第71話 まぁ、ミステリアス感は最初から感じてたけどね

「――へぇ、随分と面白そうなことになってるじゃない」


 放課後、白樺先輩から「何か話題になりそうな話ってない?」と無茶ぶりされたので、俺は体育の時にあった話をした。

 先輩は読書しながら話を聞いている。


 先輩がこういう手の話をしてくる時は大抵書いてる小説のネタが詰まった時だ。

 確か先輩はラブコメを書いてるって話だし、体育祭はいいネタになるだろう。


 まぁ、ラブコメって基本男女のイチャイチャを書くものだから、男同士のやり取りを話して良かったのかと疑問に思う所はあるが。


「それじゃあ、もう具体的な勝負内容とか決まったのかしら?」


 お、まさか先輩の方から話題を続けてくるなんて。

 ぶっちゃけぶった切ってくれたって問題ない話なのに。


「そうっすね~、自分達が出るレースの順位をそのまま点数として勝負って感じになりました。

 例えば、1位を取ればそのまま得点は1って感じで」


「なるほど、要は総合得点が一番少ない人が勝者で、多かった人がビリって感じね」


「そんな感じです。後は出るレース数を調整したりする感じで合わせようかなって」


「ふ~ん、そうなの。でも、それって二人三脚とかどうなるの?

 確か一年生だと種目であったはずよね?」


「それは選ぶ人も実力のうちって感じで。さらに言えば出る競技も。

 純粋に当日の結果オンリーで決まる感じです」


 というわけで、ただでさえ運動でハンデを食らってる俺は競技選びが重要になっている。

 どうすればアイツらに勝てるのか。それを考えなければいけない。

 そしてなにより、男四人の焼き肉を驕りたくない!


 俺は腕を組んで悩み始める。

 すると、先輩は本から視線を外し、じーっと俺を見て来た。

 ん? 俺の顔に何かついてます?


「どうしました?」


「あ、いえ、少し思い出したことがあってね。早川君、あなたに質問してもいいかしら?」


「えぇ、どうぞ」


「話がガラッと変わるのだけど、あなたは自分に恋人が欲しいと思ったことはある?」


 ほんとに内容がガラッと変わったな。

 先輩がこんなことを聞いてくるなんて。

 これはアレか? 俺の恋愛に関する意識調査か?

 その話を踏まえて小説に反映させようって感じ?

 まぁ、恐らくそんな感じだろうな.....。


「う~ん、“ない”と言ったら嘘になりますが、現状で俺が求めることはないですね」


「それはどうして?」


「俺が俺自身を許せてないからです。

 俺は俺自身を変えるために努力してますが、そんなこと.....,と言うと変な感じですが、それに現を抜かす時間はないんです。

 俺はもっと頑張らないといけない。出来ることが少ない俺にはそれにかける暇はありません」


 先輩は腕を組んだ。


「であれば、現状ワタシとこのような時間を過ごすのは無意味という話になるけれど?」


「あ、いえ、それはその......」


 俺は一瞬言い淀んだが、この際ハッキリ言った。


「先輩が俺を利用するように、俺にも目的があってこの関係となってます」


 その言葉に先輩は大きく目を開く。

 しかし、すぐさま元に戻せば、今度は唇の端を僅かに上げた。


「意外ね、早川君がそんなことを考えてるなんて。

 ただの断り切れないお人好しのおデブちゃんかと思えば、あなたも思っている以上に考えてるようね」


「むしろ、俺は自分の思考を常に意識してるぐらい物事は考えてますよ。

 思考によって言葉が変わり、言葉によって行動が変わるんですから」


「マザーテレサの言葉ね」


「さすがわかりますね」


 俺は常にマザーテレサの言葉を意識して行動している。

 俺の人格革命を起こすにはこの言葉が重要だから。

 俺の思考もこれに基づいてる。


 先輩は再び俺の顔をじーっと見れば、小さく「確かにこれは重症ね」と呟いた。

 二人っきりの空間だったので聞こえてしまったが、なんだか触れづらかったので触れないでおこう。


 先輩は手元の本に目線を移せば、読書しながら話しかけた。


「あなたの言葉はまるで甘い毒ね」


「......どういう意味ですか?」


「そのままの意味よ。甘くて美味しいチョコレートを食べていたら、いつの間にかそれを食べなければ切なくなってしまうほどに囚われる」


「俺の言葉にそこまでの影響力があると? そんなまさか」


 俺の言葉で何かを変えられたなんてそれこそ隼人ぐらいだぞ?

