第63話 俺って最近突然巻き込まれること多いよね
「それで結局玲子さんは何のために職員室へ?」
「拓海君がピンチだったから駆け付けただけよ」
「そんな男らしい言葉を言われても......ここ学校よ?」
玲子さんと廊下を歩く最中、俺が聞いてみればそんな返答が返ってきた。
まぁ、なぜ鮫山先生から求婚される話になったのはサッパシだし、その点に関しては話題について行けずにピンチだったけど。
「ともかく、これで拓海君に危機は去ったわ。後は白樺先輩だけね」
「別に俺、鮫山先生に対しても先輩に対しても危機感抱いてないんだけど」
俺がそう言えば、玲子さんは突然ピタッと足を止める。
彼女の体の向きが俺の方へ向いたかと思えば、俺の肩に彼女の両手が重くのしかかった。
へ? 何? つーか、肩掴む力が強いんだけど!?
玲子さんがじーっと見て来る。心なしか目つきが鋭い。
彼女は一つ息を吐けば、言った。
「拓海君、君がそうやって人畜無害の羊でいることも問題だと思うわ」
ん?
「人畜無害なのは良いことでは? 周りに受け入れられてることだし」
「そうね、確かに受け入れられてることではあると思うわ。
しかし、女って生き物は良くも悪くも計算高く生きてるの。
拓海君が高級な羊だとわかってしまえば、容易くあなたを捕食しに来る」
「すまん、言い回しが難解で理解できないんだが......要するに?」
俺が首を傾げれば、玲子さんはハッキリと言った。
「狼になりなさい」
「なんて?」
「狼よ」
いや、言葉はハッキリ聞こえてるからその意味の「なんて?」ではなくて。
玲子さんの話は恐らく恋愛うんぬんの羊や狼の話をしているだろう。
しかし、この俺が狙われやすい羊だって? んな、バカな。
確かにリアル肉食動物の餌にされそうな体形はしてるけど、人類サバンナの中ではむしろ興味も持たれないタイプの人間よ?
まぁ、確かにさっきの鮫山先生の件はあるだろうけど、アレを本気にしてるほど先生もバカじゃないって。
妙な心配をしている玲子さんに対し、俺はそっと彼女の両手首を掴む。
その行動に玲子さんは一瞬ビクッとした反応を見せつつも、俺が手を離す動きに抵抗なく動かしてくれた。
「玲子さんは妙な心配してるけど、俺に限ってそういうことは無いと思うよ。
前にも言ったじゃん? 人間、好意を抱く相手は大抵痩せてる人間だって。
俺だってここ最近痩せてきてはいるが、十分なデブだ。その事実は変わらない」
「でも――」
「もちろん、ぽっちゃりが好きな人がいるってのも理解してる。
しかし、それは割合としてどれくらいいるだろうか。
思ってるよりも実際かなり少ないんじゃない?
というわけで、きっと大丈夫だよ」
第一俺に恋愛とか早いレベル。していいのかどうかすら怪しい。
最近自己肯定感は少しばかし上がって来てる気がするが、そこに関してはどうしても乗り気になれない。
きっと玲子さんも体の年齢に精神が影響を受けているのかもしれない。
この年齢はどうにもこうにも恋愛と性欲は切っても切れないものだからな。
そもそも玲子さんに性欲という概念があるかどうかすら怪しい。
この人、隼人との結婚以外ではただの一度もスキャンダルを聞いたことないし。
俺は「大丈夫。大丈夫」と手をひらひらさせ、玲子さんより先を歩く。
背後から玲子さんのため息らしき音が聞こえるやすぐに彼女は俺の横に並んだ。
それ以降はその話題は出ず、数分後には先輩がいる空き部屋へ。
俺がドアをノックすれば、先輩の入室許可が下りたので入っていく。
先輩はいつも通り、自身の前にノートパソコンを開いて文字を打ち込んでる様子だ。
恐らく、例の執筆作業中であろう。
「今、時間大丈夫ですか?」
「問題ないわ。そもそもワタシが頼んだことだし、時間を作るのは当然のことよ」
先輩はノートパソコンを閉じれば、ドアの前で立つ俺達を見る。
相変わらずどこか見透かしたような透明感のある瞳をしてるな~。
そんなことを思っていれば、玲子さんがスタスタと歩き先輩の前へ。
高身長の玲子さんと低身長の先輩との身長差が如実に表れた。
玲子さん仏頂面だし、見下ろす形じゃかなり迫力あるだろうに先輩は全く動じないな。
