第69話 根底の意識

 母さんに助言をもらった翌日、俺は早速行動することにした。

 それはゲンキングに謝罪しに行くということだ。

 隼人達からの助言を聞いて数日間だけ間を開けていたが、考えが変わった。


 隼人達の助言も俺のためを思ってくれて言ったことで、別に間違った答えというわけではないだろう。


 しかし、俺は人生をやり直して行動することでなんとか事態を収めてきた。

 だから、行動することで生まれる展開を見て、俺は次の行動を判断したいと思う。


 それにただ頭の中で考えてるだけじゃダメだと思った。

 考えることが悪いんじゃない、考えてそれで答えが出たからといって答え合わせしないのが悪いんだ。


 テストの見直しも人間関係も答えを見て話し合って初めてわかることがある。

 例えそれが間違っていたとしても、どこが間違ってたからそういう答えに繋がってしまったということは理解できるはず。


 まぁ、人間関係においてはそれが全てじゃないことは百も承知だけど。


 とにもかくにも、俺はゲンキングに謝罪することに決めた。

 未だに何が原因で怒らせているかハッキリしていない。

 だけど、それでももううだうだ考え続けるという実質的な問題の先送りを避けるにはこれしかない。


 幸いにも俺がレイソした時、ゲンキングは俺の呼び出しに応じてくれた。

 もうここまでした以上逃げれない。

 怖いのはゲンキングだって同じだ。

 そして、俺は屋上に続く階段まで来た。

 ん? なぜか玲子さんの姿がある。


 俺が階段を上がり、屋上前の扉の踊り場まで来れば、ゲンキングと対面した。

 緊張している様子で、前に組んだ手をソワソワさせている。

 こちらともあまり目が合わない。

 だとすれば、声を出すのはこっちからだな。


「まずは俺の願いに応じてくれてありがとう」


「だ、大丈夫だよ! ただ、一人じゃちょっと気まずかったからレイちゃんも呼んじゃったけど」


 玲子さんの存在はゲンキングの仕業だったのか。

 チラッと玲子さんの方を見れば彼女は静観している姿勢で、腕を組んだまま空気を消しているような様子だ。


 だけど、溢れ出る大物オーラが結局存在感を浮き彫りにしてる。

 まるで先生の前で仲直りさせられる小学生のような気分だ。


 俺は一つ深呼吸すると、90度に腰を折った。


「ゲンキング、先日は怒らせて悪かった」


「......へ?」


 ゲンキングの表情こそわからないが、困惑しているような声は聞こえた。


「困惑する気持ちもわかる! 結局、俺はゲンキングを怒らせた原因がわかってないんだから!

 それでもゲンキングと仲直りしたいという気持ちはある! だから、どうかこの謝罪を――」


「ちょ、ちょちょちょっと待って! なんで拓ちゃんが謝ってんの!?」


 ゲンキングが驚いたような声でそんなことを言うので、俺は思わず彼女を見た。

 彼女は本当に俺の謝罪の意味が理解できていない顔をしていた。

 ん? 今何が起こってるんだ?


 ゲンキングが「とりあえず、顔を上げて」と言うので、俺はその言葉に従って姿勢を戻した。

 すると、彼女は困惑している気持ちを言葉にした。


「とりあえず、拓ちゃんは何も謝ることはないよ? それはホント」


「え?......いや、でも、俺はゲンキングを怒らせたよな?」


「それは確かに......怒ったかもしれない......けど.......」


 俺が当たり前の質問をすれば、なぜかゲンキングの顔がどんどん赤くなっていく。

 目線はもちろん合ってないが、なんとなくその目が漫画で言うグルグルしたような目に感じるのは気のせいだろうか。


 俺が怪訝な目でゲンキングを眺めていれば、隣にいる先生もとい玲子さんがサッと答えを言った。


「唯華が戸惑ってるのは自分が嫉妬で身勝手な怒りをぶつけたことを恥じてるからよ」


「レイちゃん!?」


 “ブルータスお前もか!?”と言わんばかりの表情で玲子さんを見るゲンキング。

 パクパクとさせている口はまるで空気を求めてる金魚のようだった。

 しかし、シット、shitto......嫉妬?

 ゲンキングが俺に?


 俺は腕を考えて言葉の意味を整理する。

 ゲンキングが怒ったのは丁度俺が白樺先輩と疑似恋人になった話をした後。

 それに対する嫉妬と考えるのが普通、ここまではOKか? 俺


「た、拓ちゃん......うぅっ、そんな真面目に考えないで......というか、今すぐその思考放棄して」


 その話で嫉妬するということは、その話が自分にとって不愉快だったから。

 で、その話はジャンルで言えば恋バナだ。


 待てよ? となると、ゲンキングは俺に対して嫉妬していたことになるよな?

