば、一部の店ですでに数人の男女が並んでいる。
ううむ、おおよそ察することが出来たぞ。
同時に早くも羞恥心も込み上げて来たぞ。
「お尋ねしてよろしいですか、軍曹?」
「ううむ、なにかね拓ちゃん二等兵」
新兵じゃねぇか、ってそんなことはどうでもよくて。
「我々は今からあの戦地に向かわなければならないのでしょうか?」
「よくぞ聞いてくれた。あの場所こそが私が向かうべき希望の地――俺恋コラボカフェの会場である!」
俺恋ってのは確か「俺の所へ恋」っていう乙女ゲームの略称だった気がする。
確か、前にゲームチャットで乙女ゲームやってるみたいな話してたけど、まさかコラボカフェに来るまでハマってるとはな。
「軍曹、再び尋ねたいことが」
「何かね?」
「なぜ、あの列に並んでいるのがほとんど男女のペアなんですか?」
「......」
乙女ゲームのコラボカフェ。
恐らくそこでの限定商品が欲しいのだろう、そこまでは分かる。
しかし、なぜ列に男女で並んでいるのかが問題だ。
もしかして......そういう条件?
考えてみればそうだ。
ただのコラボカフェであればゲンキングは一人で行くだろうし、仮に誰かを連れて来るとしても相手は玲子さんに決まってる。
俺はゲンキングを見て回答を待った。
すると、ゲンキングは顔をみるみる赤くしながら叫ぶ。
「そ、そうなんですのよ!? なぜか男女ペアでないと入れないというから拓ちゃんを誘ったんですのよ‼」
「ゲンキング、口調がおかしくなってる」
「とりあえず、行きますのよ!」
俺はゲンキングにバシッと手を掴まれ、そのまま引かれながら列に並ぶ。
列に並べば先に並んでたカップルから意外そうな目で見られた。
申し訳ありませんね、意外性のある体形してて!
もっともと、今の状態だとゲンキングの輝きが半端ないだけなのだが。
それこそ玲子さん並みの輝きを放っている。
アラ、前の殿方と奥方がゲンキングを見て盛り上がってますわ。
美少女を見て素直に二人で感情を共有できるってかなり仲いいな。
そんなことを思いながら、隣のゲンキングを見てみれば無になってる。
いや、無ではないな、なんか顔を真っ赤にしながら目を泳がしている。
正直、俺も十分に恥ずかしいのだが、ゲンキングを見てかえって冷静になった。
こう、こんな時ぐらいは堂々としてやらないとな、的な。
「楽しみだね。どんなのかな?」
「ね~。私の推しはよっちゃんなんだけど――」
「ん?」
話し声に振り返って見れば、女性二人組。
当然ながら、その女性は顔見知りでもなんでもない。
問題はそう“女性二人組”。
俺は眉を寄せながらゲンキングを見た。
彼女はゆでだこのように顔を真っ赤にしながら、汗をダラダラと流していた。
視線が下を向いたまま微動だにしない。
なんなら体すら動いていない。
俺は一旦、後ろの女性二人組の存在を保留にした。
実は片方が女装した男性という可能性も考慮したからだ。
それなら、一応成立する。
「え~、なんで俺がこんなのに付き合わないといけないんだよ、姉ちゃん」
「いいじゃん、後でアイス驕って上げるんだから」
次にやって来たのはありふれた姉弟だ。
俺は不意にゲンキングを見る。
彼女は全力で顔を逸らしていた。
俺はこの時点でもういいんじゃないかとは思ったがまだ保留にした。
一応、ゲンキングが言っていた男女のペアという条件はクリアしてるし。
それにたまたま先に並んでいたのがカップルだったために、俺が先入観で男女のペアがイコールカップルだと思い込んでたし。
「私、こういうの来るの初めてだわ。いや、ゲーム自体は知ってたけど」
「あぅ.....あうあ」
「そう? ここでしか得れない限定があるのよ。
お互い旦那が仲良すぎて二人でどっか行っちゃったし、あたし達も存分に楽しみましょ」
「キャッキャッ」
ダウトです、ゲンキング。
子連れの奥さんが二人で来たらもう言い逃れ出来ませんよ。
どうやら年貢の納め時が来たようです。
俺はゲンキングをサッと見る。
彼女は両手で顔を覆っていた。
俺に対して背を向けているが、彼女がどういう感情を持っているのかは耳を見れば一目瞭然。
赤っけー赤っけー。
「コ......ゴロジデ......ワタシ......ゴロジデ......」
「そんな元人間でありながら怪物に変えられて、僅かな理性で死という救済を求める人間のセリフのようなこと言われても困る」
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