第67話 せめて心構えとか欲しい

「デートしましょう」


 放課後の空き部屋、いつも通り作文用紙とにらめっこしていると隣からそんな言葉をかけられた。

 かけた相手は当然白樺先輩だ。


「また唐突ですね」


「そうでもないわよ。というか、疑似でも恋人同士なのにデートに行かないという方がおかしいんじゃない?」


「まぁ、それはそうですけど......人それぞれですし......」


「争いを避けたいかつ一個人の意見であるため、誰も傷づけていないというアピールには最適な回答ね」


 それって遠回しにヘタレって言ってます? 言ってますよね?

 つーか、たぶんだけど先輩が急にデートしたい理由って――


「なんだかもっともらしいこと言ってますけど、創作の内容に詰まっただけですよね?」


 現在、先輩はパソコンの前で顔をしかめながら顎に手を添えている。

 画面をチラッと覗くと、そこには文章が撃ち込まれていて、最後の分がヒロインであろうセリフの「デートしましょう」で止まっていた。


 先輩の作っている内容を知らないので何とも言えないが、意外にもヒロインがグイグイ来る感じのラブコメか?

 俗に言う、はよくっつけや! という友達以上恋人未満のイチャイチャを楽しむような。


 先輩は目線だけチラッとこちらに向ければ言った。


「ダメよ、女性のものを勝手に見ようとしちゃ。

 ワタシが魅力的なのはわかるわよ? でも、礼儀はわきまえて貰わないと。

 あまりグイグイ来るのはワタシの好みじゃないわ」


「勝手にチラ見したことはすんません。

 だけど、さっきの俺の言葉は否定しないんですね」


「それに関しては事実だもの。確かに色んなラノベの本からそれっぽく書くとは出来るけど、そこはほら、ワタシの知的探求心の暴走によるものよ」


 そんなことを言う先輩の横顔からは探求心の“た”の字も意志が見えないですけどね。

 けどまぁ、先輩の何かを探るためにもここは乗るのが正解か。

 それに出会ってから二週間ほど経過したが、未だに先輩の好みの食べ物すら知らないし。


 それにそれに、疑似とはいえ恋人デートは初めてだ!

 高校生でのこんな経験はそれこそ一生にあるかないかじゃないか!?


「わかりました。それじゃ、土曜とかどうで――」


「それじゃ、行きましょ」


 先輩はパソコン画面をシャットダウンすれば、パソコンを閉じた。

 それをサッとパソコンが持ち運べるリュックに積み込み席を立ちあがる。

 そして、あっという間にドアの前へ。


 そんな光景に俺が茫然として眺めていると、先輩が振り返った。

 先輩は小首を傾げ聞いてくる。


「行かないの?」


 ま、まさかの放課後デートかよー!


―――数分後


 俺は先輩と多少雑談しながら大通りへやって来た。

 駅に近いそこは色々な建物があり、ショッピングモールやカフェ、カラオケに漫喫もある。

 如何にもカップルのデートスポットに持ってこい場所だ。


 現にカップルであろう人達が往来してるし、学校は違うけど他校の生徒がデートしているのも見受けられる。


 今更ながら俺、デートしちゃってるんだ~!

 うっは~! やっべ、マジやっべ~!

 いいのか!? 本当に俺、いいのか!?

 恋人デートって何すればいいかわかんねぇけど、しちゃっていい――ブルッ!


「ヒッ、急な悪寒が」


「大丈夫? 無理そうなら別日にするけど」


「いいえ、体調には問題ないので大丈夫です」


 そういや、学校を先輩と一緒に出た時も今ほどじゃないが妙な寒気を感じたな。

 最初こそ大地が血涙で睨んでるかと思ったけど、その時間帯はとっくに部活してるはずだしな~。

 隼人は面白がるけど睨むことは無いし、空太は人畜無害な奴だ。


 玲子さんはないだろうから......あぁ、ゲンキングだな。

 そりゃ、怒らせておいてそっちの気で一緒に帰っちゃ睨むよな。

 ん? でも気配は二つあったような......?


「ところで、早川君」


「はいはい、どうしたんですか?」


「デートって何をすればいいの?」


 知らんよ。過去にもそんな経験したことないんだから。

 いや、玲子さんとそれっぽいことはしたけど、アレはなんというか休日だったから映画で時間を潰した感じだし......う~ん、何をするべきなんだ?


