第64話 話の筋がわからないのに二択迫らないで

「......ズズズズッ」


 とある歩道側が見えるカウンター席がある喫茶店。

 ここは俺がこの世界に戻って来る1年前までに出来た喫茶店で、通行量の多い道にあるためか基本多くの人が利用する。


 また、その喫茶店は落ち着いた内装であり、店内に流れるジャズも相まってかついつい長居したくなるような気分にさせるのも魅力の一つだ。

 そんな店を友達に紹介され来ている俺もまた居心地の良さにリラックス.....できてるかな。

 もっとも、長居する理由は別にあるが。


 俺はガラス越しに見える往来する人々をぼんやり見ている。

 飲み干して数個積み上がった氷だけが入っているコップを両手で持ちながら、コップに刺さっているストローを口に咥えては意味もなく息を吸う。


 その度にコップ内の氷が解けて出来た水と空気が相まって耳障りな音を響かせた。

 うん、そろそろ迷惑になるからこの辺でやめておこう。


「拓ちゃん、飲み干すの早くない? そんな喉乾いてたの?」


 隣から声をかけてきたのはゲンキングだ。

 この店を紹介してくれたのも彼女。

 紹介された時は、「よくもまぁこんな陽キャが居そうな場所見つけたな」と思ったが、考えてみれば学校版ゲンキングは陽キャ属性だった。


 そんな彼女は俺が放心状態だったことが気になったらしく、そのためこんな場所に誘ったとのこと。

 俺的にはまさかゲンキングが一人で俺を悟ってきたことに意外性を感じたけど。


「いや~、別にそういうわけでは......なんかぼんやりしてたらいつの間にか飲み干してただけ」


 俺が意味もなくストローを摘まみ、コップの中の氷をゆっくりかき混ぜる。

 氷はカランと音を立てた。


 そんな俺を横目で見るゲンキングはどこか不機嫌そうな表情を浮かべている。

 彼女は抹茶ラテを一口飲めば、言った。


「ハァ、拓ちゃんがそんなんでつまんない。せっかく誘ったのに全然楽しくない。

 まぁ、拓ちゃんが心ここにあらずって感じで期待薄ではあったけどさ」


「それはまことに申し訳ない」


「だから、教えてよ。拓ちゃんが悩んでる原因を」


 ゲンキングが顔をこちらに向ければ、じっと見て来る。

 目から真剣さが伝わってくる。

 本気で心配してくれてるってことだ。


「もしかしなくても、レイちゃんと例の先輩とのやり取りが原因でしょ?」


 その言葉に俺はビクッと反応した。


「知ってるのか!?」


「知ってるも何もレイちゃんが『先輩と決着つけてくる』的なこと言ってたし、拓ちゃんが放心そんな状態なのもその翌日からだし。

 一人で抱えてても辛いのは身に染みてる。だから、今度はわたしが拓ちゃんの助けになる番」


「ゲンキング......」


 そこまで思われちゃ言うしかないな。

 そして、俺はその当時のやり取りを思い出しながらゲンキングに話した。


―――二日前


 時は遡り、玲子さんと白樺先輩が友達うんぬんの話していた時のことだ。

 先輩から突然飛び出した“俺を貸してくれ”といった発言に、俺は当然固まった。

 当然だ、話の脈絡もわかってないのに貸し借りの話になったんだから。


「それはどれほど愚かなことを言ってるのか理解してるのかしら?」


 腕を組んだままの玲子さんは凄みを効かせるように目つきを細くして先輩に言った。

 そんな彼女の圧に動じず先輩は淡々と言い返す。


「えぇ、もちろん。ワタシはそこまで理解力の無い女ではないから。

 でも、ワタシとしては愚かとは思えないわ。

 よく成立しないとの定説が流れるけれど、それは本当にそうなのかしら」


 先輩はパイプ椅子に座れば、ピンと背筋を伸ばしたまま言葉を続ける。


「月並みな言葉を本気だと信じて、それを自身の経験の中にあるそれっぽい記憶と組み合わせて勝手に共感しているだけなのでは?

 占いの本が誰にでも引っかかりやすい言葉を並べてるだけなのを、自分に理解できる部分があるから当てはまってると言ってるようなものよ」


「どうやら白樺先輩は随分と感性の捉え方が固いようね。

 有名なセリフである『月が奇麗ですね』って言葉に対してもトキメくことがないのでは?」


「言い回しのセンスとしては好きよ。でも、本当に本人が言ったかどうかもわからない言葉をこれみよがしに愛のセリフとして囁かれても......ワタシとしてはあんまりってだけの話ね」


