第70話 男特有のノリ

「そういえば、拓海は何か出る競技決めたか?」


 時は4限目の体育の時間。

 サッカーの授業でペアを組んでボールをパスし合っていた。


 ついでに暇だったのでそう遠くないうちにやって来る体育祭について話していた。

 大地がボールをゴロで蹴ってきたのを受け止めながら、俺は答える。


「いや、まだ。正直、どの種目に出ようかなって感じで」


 俺は空太に向かって蹴った。

 若干浮いたボールを空太は膝でトラップし、一度踏んで制止させれば隼人に蹴る。

 同時に彼は言った。


「俺もおんなじ感じだ。というか、どうにもこうにもやる気が出ん」


 速いゴロで来たのを隼人はタイミングよくつま先に乗せて空中に上げる。

 そのままトラップした足と同じ足で空中ボレーをし、大地に蹴り飛ばす。


 ちなみに、本来二人組でパスするんだが、先生がそこまで厳しい人じゃないので俺達が勝手に四人で回してるだけ。


「まぁ、運動能力で評価を受けるならそれこそ部活での大会でいいからな。

 つーか、モテたいならここで出しゃばんなきゃダメだぞ? 大地」


「お前、妙に俺を彼女欲しいキャラにしようとしてるよな。間違っちゃいないんだけどさ」


 山なりに飛んできたボールを大地は高身長からの高いジャンプで胸トラップ。

 地面に落とし、ワンバウンドさせれば空太に向かって蹴った。

 相変わらず、この二人は身体能力が高いな。

 つーか、なにより身長が羨ましい。


 それにしても、考えてみればそうか。

 俺の精神が大人向けに枯れているせいで気づかなかったが、体育祭はアピールの場ではなかろうか?


 もちろん、目的は女子にアピールするということではなく、俺がクラスにとって役に立てることをアピールするために。


 林間学校から1か月が経とうとしている。

 俺のやらかしの噂も表の範囲では聞こえなくなったが、結局俺自身の地位は圧倒的に低いものには変わりない。

 なんだったら、今の俺の状況は隼人達に持ち上げられているといっても過言ではない。


 俺は知っているんだ。

 俺のことを影で「上位グループに縋りつく金魚のフン」って言われてることぐらい。


 周りの連中は陰口として本人には聞こえないように言ってるつもりだろうが、実際は色んな所で話してりゃ聞こえるに決まってんだって話で。


 もちろん、俺はそうじゃないと声を大にして否定したいところだ。

 しかし、俺という存在が周りに取って信用に足らない人物である以上、いくら違うと言ったところで悪あがきしてるようにしか思われないだろう。


 故に、俺は体育祭という場でアピールしなければいけないのだ!


「拓海、ボール!」


 空太からの声に前を向けば、丁度頭の高さを維持したままボールが突っ込んでくる。

 やば、当たる......とでも思ったか? 舐めるな!


「フゥン!」


 俺はタイミングよくヘディングした。

 ボールは斜め下に打ち返され、地面にバウンドしながら大地の方へ向かっていく。

 すると、三人から「やるなぁ」とか「スゲェ」とか言われた。

 ほほほ、どんなもんじゃい! 実際、めっちゃ驚いたけど。


「で、お前は何を企んでいたんだ?」


 なんか隼人が人聞きの悪いことを言ってきやがった。


「おい、人が考えてるだけで企んでるとか言うなよ。

 つーか、俺がこれまで企んだことあったか?」


「そうだな、勇者は人を救うのが好きなようで」


「おい、お前、その言葉誰から聞いた?」


「名付け親から」


 鮫山先生か。あの人、俺の前以外でもその呼び名使ってんのかよ。

 もはや定着させようとしてやがるな? 許せん、恥ずかしいじゃないか!