「とりあえず、パッと思いつくのはショッピングモールで買い物だったり、カラオケに行ったり、美味しいものを買い食いしたり?」


「いいわね、ショッピングモール! そこにしましょう!」


「言っておきますけど、そこにある書店で時間を潰すのは違うと思いますよ」


 俺が先んじて釘を刺せば、先輩は正しくそのことを考えていたようで頬を膨らませて睨んできた。


 おぉ、なんだろう、この得も言えぬ優越感という奴は。

 たまたまだけど、俺が初めて先輩の考えを潰したからだよな?

 心なしか、幼い行動をする先輩が可愛く見える。

 いや、もともと可愛い人ではあるんだけどさ。


「早川君、なんですか。そのにやけ面は?」


「あ、出ちゃってます? これ、先輩を一泡吹かせて喜んでる顔です」


「気持ち悪いからやめなさい」


 それだけ言うと先輩はサッと顔を逸らす。ほんのり頬が赤い。

 俺にしてやられたことがそんなに悔しいのか。

 まぁ、この人は俺を弄って愉悦感じる人だからなぁ。

 とはいえ、機嫌を損ねてしまったのも事実。

 さすがにデートぐらい楽しい思い出で過ごしてもらうのが一番だろう。

 

 俺は先輩に「少し待っててください」と言うと、近くのクレープ屋へ向かった。

 これといって先輩の好みがわからなかったので、とりあえずド定番のブルベリークレープとチョコバナナクレープにしておくことに。


 俺が戻って来れば、先輩は駅前のひろばの噴水の縁に座っていたのでそこまで歩いた。

 そして、俺は両手に持つクレープを差し出していく。


「先輩、どっち食べたいですか? ブルベリーとチョコバナナですけど」


「え......?」


 ん? なんで先輩は俺の顔をただじっと見てくるんだ?

 もしかして、顔にホイップとかついた?

 いや、さすがにつまみ食いなんてはしたない真似はしない。


 俺は首を傾げれば、先輩は今俺の存在に気付いたかのようにハッとした顔を見せる。


「あ、あぁ、どっちが食べたいだったかね。

 なら、ワタシはチョコバナナの方を貰おうかしら」


 先輩は何事も無かったかのように笑みを見せれば、俺の左手に持つクレープを受け取る。

 俺はその態度が先輩の琴線に触れたような気がしてならなかった。

 とりあえず、横に座ろう。


 大抵のラブコメならこんな状況、主人公は気にはなるが考えないというムーブを取るだろう。

 しかし、あいにく俺にはそのようなことは出来ない。

 気になればとことん気になる質だ。


 というわけで、さっきの先輩のぼんやりと見つめてきた行動は気になる。

 ふはっ、クレープうっま。数十年ぶりに食ったけどいいもんだな、これ。

 おっと、美味しさに意識が奪われてしまった。


 ともかく、俺が言いたいのは先輩は俺を通して何かを見たのではないかということ。

 それこそラブコメでありそうなのは過去の想いでの人物の姿を重ね合わせたとか。


 まぁ、俺がこんな発想するのはそういった漫画の偏った知識によるものであることは否めない。

 単に先輩が創作の内容に対して脳内で思い浮かべるあまり意識が散漫になってた可能性もある。

 それにしては笑みがどこか固かったような気がするが。


「ねぇ、早川君。あまり食べる姿を見ないでくれる?

 その......そこまでじっと見られるとさすがのワタシでも恥ずかしいから」


 おっと思わずじっと見過ぎてしまった。


「あ、す、すみません......あ、やっべ溶けたホイップ落ちた」


「何やってるのよ、もぅ。いくらワタシが可愛すぎて見惚れてたからって少しだらしないわよ。

 そんなんじゃ遠く及ばないわ。全く、ワタシがお姉ちゃんやらないとダメみたいね」


 そう言って先輩がスクールバッグから取り出したハンカチを、平然と俺の股関節近くに近づけようとするので俺は咄嗟に立ち上がる。


「ちょ、先輩!? そこはダメです」


「? 何がダメなの?」


 いや、何がダメなの? じゃないでしょ! わかるでしょ普通!

 そこは女性が触れちゃいけないデリケートゾーンよ!


「先輩、ちょっと洗ってくるので持っててもらってていいですか」


 俺はそそくさと近くの駅中のトイレに向かった。

 気恥ずかしさを隠すためとズボンにシミを作らないために。

 そして、落ち着いて帰って来たころには俺のクレープが消滅していた。

 先輩の口の端にはブルベリージャムがついていた。


「......あれ、俺のは?」


「美味しいものがあったからつい。ごちそうさま」


「あ、そう......いや、何喰ってんすか」

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