「なら、いっそのこと考えなければいいのでは? 無理してその分野に足を突っ込む必要はないかと」


「無理はしてないわ。興味があるだけ。知的探求心とも言うのかしら。

 せっかく今が人生で一番感性を豊かに感じてる好機であるのに、行動しない方こそ愚かだと思うわ」


 白樺先輩と玲子さんの舌戦が続く続く。

 俺なんかもう途中からわけわからんから、話半分にパイプ椅子に座ってまた新たに読み始めた本を開いた。


 俺がかかわってることなのだから聞いた方が良いんだけど、なんかもはや俺関係なくない? みたいな話の内容だし。


「ダメよ、それは私が許さない。なにより、拓海君の気持ちを考えてないのが腹立たしいわ」


 玲子さんの語気が強くなった気がする。

 その言葉に先輩が返答した。


「聞いてみてもいいけど、恐らく結果は変わらないと思うわ。ただの実験の一つに過ぎないんだから」


 なんか視線が来てるような......、と思って見てみれば案の定視線がこっち向いてた。

 聞いても聞いてなくてもわけがわからない内容に対する突然の二択。

 もはやどっちに肩入れしても関係性にひびが入りかねない。

 つーか、君達さっき一応友達になったんだよね?


「拓海君はどう思う?」


「本を読んでいたようだけど話は一応聞いてたでしょ?」


 俺が我関せずでいる姿勢に二人が怒ってでもしてくれれば、話がうやむやになってこの話題が流れたかもしれないのに。

 まるで二人は俺が当然のように聞いてると踏んで声をかけてくる。

 やりづらいったらありゃしない。

 何この二人、急に息ピッタリじゃん。


 俺は十数ページしか進んでいない本に栞を挟み、本を閉じる。

 この閉じた本のようにこの話題にもいい加減幕を下ろそう。

 じゃないと俺が会話に入り込む余地がない!


 俺は腕を組み、少しの時間だけ考える。あんまり返答が長引いても失礼だし。

 さて、話の流れが一旦でもわかれば良かったが、今回に限ってはサッパシだ。

 どうして友達作りの過程から俺を巻き込み二択を迫る結果となるのか。

 これが俺がいじめを抜け出した後の未来とでもいうのか。カオス過ぎるだろ。


 とにもかくにも、この二択において俺が選択しないという結果もある。

 その場合、俺は二人からの好感度を落とす結果となるだけで話は速やかに終わるだろう。

 しかし、その場合俺が一番に引っかかるのは鮫山先生の言葉だ。


 先生は俺が玲子さんに手を引かれて職員室を出る時に「白樺のことをよろしく頼む」と言った。

 そう、先生の視点で言えば、気にしてるのは読書感想文コンクールに巻き込んだ俺ではなく、1年前から関わりがあった先輩の方。


 もしかして、先生的には俺を読書感想文コンクールに誘ったのはあくまで先輩と接点を作らせるためだけであって、関わるようになった今は先輩から何かを探っている?


 正直、現状ほぼ完全無欠のような先輩に対して何かしら弱みがあるとは思えないが。

 強いて言うなら、ボッチであるということぐらい。

 ん? ってことは、ボッチの先輩の友達になってあげれば良かったのか?


 ありえそうな話だが、先輩が「友達を必要としてない」と明言している以上、先生が知らないとは考えづらい。

 あの先生が遠回しに何かするように思えないからな。

 あの雑な思考なら直接言うはずだし。


 それじゃあ、先輩に友達を作らせるとは違う?

 だとすれば、俺にわかることはもう何もない。

 何もないなら見つけるしかない。


「よし、決めた」


 俺がいつの間にか閉じていた目を開けば、力強く言った。

 その言葉に先輩も玲子さんもじっと見るばかり。

 妙な緊張感がある中、俺は答えを提示する。


「俺は――先輩につく」


「......そう」


 玲子さんは一瞬目を丸くしながらも、すぐに目を閉じれば返事をした。


「ふふっ、良かったわ。これで捗りそうね」


 先輩は大きく息を吐き、微笑んだ。


 結局、どういった話かはわからないが、先生が先輩に対して何か探っているのなら、俺が先輩の近くにいて知ったことを報告するのが一番だろう。

 そういう選択理由で先輩についた。

 気持ち的には玲子さんにつくのが安パイだけどね。


 玲子さんは先輩に踵を返せば、スタスタと歩き俺の背後にあるドアのドアノブに手をかけた。


「最後に法を制した者が勝ちよ」


 と、わけのわかんない捨て台詞を言って部屋を出ていく。

 先輩を睨んで言っていたが怒ってる様子ではなかった。

 ただこう......妙な恐怖感を感じたな。

 ヤンデレ味を感じるというか。

 ......いやいや、玲子さんにヤンデレは解釈違いだわ。


 俺が玲子さんが出ていった方に体を向けていれば、背後から先輩が声をかけて来る。


「それじゃあ、早川君。状況を説明してあげるから早くこちらにいらっしゃい」

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