「話がしたいって拓海君を使って呼んだらしいけど何かしら?」
玲子さんが本題を切り出せば、先輩は目を合わせたまま体の前に組んだ手を少しお腹に押し付けた。
「先日にあなたに申し訳ないことをしたことに対しての謝罪がしたいの。
友達がいないせいかどうにも自分本位の興味でしか動け無くてそのせいで......と話したところで言い訳にしか聞こえないでしょうから単刀直入に言うわ」
先輩は姿勢を奇麗に90度に折って頭を下げた。
「不愉快な気分にさせてごめんなさい」
そんな先輩の謝罪に、玲子さんもストレートに謝罪されるとは思ってなかったからか目を丸くしてる。
ずっと頭を下げ続ける先輩に対し、玲子さんは握っていた拳を緩めれば返答した。
「頭を上げて、もう大丈夫だから」
「わかったわ」
玲子さんは先輩と目が合えば、その目線を逸らし言葉を続ける。
「そもそも私はあなたの言葉に傷ついてこの場から逃げ出したわけじゃない。
私は私自身の弱さに落胆しただけ。
だから、勘違いしないで。私はまだ負けてない」
なぜに玲子さんはそこまで勝ち負けに拘っているのか。
あれか? 女優時代の熾烈な生存競争意識に触れたとか?
まぁ、なんであれ仲直り出来たのなら良かったとは思うけど。
目線を逸らし気まずそうな顔をする玲子さんに、先輩は微笑むと突然お願いを始めた。
「久川さん、もし良かったらなのだけどワタシと友達になってくれないかしら?」
「友達?」
「えぇ、言葉の意味よ。ただ、その中にはワタシの執筆意欲に対する打算的な感情も混ざってる。
それでも良ければって感じかしらね」
玲子さんは何かを観察するようにじっと先輩を見れば、腕を組み始めた。
「白樺先輩は友達が必要なタイプとは思えないのだけど」
「そうね、必要性はあまり感じないわ。
必要とあれば誰かに話しかけることも出来るから。
ただ、羨ましくなかったと言ったら噓になるの。
誰かと自分の好きな話を共有できる身近な年齢の人が欲しかった。
そんな時、ワタシは早川君と知り合い、ついには友達になることも出来た」
「拓海君と友達に!?」
なんで玲子さんはそんな衝撃を受けた顔をしてるのか。
俺が友達を作ることに否定的だったりしないよね?
というか、それも意味わからんし。
まぁ、最近の玲子さんは挙動不審が多いからわからん。
さっきのこともあるし。
「だから、ワタシは久川さんとも友達になりたいと思ってるの」
先輩からのお願い。
透明感のある目に、幼さが残る体形からの表情によって繰り出されるそれは、俺だったらイチコロでOKが出るような威力がある。
出るようなってか出るな。俺としても断る理由は特に無いし。
その言葉に対する玲子さんの返答は――
「出来ないわ」
「玲子さん!」
俺も思わず声が出てしまった。
そのお願いに何を否定する要素があるのか。
もしかして、まだ先輩に何かしてるのを根に持って――とか思ってたら、先輩の表情が揺らいでいないことに気付いた。
つーか、むしろ玲子さんの言葉に興味がありそうに微笑んでる。
「何か訳ありって顔ね」
「えぇ、厳密に言えば友達にはなれるけどなれない。
“その言葉”にそうルビを振ることも可能だけど、私はそれをそうとは読まない」
「ワタシがそういう風に気持ちの変化をするかもしれないってこと?」
「ありえる話だわ。白樺先輩って食べ物を選り好みしそうだもの。
そして、選んだ食べ物があなたの口に合わないはずがない」
ダメだ、急に高次元の会話過ぎて俺がついていけてない。
恐らく玲子さんと白樺先輩の間にはすでに共通認識が出来ているのだろう。
だが、それが俺には全く理解できていない。
これが才能ある人達の会話なのか?
玲子さんの言葉に白樺先輩が上品に口に手を添えて笑い始めた。
今の俺は悟〇と〇ルの戦いを茫然と眺めるだけのMr.サ〇ンのような感じだ。
「フフフ、面白いことを言うのね。でも、ワタシは友情って成立するものだと思ってるの。
だから、もし良かったらなんだけど――夏休みが終わるまでの間、早川君を貸してくれない?」
........へ?
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