第68話 やっぱ頭上がんねぇわ

 結局、クレープを買い食いしただけで終わった放課後デートの翌日。

 学校から帰ってきて母さんが作ってくれた夕食を食べていれば、正面に座る母さんが話しかけてきた。


「あ、そういえば、私のお友達から聞いたんだけど、拓ちゃん、女の子と一緒に歩いてたってほんと?」


「ごふっ」


 突然の言葉というか内容に喉にご飯が詰まった。

 すぐさま軽く胸をトントンと叩き、みそ汁を飲むことでご飯をほぐして喉の奥に押し込む。

 一先ず急な窒息の危機を逃れたことに俺はホッと息を吐いた。


 そんな息子の唐突な命の危険に母さんは「大丈夫?」と声をかけてくれるも、俺が無事そうだとわかるとすぐさま目を光らせた。


「ふふっ、拓ちゃんのその反応的にどうやら本当みたいね。まさか拓ちゃんに恋人が出来るなんて。

 正直な話、拓ちゃんそういうのに興味ないと思ってる感じだったからビックリだったわ」


 そら、ビックリなのはこっちもだよ。

 そういう色恋沙汰に興味がないとは言わないけど、今の俺には身の丈があってないとは思っていたし。


 そしたら、急に疑似恋人になって欲しいだかなんだかよ?

 俺の人生どうなってんねん。

 つーか、昨日の今日で俺がデートしていることがバレるというママ友ネットワーク恐るべし。


 俺はおかずを口に運び、よく噛み飲み込めば母さんに聞いた。


「そんなに意外か? 母さん的に俺ってどんな評価だっただよ」


「男女関係なくとにかく声をかけまくる浅い段階のプレイボーイ?」


「母さんの口から聞く評価がそれとは思わなかった」


 プレイボーイて。俺はどんだけ遊び歩いてたんだよ。

 今だともう二十年以上前の記憶だから全然覚えてないけどさ。


「昔の拓ちゃんは活発だったからね。

 とにかく、誰かと一緒に遊んでる感じだったわ。

 遊ぶ名前の中に平然と女の子の名前もあがるし。

 でも、別にこれといって何か特別に感情があるようでも無かったし」


 小学生ぐらいの話だろうけど、その年代で色恋は早いだろ......と思うのは俺だけ?

 まぁ、今では小学生でも付き合う人がいるとかいないとか聞いたことあるけど。

 最初に耳にしたときは一瞬脳がバグったね。


 母さんは自分の発言に対し首を傾げる。

 急に何かを思い出したかのようにパンと両手を合わせれば聞いてきた。


「あ、そういえば、一人だけよく構ってた女の子がいたっけ?

 確かあの子の名前は久川......」


「久川玲子だろ? さすがに覚えてるよ。今だって同じ高校通ってるし」


「そう、玲子ちゃんよ!」


 母さんは思い出せてスッキリしたような顔をした。

 玲子さんに限っては人生やり直してる俺ですら忘れたことない重要人物だ。

 なんせ未来の大スター。

 まさか昔に関わった子が未来であんな化けるとは思わないだろう。

 

 知ったのはまだ家に電気が通っててなんとなくテレビでバラエティ番組を見た時だ。

 そこにたまにある幼少期からのプロフィール紹介とかで知った。

 もちろん、最初こそ名前が同姓同名名だけだと思ったけど、その後に別の記事でイジメを受けていたという話をしていて確信した。


 いや、一番に確信を持ったのはやはり本人から直接教えてもらった時か。

 そんなわけで、俺にとって玲子さんとは俺の人生における超重要人物なわけで。

 今後一生この名前を忘れることはないだろう。


「あの子、前に拓ちゃんを心配して家に訪ねてきてくれた時見たんだけど、ものすごく可愛くなったわね。いえ、あの感じは美人と言った方がいいのかしら?

 なんだか、大人の風格が出てとても通りで見かける高校生と同じとは思えなかったわ」


 まぁ、一度目の人生では三十路は越えてますしそりゃあね。


「拓ちゃんがデートしてた相手も......って、あれ?

 確かその子は小っちゃくてお人形みたいに可愛らしい子だったって聞いたような?」


「そうだよ。玲子さんとは違う人」


 俺は母さんから目を逸らして言った。

 俺が疑似恋人として付き合ってると言ったなら、母さんは怒るだろうか?