 ゲンキングは自分で意識を変えたようなもんだし、玲子さんも似たようなもんだし。

 いくら小さい頃に俺がなんか色々してたとはいえ。


「高身長で甘いルックスでもあればその言葉を受け止めたでしょうけど、俺は実際太ってるこんな感じですし。さすがにそんなことないですって」


「早川君は随分と初頭効果について意見を述べるけど、確かにそれは長期的記憶に影響を与えると学術的に言われてることだと思うわ。

 でも、それで全てを語れるのだとすれば、人間そんなに複雑に生きれていないと思うの」


「そればっかりが全てじゃないって言いたいんですか?」


「当然、その通りよ。この世の中で絶対はありえない。

 だからこそ、ワタシもこうして早川君と付き合ってみてることで検証してる。

 あなた、少し思考に囚われ過ぎじゃないかしら?」


 俺の思考が間違ってるって言いたいのか、この人は?

 確かに、俺が間違った行動をして上手くいかなかったこともある。

 だけど、それでもこの結果が生まれてるのは思考に思考を重ねた結果だ。


 ......ふぅー、落ち着け。先輩はただの助言でそう言ってくれただけだ。

 まるで勝手に自分を否定されたという勘違いを起こしてヤケになるな。

 こういう手合いもいる。その理解を怠っていたのは俺の落ち度だ。


「......かもしれませんね。少し肩の力を抜いて考えて見てもいいかもしれません」


 務めて穏やかな笑みを浮かべて言った。

 その顔を先輩は本から視線を外し、チラッと見る。

 そして、本に栞を挟んで閉じれば言った。


「人間、聖人君子になれないとは思っていたけれど、なろうとすればああも歪むものなのね。

 なるほど、どうりでワタシに白羽の矢が立ったわけか」


「白羽の矢?」


 何の話だ? 先輩も誰かに俺のことを調査しろとか言われたとか?

 この言葉の感じだと割と最近のようにも感じるけど。


「一人はあまりにも肯定的過ぎてダメで、もう一人は言いくるめられてしまうからダメ。

 なるほど......だから、残りのワタシしかいない。仕方ない乗ってあげるわ」


「あの一人で自己完結しないでもろて......」


「知らなくて大丈夫よ。どうせこっちで完結する話だから」


 先輩はパイプ椅子から立ち上がる。

 手に持っていた本をスクールバッグにしまい、バッグを肩にかけた。

 そして、俺に言った。


「ほら、早川君。行くわよ、放課後デート」


「また唐突ですね。つーか、今日......雨降ってるんですが」


 季節はもう梅雨時だ。

 窓を見れば、肉眼でもわかる大きな雨粒が少し強めにザーザーと降っている。

 わざわざこんな日にどこかに行かなくても......。


「あら、勘違いしてそうな顔だけど、別に都心部へ繰り出す必要はないわ。

 午前中で雨が降って無かったから傘を持ってきてなかったの。

 だから、彼女を家までエスコートしてくれないかしら?」


 そういう意味か。


「それならそうと最初からハッキリ言ってくれればいいのに」


 俺は立ち上がり、長机に広げた荷物を片付ける。


「せっかくだから意味深に言ってみたの。

 ほら、ミステリアスな女の子って魅力的じゃない?」


「自分で言ったらミステリアス感がゼロになると思いますけど」


「あらそう? なら、彼氏に甘えたがりな彼女って思っておきなさい」


「それは悪くないシチュですね」


「ほら、行くわよ」


 先輩がドアに向かって歩き出す。

 その後ろを俺は慌ててついていった。

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