第73話 雨に打たれながら帰りました
翌日の放課後、俺は机の上に置いた方眼用紙の裏に書き出した文字を見ながら呻っていた。
「う~ん、どうしよっか」
「どうしたの?」
腕を組みながらじーっとそれを眺める俺をチラッと見ながら、永久先輩はキーボードをカタカタと鳴らして聞いてくる。
「前に言った勝負内容ですよ。俺は委員長特権で先にどんな競技あるか知ってるから、その中の個人競技を書き出して勝てそうな競技を探してるんです」
「内容は徒競走、障害物競争、借り物競争、二人三脚、パン喰い競争、力こそパワー......あぁ、見てるだけでめまいがしてくるわ」
「先輩、ぼっちって自分で言ってましたし良い思い出なさそうですもんね」
「うっさい」
そういう俺も特に中学で良い思い出は無かったような。
思い出せんから何とも言えん。
まるで中学時代だけ空白の時を過ごしてたみたいだ。
まぁ、それほどまでに何もなかったということなんだろうけど。
つーか、力こそパワーって如何にも頭悪そうな競技はなんだろう?
「先輩、この“力こそパワー”って何ですか?」
「あぁ、その頭の悪いネーミングセンスの競技は単なる力自慢よ」
はて力自慢とは? 腕相撲的な? え、めっちゃ地味。
かと思ってたらもうちょいヘビィだった。
「両手で持った30キロの俵を頭上に掲げて誰がいつまで持ってられるかを競うものよ。
どのくらいの時間ごとかは忘れたけど、時間ごとに錘が追加されてくの。
ワタシはつまらなすぎて眠そうになったけど、なぜか意外と盛り上がってるらしいのよね例年」
あ、でも意外とわかる気がする。
俺が腐ってた時代でもSAS〇KEだったり、筋肉〇付だったりはなんでか見てたもの。
気持ち的にはボクシングやプロレスを見てる感じに近いのかも。
「ところで、そのバツがついてるのは何? 徒競走やパン喰い競争にバツがついてるけど」
「地力だけで勝負が決まりそうなやつです。
徒競走はそもそも体育の授業で50m走のタイムが早い順から選ばれるんで、俺がそもそも入る余地はないんですけどね」
「なるほど、肉体の構造上で身体能力が劣ってるあなたには、純粋な体を使った勝負で挑めないということね」
「そうであります軍曹。訓練不足であります」
「あなた、最近調子乗ってるわよね」
先輩からギリッと睨まれた。
やっべ~、つい昨日のゲンキングに強く勧められたゲームでのチャットのノリで言ってしまった。
この人は弄るのは好きだけど、弄られるのは嫌いなタイプの人間だからな。
そう非常に厄介なタイプである。
故に、ここま素直に身を引くのがベター。
「確かに調子乗りました。申し訳ございません」
「わかればよろしい」
先輩は上機嫌に鼻を鳴らす。
わぁ、わかりやすい。先輩ってちょいちょい幼いよな。
いや、俺の精神年齢がおかしいのか?
俺は適当に候補に丸をつけていけば、先輩はなぜかその行動を頬杖をついて眺めていた。
「な、なんですか? そんな見られるようなことしてないと思うんですけど」
「......別に。意味もなく人の行動を見るときぐらいあるでしょ。
例えば、登校中の路肩に止まっているゴミ収集車にゴミが投げ入れられて潰される光景、それと同じよ」
地味に納得できてしまうのがなんか癪だ。
なぜそう感じてしまうのかはわからない。
たぶんやられっぱなしが嫌いになったのだろう。
まぁ、これ如きで感じるほどに心が狭いのでは? とも思えるが。
先輩は頬杖をついたままパソコンの画面を見た。
少しの間見たかと思えば、再びこちらに視線を送って口を開く。
「拓海君、ワタシ達はもう次のステップへ進んでいいと思うわ?」
「また唐突ですね。つーか、つい昨日名前呼びでステップ踏んだと思うんですけどね」
普通の恋人でもそこまでガンガンステップアップする人いないでしょう?
「なんか『そんなに早く関係が進む人なんていなんでしょ」って顔だけど、世の中にはたった数か月で電撃結婚する芸能人だっているのよ?
