第65話 おおやらかし
玲子さんがいなくなった部屋では机を挟んで俺と白樺先輩だけが残っていた。
正直、出ていった玲子さんが若干気がかりではあるけど、それよりもこの現状の説明が欲しい。
とりあえず、先輩が「説明する」と手招きしているので向かってみよう。
俺は今いる位置では先輩と距離があるので、先輩の横の位置――先ほどまで玲子さんがいた位置――に移動していく。
そこに置いてあるパイプ椅子をひいて座れば、体を先輩に向けた。
先輩は俺が正面に座ったことを確認すると口火を切る。
「まず確認したいのだけど、早川君は先ほどの会話はもう全然サッパリって感じ?」
「そうですね。玲子さんと先輩が一体何に対して話しているのか。
俺に関係してる話題であるっぽかったですけど、もはや蚊帳の外だったので大人しくしてたって感じです」
「そう、あなたって意外と朴念仁なのかしら。
それとも自己肯定感が低い結果によるものか、単なる鈍感クソ野郎か」
「急に口が悪くなりましたね」
口調からして落ち着いた感じで言う先輩から“クソ野郎”というワードが飛び出すなんて。
ある意味ギャップでドキッとしたね。
先輩もそういう言葉遣いするのかって。
先輩は特に俺に回答を求めることもなくただじっと見て来れば、顎に手を当てて何かを考える素振りを見せる。
それに対し、俺は当然首を傾げるばかりだ。
まぁ、なんだか心を見透かされてるような目線には心が落ち着かないけど。
ほんと先輩って何考えてるかわかんねぇな。
「ちなみに、先ほどの会話は恋愛に関する会話で、それでワタシが早川君をレンタルするって話よ」
「ほんと何言ってるかサッパシわっかんねぇ」
え? は? ん? は? 俺がレンタル? はい? マジで何言ってんのこの人。
つーか、これまで玲子さんと舌戦を繰り広げていた内容って恋愛に関することかよ!
確かに、言われてみればそんな話の内容にも聞こえなくもないけどさ!
それに先輩がラブコメに興味があるってのも知ってるけどさ!
なんだろう、一瞬にして頭の中がグニャッと変形するような感覚に襲われた。
俺が関わる恋愛の話。恋愛もわけわかんねぇけど、それ以上にレンタルって何さ?
どゆこと? レンタル彼氏ってこと? 俺が? ホワイ?
「なんで俺がレンタル彼氏やる話になってるんですか?」
しかも事後承諾で。
その言葉に「理解が早くて助かるわ」と先輩は微笑み言った。
「前にも早川君に言ったことあるでしょう?
ワタシが小説においてラブコメというジャンルに興味があると。
でも、あいにくワタシには誰かに好意を寄せたことも無ければ、当然誰かと付き合ったこともない。
だから、知っておきたいのよ。それがどういうものか」
「ラブコメの内容書いてる人が全員が全員そういう経験してるとは思えないですけど」
なんだったらラブコメのストーリーなんて妄想をどれだけ飛躍させてるかって感じでしょ。
確かにリアル感も含めれば、より自分の知識の常識に落とし込みやすいとは思うけどさ。
あんなん経験で書ける奴いたら、お前前世でどんな徳を積んだって聞きたいね。
先輩は俺の言葉をしっかり聞いてるように頷けば、腕を組む。
「そうね、おおよその人がそうではないかしら。
妄想というのはしてる時が一番楽しいもの。
安易に現実を知ってしまえば、それだけ現実常識に引っ張られ妄想力が下がってしまう。
言わば、遠足の前日が一番楽しいみたいなものよね」
「それを理解してるならなぜこんなことをしようと?」
「一言で言えば、私の知的探求心の暴走かしら。
普段書いてるミステリーはあのような内容を現実で経験出来るはずもないから迷っているけれど、もし近くに手を伸ばすだけで経験出来るようなことがあれば“知りたい”と思ってしまうの。
あなたはもし何かを知りたいって思った時どうするかしら?」
突然の先輩の質問に俺は少し首を傾ければ答えた。
「スマホで調べますね」
「それよ。妄想は言わば、知りたい内容があっても知る術がないから脳内であれやこれやと情報を補完するしかない。
けれど、手元にスマホがあれば、手を取って検索欄に調べたい内容を打ち込むだけでそれに関する情報がたくさん出てくる。
ミステリーはそれが出来ないけれど、ラブコメは話題が“男女間の本能的性愛”だから経験することが出来る」
「つまり先輩は本当の恋愛がしたいってわけじゃなくて、恋愛で付き合うことになった際にどのような行動を取るかが知りたいってことですよね?