 隼人が大地のゴロをダイレクトで俺に弾いてくる。

 なので、俺もダイレクトで空太に弾いたらあらぬ方向に行ってしまった。

 すまん、取り行ってくれ。


「だが、実際考えたんだろ?」


「考えたけど大したことじゃないよ。

 単に体育祭で活躍すれば、クラスの皆にも認められるかなと思って」


「今更、クラスの奴らを気にする必要あるのか?」


 隼人のその発言に俺は思わず眉を寄せた。


「こら、隼人、その発言はまた見下してんじゃないだろうな?」


「見下してはない。客観的な事実を述べただけだ。

 周りの連中はお前をバカにしている。

 そんな連中にわざわざ絡んで意識改革させる意味があるのかって話だ。

 俺も同じだったからわかるが、下がいると安心すんだよ。

 逆に言えば、下だと思っていた奴をわざわざ認めるなんて奴はほぼいない」


 空太が蹴ったボールを一度足元に止めれば、大地に向かって蹴った。


 確かに、隼人の言っていることは正しいのかもしれない。

 俺も一度目の人生で腐ってた時は、SNSでバカな動画を上げていたり、発言していたりしてる奴を見ては勝手に自分より下の人間と認識して心の安定を図っていた。


 なぜ誰かをバカにするのか。

 それは自分の優位性を維持したいからだ。


 底辺の人間と見比べて自分はまだ幸せな環境にいる。

 その相手を見てバカにしたり、可哀そうと思えれるほどには心が豊かだ。


 そう考えることで自分がまだ良い状況にいると思いたいのだ。

 その時点で心が貧しくなってることを気づかずに。


 隼人が言いたいのはわざわざ寄り添ってやる必要があるのかって話だ。

 例えるなら、専ら外で遊ぶチャラ男に陰キャが頑張って自分の好きなアニメを布教させようとする感じ。


 どんなに頑張って布教したとしても、表面上は興味あるふりして陰ではバカにされるのがオチだと言いたいのだ。


「確かに、隼人の言う通りかもな。

 結局、そん時もイキりデブって感じでバカにされるかもしれない」


「わかってんならいいけどよ」


「だったら、こうしよう!

 俺は俺の友達に俺のカッコよさをアピールしたい。

 そのついでに、クラスの連中らにも俺というスゴさを知らしめてやるんだってな」


 隼人は目を見開いて俺を見る。

 そして、首の後ろを擦り、大きく息を吐いた。


「ハァ、楽出来ると思ったんだけどなぁ。仕方ねぇ、俺も手伝ってやるよ」


「なんだ? 急にやる気になったじゃん」


 俺が首を傾げれば、隼人は俺の方を向いて言った。


「お前がそうやって前向きな姿勢を見せられると、俺も誇れる自分になるように努力しなきゃお前にカッコつかないと思っただけだ。一緒に探すんだろ?」


「隼人......」


 お前が俺の言葉をそこまで前向きい捉えてるなんて......ちょっと感動しちゃったじゃないか。

 とはいえ――


「でも、実際お前まで頑張れると結局お前の影に埋もれそうだから控えてくんない?」


「おいテメェ、俺の恥ずかしいセリフを返せ」


 自分で恥ずかしい自覚あったんだ。

 そんな話をしてると、大地から急に声をかけられた。


「ちょっと待てよ、お前ら!

 お前らがやる気になったら、俺達は体育祭なんて本気でやれねぇダセェ奴になるじゃねぇか!

 ダセェのは空太だけで十分だ!」


「おい、大地。そこは“俺も”って言う流れだろうが。

 突然、勝手に流れをぶった切ってんじゃねぇ。

 俺もやるぞ、クラスのクールキャラが普段は見せない雄々しさを見せる。うん、悪くない!」


 大地に続いて空太もやる気になってしまった。

 どうしてこうなった? おいおい、やめてくれよ。

 俺のアピールの場を全員して奪っていくなよ。

 たたでさえ、こっちハンデ背負ってんだぞ?


「それじゃ、誰が一番目立ってたかで勝負するのはどうだ?」


 大地が提案する言葉に珍しく隼人が乗る。


「いいぜ。負ける気がしねぇ」


「ふん、俺の内に秘めたる真なる力......解放する時が来たな」


 空太も今にも右手が疼きそうな様子だし。

 一体どれはどうやって評価をつけるのかとか聞きたいことは色々あったがともかく――


「なら、今度の俺のチートデイの日に焼肉全員分驕りってのはどうだ?」


「「「乗った!」」」


 こうなった以上は、俺も負ける気じゃいられねぇ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る