芸能人という枠組みの中でもそこそこいるのだから、一般市民の中なんてそれこそ溢れてると思うわよ。
あまり物事の考えを自分の知識や経験のみで語るべきじゃないわ」
「なんで俺、若干怒られてるんですか」
「最近、調子乗ってるからよ」
この人、引きずってるよ。
さっき俺が謝った意味ってなんだったの?
ただ気分良くさせただけじゃん。
そんなことを思っていると先輩はクスッと笑って「冗談よ」と付け加えてきた。
ほんとかなぁ、なんか先輩の性格的に考えると少し位本気って疑うよ?
「で、次のステップって具体的には何をするんですか?」
「良い質問ね。やることは単純よ。手を繋ぐの」
「あ~、二人で歩く時にするアレ」
「そう、アレ」
アレ、アレね......え、アレをやるんですか?
俺、生まれてこの方一度も女子と手を繋いでなんて......って思ってたけどがっつり繋いでたわ。
肝試しの時に、両手に華の状態で。
そう考えるともう一度経験している以上、俺はとっくに経験済み(※手繋ぎ)の男の仲間入りだぜ――と思った時期もありました。
「どうしたの? 震えてるけど」
先輩が机の上に小さな左手をポンと置いている。
その手を繋ごうとしている俺の右手は空中で小刻みに震えていた。
え、え!? 手を繋ぐってどうやればいいんだっけ!?
そういや、自分から繋いだことないからわからない!
「せ、先輩.....」
「どうしたの?」
「また今度でいっすか? 今日はほら、雨なんで」
「別に手を繋ぐ分には天気は関係ないけど。というか、日和ったわね?」
そりゃ、日和りますよ! チェリーボーイですもの!
今だって右手の手汗がやばいことになってるんですよ!?
先輩からしたらわからないでしょうけど、俺からすれば今俺の右手からナイアガラの滝のような手汗が出てるイメージですからね!
「先輩、そんな急ぐことないですよ。ほら、俺達ってまだ一回しかデートしてないじゃないですか」
「大丈夫よ。手を繋ぐタイミングはおおよそ三回目のデートからと言われてるけど、二人で下校してる時も実質放課後デートのようなものだから。
そう考えれば、ワタシ達はもう数えるのも面倒なほどにはデートを重ねているわ」
「さすがに一緒に帰る下校をそのままデートと捉えるのは無理があるかと」
寄り道してどこかのカフェやらショッピングやらするならまだ話はわかるけどね?
俺もそれなら放課後デートって認定するよ。
先輩はため息を吐けば、俺に言った。
「とりあえず、机に手を置いて」
言われるがままに手を置く。
すると、先輩の口角がニヤッと上がる。
左手がひょいっと立ち上がった。
人差し指と中指を机につけて。
ピースを反対向きにしたような感じだ。
「っ!」
俺は先輩の行動を見てビクッとした。
先輩は左手を人が歩くように動かせば、俺の人差し指に自分の人差し指をちょんと触れさせたのだ。
その瞬間、俺の右手に神経が集中したかのように感覚が鋭敏になる。
な、なんかゾワッとしたぞ、今。
先輩は左手を開き、机に寝かせた。
すると今度は、指を俺の指に滑り込ませ、持ち上げるようにして指を絡めていく。
一つ一つ指が絡むと同時に鼓動が跳ね上がり、聞こえるんじゃないかってほどうるさい。
そして最終的には、恋人繋ぎのようになってしまった。
「これで手繋ぎ完了ね。ま、本来の手繋ぎではないけれど」
先輩が余裕な笑みで言ってみせる。
一方で、俺は右手をバッと話せば、急いで荷物を抱え込み教室を出た。
指にまだ感触が残ってる。
まだ絡めているような感覚が。
やばい、体中がゾクゾクする。
炎が出そうなほど全身が熱い。
つーか、え、エッロ⁉⁉
ま、まさか手を繋ぐだけでここまでエロく感じるなんて!?
心臓バックバクよ!? 顔も火が出そうなほど暑いし!
もう、これは俺の負けで良いから早く帰らにゃヤバい!
雨に濡れにゃヤバい!
*****
――溜まり場の部室
永久は拓海の猛ダッシュする足音を聞きながら、大きく息を吐く。
ぼんやりと左手を見れば、そっと右手を重ねた。
「単なるシーンの再現だったけれど......さすがに調子乗ったわ」
滴が垂れる窓には紅色の頬に染まった永久が映っていた。
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