こう、男女間のイチャイチャがしたいってことじゃなくて」
先輩は一つ息を吐く。
「いいえ、そっちの方向よ」
「マジすか」
「ワタシ的には男女間の友情が成立すると考えてる以上、結局どこまで行っても今のワタシとあなたのような関係になる気がするの。
だけど、それはワタシの一個人の考えで恋愛の“れ”の字も知らない素人の意見。
だから、それっぽい行動をするだけでも気持ちの変化が生じるか知りたいの」
先輩が真っ直ぐ見て来る。目から伝わってくる。マジの話だと。
俺的には単に先輩と遊びに行く的な感じでまだ若干軽く考えてた。
だけど、甘かった。俺が思ってる以上にガチの疑似恋人やろうとしてるこの人。
「それって先輩の男友達が俺しかいないから俺に声をかけたって感じですよね?」
「そうね、早川君は反応も返しも面白いから是非にと思ってるわ。
まぁ、極端なことを言えば親切な人であれば誰でもいいのだけど。
でも、それって早川君的にはワタシという可愛く清楚で愛嬌のある先輩がNTRされるみたいな感覚になってしまって嫌なんじゃないかしら?」
「変に自己評価が高い......それに俺に妙なワード使って揺さぶりかけないでください」
この人、もしかしてちょっと大人向けの小説も読んでたりする? 可能性で言えばありそう。
そんなこと言われたら、そりゃまぁ良い気分はしないかもしれないよ?
俺だって結局男だしね、先輩の唯一の男友達って優越感も浸っちゃってるわけだし。
「そもそもの話、しないって選択しはないんですか?」
俺は素朴な質問をした。
こんな会話をして今更だが、俺って巻き込まれただけだし。
すると、先輩は眉を少し寄せ、顎を軽く引いた。
「まさかここまでワタシをその気にしておいて放置する気?
早川君がそんなチキン野郎だとは思わなかったわ」
「勝手にその気になってるのそっちなんですけどね」
「まぁ、酷い。早川君はワタシから『お願いします。疑似彼氏になってください』と懇願させることでワタシとの間で上下関係を作ろうとしているのね?
それでいざ疑似とはいえ恋人関係になってしまえば、それを利用してワタシの幼気な体にあれやこれやと一生消えない傷を刻み付けてしまうのね!」
「一瞬にして俺の評価を勝手にゲス野郎にしないでもらえます?」
先輩は頬を赤らめ、自分で自分の体を抱きしめいやんいやんと体を軽く揺さぶる。
なんで俺が悪いような流れになっているのか非常に解せない。
つーか、俺の言葉で一瞬でそう返せるなら、もうあんた妄想だけでラブコメ書ける能力あるよ。
先輩は体をピタッと止まれば、両手を膝の上に戻して俺に伝えて来る。
「それじゃ、明日から早速始めることにしましょう。
とはいえ、長引かせてもダレるだけでしょうから、期間は夏休みが終わるまで。
では、明日から早速一緒に帰ってみましょうか」
「いや、あの.......俺、やるとは一言も言ってない――」
「あ、そういえば、疑似とはいえ恋人になったのに連絡先も知らないのは困るわね。
今日は交換して解散しましょうか」
「先輩? 俺の話を――」
「ほら、早く。あなたの一生の一度の青春が始まらないわよ」
あ、これもう俺の声届かないやつだ。
つーか、地味に酷いこと言ったよね? この人。
そして結局、俺はなし崩し的に先輩の疑似彼氏を務めることになった。
内容はアレだが、先輩を探る立ち位置とすれば悪くないと思うことにして。
いじめを回避した俺の人生は一体どういうルートだったのか予測も出来ん。
*****
――現在
喫茶店のカウンター席にてゲンキングに全てを話した。
内容的には玲子さんも知ってることだし、協力者を作るにしてもゲンキングなら彼女の臨機応変な行動は信用できるしと思って。
話し終えた俺がふとゲンキングの顔を見た。
すると、彼女は目を丸くし、口をぽかーんと開けて固まっていた。
まぁ、気持ちはわかる。まさか俺にこんな話が出てくるとは思わんだろうからな。
「それじゃあ、ここ最近レイちゃんが妙に不機嫌だったのも......」
ゲンキングが顔を下げれば、コップを掴む手が小刻みに震えだした。
「レイちゃんが主人公が相手の恋人を
ゲンキングのコップを掴む手に力が入る。
なにそれ、初耳。つーか、開拓するジャンルが歪みすぎだろ。
「わたしの今の気持ちを踏みにじったのも......」
―――ダンッ!
「っ!」
ゲンキングが台パンしながら立ち上がったことに俺はビックリ。
当然、周囲の客も何か何かと視線をこっちに送って来る。
そしてそんな観衆の中、彼女は容赦なく断頭する言葉を吐いた。
「最っ低!」
ゲンキングはお金だけ自分が飲んでいたコップのそばに置けば、この場からあっという間に去ってしまった。
俺......これまでで一番やらかしたかも。
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