第74話 人のことを考えることは難しいというお話

 明日は待ちに待った休日。

 そんなことに浮かれていれば、職員室から呼び出しを受けた。

 呼び出し主は当然俺を面倒なことに巻き込んだ張本人だ。


「聞いたぞ、勇者。お前がそんなに肉食獣だとは思わなかったぞ。

 アレか? やっぱ自分より小さい方が欲情しやすいのか?」


「やっぱってなんですか。それと人をロリコンみたいに言うのやめてもらえます?」


 俺の目の前に座る鮫山先生はケタケタと笑う。わぁ、良い笑顔。

 なんで俺はこうも弄られやすいのか?

 体形で弄られるかと思いきや全然違うもの。


 先生の方を向いてパイプ椅子に座る俺は大きくため息を吐けば、率直に聞いた。


「単刀直入に聞きますけど、先生って俺を使って何か企んでますよね?」


「企むとは人聞きの悪い。ただ勇者をぶつければ面白いことにならないかなって思っただけだ。

 まさか付き合うとは思ってなかったけどな。やはり勇者は想像の斜め上を行くな」


「そんな愉快犯のようなこと言ったって通じませんよ。

 俺に永久先輩について探らせてるんですよね?」


 俺の質問に先生は一瞬目を見開いた。

 

「へぇ、名前で呼ぶとは......」


 先生は非常に小さな声で何かを呟くと、そのまま言葉を続ける。


「やっぱお前に頼んだのは正解だったよ」


「やはり俺に何かして欲しかったんですね」


「別にそんな大層なことをしてもらいたかったわけじゃない。

 それにお前の言葉を聞いただけでもう十分に状況は把握した。

 お前が友達になってくれたんだろ?」


 先生が妙に優しい顔つきをした。

 大体どの生徒にも適当なこの人が随分と先輩には目をかけるんだな。

 正直、話してしまえばとっつきにくいという感じでもないんだけど。


「で、先生は俺に何をさせたいんですか? まさかそれだけじゃないと思いますけど」


「ん? 白樺について聞きたいのか?」


 先生が腕を組んでこっちを見る。

 白いタンクトップから割と大きめな胸が浮き彫りになり、一瞬目が吸われてしまった。

 あ、ニヤッと笑った。やば、弄られる。


「そいつぁ出来ないそうだんだな。自力で聞くことだな」


 俺は目線がバレてないことにホッと一息吐く。

 気を取り直して返答する。


「ダメなんですか? 知って行動に移せることもあるかと思いますけど」


 先生は大きくため息を吐く。


「ったく、最近のガキどもはどいつもこいつもすぐに“答えくれ”って。

 ちったぁ考えろ。こっちはひな鳥に餌与える親鳥じゃないんだぞ?」


 なんか急に怒られた。


「それに他人から聞いた情報でどうすんだ?

 見知った気になってその相手に同情してやるのか?

 それで相手が嬉しがってくれるようなら、さぞかし気持ちいだろうな。

 だが、それで失敗したらそれは他人のせいか?」


 先生は腕組みを解くと、片肘を机にのせて頬杖をついた。


「人間は基本楽したい生き物だ。あたしはそう思ってる。

 なんたって、人の言ってること聞いてる時は責任も発生しないし楽だしな。

 だが、そんな操られてる人形みたいな奴が他人と心を通わせることなんて出来やしない。

 心を通わせるってのは複雑な作業なんだ。

 自分が合わせたり、相手に合わせてもらったりしてようやく初めて歯車がかみ合う。

 その時、初めて心を通わせる――信頼関係が生まれるっていうんだ」


「だから、考えろと?」


「そういうことだ。なんせその歯車は常に安定してるわけじゃないからな。

 その都度適当な形に整えてやらにゃいけない。

 そのためには相手のことを知ってないと形も変えられない。

 例えば、相手がスフィンクスの形をした歯車を持っていたとして、何も知らないお前がそれに合わせて自分もスフィンクスの歯車に合わせられるか?」


 スフィンクスの形をした歯車ってなんだ?

 真面目なトーンで急にわけわからん単語で例を出さないで貰えます?