 もちろん、話すなら事情はしっかりと話すが、それでもよくは思われないだろう。


 俺は過去に母さんに酷いことをしてきた。

 その上で今ここで俺が本当のことを話さないのは母さんに対して嘘をついてるも同じ。


 俺は俺という性根の腐った人間を正すために人生をやり直してる。

 そして、この時代に来て最初に思ったのは――母さんの前では誠実でいたい、ということだ。


 母さんが俺の様子を伺ってる。

 どこか様子がおかしいのを気付いてるのだろう。

 俺は箸をお椀のふちに横に置けば、膝の上で拳を作る。

 色々なことを言われることを覚悟して言った。


「実は――」


 俺は事の経緯を説明した。

 こんなこと実に親に対して話す内容ではないだろう。

 しかし、俺は母さんに対して後ろめたく感じるような感情があることが許せなかった。

 だから、話す。包み隠さずに全てを。


 母さんは驚きはしたが特に怒るような感情も見せずに、ただ黙って話を聞いてくれた。

 俺の話を全て聞くと、母さんはニコッと笑みを浮かべる。


「なんだかとっても面白そうなことになってるわね」


「......え? それだけ?」


 なんかこう「女の子と遊び感覚で付き合っちゃいけません」的なこと言われるかと思った。

 いくら巻き込まれたとはいえ、結局なあなあでそういう関係にはなってしまってるわけだし。

 だから、ぶっちゃけ拍子抜けというか。


「それだけよ? 確かに驚きはしたけど......別に拓ちゃんがそれで悪さしようとしてるわけじゃないでしょ?」


「そりゃ、もちろん!」


「なら、別にこれといって心配してないわ」


 母さんは食事を再開する。

 そんないつもと変わらない様子に俺は唖然としながら、母さんが食べ始めてから一拍後に俺も食事を再開した。


「母さんはなんでそんなにあっさり俺のこと信用してくれるんだ?」


 何気なく聞いてみれば、母さんはあっさりと言い返す。


「私の子供だから」


「お、おぅ......そっか」


「理由をつけるとしたらそうね......拓ちゃんは正義の味方だから。

 ほら、昔っから仮面ラ〇ダーも戦〇ものもよく見てたし、玲子ちゃんと一緒に遊んでたのもそうだし」


 ......ん?


「え、母さん、俺が玲子さんと一緒に遊んでいた理由知ってるのか!?」


「知ってるわよ。イジメから助けてくれた人だって。

 引っ越す前に拓ちゃんには内緒ってことで話を聞いたことがあるの。

 そん時に思ったのよ、拓ちゃんが動くのは誰かを助けたいからなんだって」


「そう、なんだ......」


「まぁもちろん、その気持ちは成長とともに変化していくものだからね。

 ただ、私は今の拓ちゃんは変わらず昔のままだって信じてるだけ。

 なあなあでも付き合ってるにはそれなりの理由があるんでしょ?」


 俺は母さんに対して、白樺先輩の何かを探っているということは話していない。

 確証もないのに話すのもどうなのかと思ったからだ。

 これが嘘ついてる判定なら......難しいな、言葉って。


 しかし、結局母さんから言われたのはその言葉。

 まるでこっちの考えを見透かしていながらも敢えて触れてない感じ。

 ハァ、隠し事って出来ないものだなぁ。


「で、結局それを話したのはどうして?」


「なんというか、母さんにはそういった隠し事をしたくなかったのと、こういう場合俺はどうすればいいのかと思って。

 疑似とはいえ、人生初の恋人ではあるわけだし、どうにもこうにも付き合い方がわからんというか」


「そういうことね」


 母さんは箸をお椀に置き、目を閉じ腕を組んで少しの間考え始めた。

 そして、カッと目を開けば、右手の人差し指を俺に向ける。


「なら、答えは一つ。正解を引くように考え行動を続けなさい」


「というと?」


「恋愛に完璧に上手くいくハウツー本なんてものは存在しない。

 あるのは経験した数だけ培われた自分だけのノウハウと技術だけ。

 でも、それだって自分専用にカスタマイズされたものでしかない。

 だから、怖くても失敗しても動き出すことでしか答えは得られない」


「な、なるほど......」


「結局、人同士である以上、心を触れあうことでしか互いを理解できない。

 その心に触れるには、まずは理解することが必要で相手がどう捉えどう感じているか考えなければいけない。

 つまり、考え行動し続ける。これに限るってわけ」


 母さんは腕組みを解いて、残りのご飯を食べ始めた。

 俺も止まっていた手を動かす。

 口の中でおかずを咀嚼しながらしみじみと感じた。

 やっぱ母さんには敵わねぇな、と。


「それにしても、拓ちゃんに性欲がちゃんとあるってわかって安心したわ」


「“それにしても”でぶっこむ話題じゃないんだわ、母さん」

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