 あ、あるのか!? そんなことが!?


 俺はサッとゲンキングを見た。

 彼女は今にも泣きそうなほどの涙目でありながら、顔は顔面に赤いペンキを被ったかのように赤かった。

 つーか、湯気が見える!?


 俺も同調して全身に熱を帯びる。

 急速に顔が熱くなってきた。

 え、え......え? これ、なんてラブコメ?


「そういうこと......なのか?」


「あ、う......あ、うぅ......」


 もはやゲンキングの言葉は言語にすらなっていない。

 必死に何かを伝えないような感じは伝わってくるが、本人の思考処理がパンクしてるようだ。


 そんな俺達の様子を玲子さんは焦った様子で交互に見返す。

 そして、彼女は胸に手を当てて言ってきた。


「わ、私も同じ気持ちよ!」


「え!?」


 玲子さんがほんのりと染めた頬で力強い目を向けながら言ってきた。

 しかし、その目は時折逃げ出したそうに小刻みに揺れている。

 え? 玲子さんも同じって.......それって、え!?

 そうなのか!? いや、でも、この二人だぞ!?


 しばらくの間、妙な沈黙が続く。


「わ、わたしは友達の拓ちゃんといられる時間が減るのが寂しかっただけ!」


 非常に甘ったるい空気を切り裂くようにゲンキングが大声で言った。

 放課後の人気のない空間であるために、その声が僅かに反響する。


 両手を前に拳を作り、前のめりで言う彼女の姿勢に少し呆気を取られたが.......その言葉にどこか安心したような気分になった。


「そっか......いや~、ビックリするな~もう、アハハハ......」


 俺は首を後ろを擦りながら笑みを浮かべた。

 自分がどういう立場にいるか理解している人間は“釣りあい”を気にしてしまう。


 友達として接してくれている相手に対し、俺が釣りあえているかどうか。

 それは自己評価が低いと捉えて構わないだろう。


 しかし、現実を見ればそうだ。

 俺の友達は俺より優れた奴ばかりで溢れている。

 だから、俺は今真っ当な現実を直視できているはずだ。

 決して状況にうぬぼれてはいけない。

 俺が過去に何をして来たか思い出せ。


 俺の笑みに赤みをやや残したままキョトンとする二人。

 そんな表情から俺は目線を逸らし、そっと手を差し出す。


「とりあえず、誤解が解けたってことなら仲直りしようぜ。

 握手ってちょっと古臭い感じもするけど、仲直りした形ってことで」


「あ、うん......」


 ゲンキングは俺の差し出した手を握ってくれた。

 よし、これで無事解決だよな! うん、これでいいはず!


 俺は二人に背を向ければ、階段を下りて言った。


*****


 拓海が階段を颯爽と下りていく。行き先は彼の教室だ。

 そんな逃げるように足早な彼は気づかなかった――すぐ曲がり角で壁に寄りかかる隼人の存在に。


「アレは重傷だな。何か知ってるか? 保護者さんよ」


 拓海が消えた後、隼人は一歩前に出れば、階段の上にいる玲子へと声をかける。

 そんな彼に彼女は目を細くして答えた。


「盗み聞きなんて趣味が悪いじゃない?」


「そいつは悪かった。たまたま歩いてたら聞こえたもんで。

 で、俺の質問には答えてくれんのか?」


 隼人と玲子がバチバチと視線を合わせる。

 その状況がイマイチ呑み込めていない唯華はキョロキョロと二人を見た。


 玲子は腕を組むと質問に答える。


「人間、根底に根付いた無意識はそう簡単に拭えないものよ。拓海君はそれが強いだけ。

 今のままじゃきっと声は届かない。

 だから、拓海君が自らその気持ちと向き合うまでは様子見って感じね」


「そいつは一体いつまで待つつもりだ?」


「待つわよ、いつまでも」


 玲子の言葉に隼人は鼻で笑った。

 彼は階段を降りながら言い返す。


「見解の相違だな。俺は別に相手がお前じゃなくても問題ない」


 隼人の姿が見えなくなり、玲子は眉を寄せて心にあっただろう声を漏らした。


「相変わらず憎たらしい男ね」


「あ、あの~、レイちゃん? 全く状況が読み込めないんですが一体何が?」


 ずっと頭にハテナマークを浮かべていたゲンキングが首を傾げながら玲子に聞いた。

 玲子は依然腕を組んだままぼんやりと階段の下を見る。

 そして、彼女は答えた。


「あの男は拓海君を例の先輩とくっつけるつもりよ」


「え‶」

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