 言いたいことはわかるので変にツッコみませんけど。


「つーわけで考えろ。今のお前は白樺と友達になってもそこで終わりじゃない“何か”に引っかかってんだろ?」


「ま、まぁ」


 この言葉は嘘じゃない。

 確かに最初こそ、先生が何か目的があるからと思っていた。


 だけど、それが「友達を作らせること」と知った後でも、俺はどこか腑に落ちない感じがあるのだ。


「ハァ、急に呼び出されたからなんだと思えば......こんな説教を受けるために来たわけじゃないですけど、わかりましたよ。自分で考えてみます」


「あ、ちょ、急に説教するめんどくさい女って思わないで! 嫌わないで! そして、養って!」


「この人、生徒になんちゅーこと言ってるんだ」


「え、だっていいだろ? どうせ高校生の恋愛なんてどっかで分かれるのがオチだし。

 最終的にはあたしの所で永久就職だろ? 専業主夫という名の」


 先生が腕を組んで言ってくる。

 そんな先生にジト目を送ってやった。


「何しれっと俺の未来予定を埋めてるんですか。確定事項みたいに言ってますし。

 そろそろこの人、生徒を誑かしてる淫乱教師として一度出るとこ出てみようかな」


「やめろ。それは社会的に終わる。そうなったら本気で責任取ってもらうぞ。地獄の底まで追いかけるからな」


 最近聞いたなそのセリフ。

 まぁ、俺の精神年齢からすれば、十分良い物件とは思うが。

 俺はパイプ椅子から立ち上がった。


「早く良い人見つけてください。そろそろ親御さんがうるさく言い始める時期でしょうし」


「おまっ、なぜうちの事情を......はは~ん、さては気があるな?」


「当てずっぽで言っただけなんで帰りまーす」


 俺はそそくさと歩けば職員室を出た。

 背後から「いつでも待ってるからな~♡」と聞こえたのはきっと気のせい。


 さて、今日は白樺先輩は用事があっていないみたいだし、久しぶりに一人で帰るかな。

 なんだかんだこれまでは、途中まで隣にずっといた環境だったし。

 たまには寄り道してみるのもアリか?


 最近、筋トレのペースも安定してきた俺にはこういう時間も増えてきた。

 なので、俺の脳内は絶賛どこの店に行こうかと思い馳せている最中だ。

 ただし、飲食が出来る場所には行かない。

 これはダイエットする者としての血の掟オメルタである。


「さて、たまには一人でゲーセンでも――った!?」


 曲がり角で誰かにぶつかってしまった。

 その衝撃で「キャ」と女子生徒が弾き飛ばされる。

 やべ、考え事してて気づかなかった。

 それに俺のお腹が弾き返してしまった。


「大丈夫!?」


 俺が咄嗟に声をかければ、その相手は玲子さんだった。

 彼女は口元を手の甲で押さえ、頬を赤く染めながら目線をそっぽ向けてる。


「玲子さん、顔赤いけど大丈夫?」


 俺は玲子さんの手を掴み立たせれば、聞いた。

 すると、彼女は慌てて言った。


「あ、それは別に思わず変な声が出てしまったことに恥ずかしがってるわけじゃないわ!」


「多分それ本音漏れてるよね?」


 玲子さんの顔が増々赤くなる。

 なんか今日は別人と思うぐらいに表情変化がハッキリしてるな。


「本当に大丈夫? 熱とかあるわけじゃないよね?」


「大丈夫よ。単に拓海君の前では常に凛とした自分でいたいと思ってるだけだから。

 それとならとっくの昔から持ってるわ」


 その意味がイマイチわからなかった。

 もしかして......と思ってしまうのは、前の落ち度だな。

 そんなこと思っていると、玲子さんがコホンと一つ咳払いして聞いてきた。


「ねぇ、拓海君。私は鮫山先生に体育祭のことで用があるのだけど、それが終わったら少し時間空いてるかしら?」


 ん~、どうすっか。たまには一人でとも思ったけど、まぁ休日でも出来るか。


「うん、空いてるよ」


「そう、良かったわ......本当に良かった」


 そう言うと玲子さんは「後で」と職員室に向かっていく。

 ただその最後の目が妙に怖く感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る