第62話 や、いや......俺を置き去りにしないで!
玲子さんと一緒に白樺先輩の所へ行く約束を取り付けた翌日の放課後。
俺は鮫山先生から頼まれたノートを職員室まで運んでいけば、自分の席で扇子を仰ぎながらだらけている先生を見つけた。
相変わらず赤い上下赤いジャージ姿......加えて、上の方のチャックを閉めようとしないから白いタンクトップがよく見えてしまう。
この人、相変わらず風紀的によろしくない格好してる......。
巨乳ではないが確かに主張する女性的ラインにどうにもこうにも思春期の体には刺激が強い。
目のやり場に困るとはまさにこのことだな。
まるで自然と動く視線は“主様、出番です!”と愚息が俺の意志を乗っ取ってるかのよう。
いくら筋トレで性欲を発散しようとも、それ以上に刺激が強い気がするんだよなぁここ最近。
「おぉ、勇者! おつかれ~」
そんな俺の気持ちも露知らず、先生は扇子を持った手を適当に振って適当に労いの言葉をかけて来る。
どうして職員は誰も注意せんのか、と思いつつ足早にここを去ろうとすれば、まさかの話しかけられた。
「なぁ、勇者よ。最近どうだ?」
「どうって何が......あ~、白樺先輩に指南受けてることですか」
そうだなぁ~......うん、これといって話すことがまるでない!
先輩からも毎回何か指導受けてる感じじゃないし、もはや世間話にそこを訪れてるレベル。
言っちまえば、もはやずっと一人で読書感想文の書き方勉強してる感じよ。
いつかアニメで見た文芸部の部屋をほぼ自由に使っている主人公みたいなポジションだね。
俺がそう言えば先生は「違う違う」と大きく首を横に振った。
「勇者が一人でナニしてるとかそんな話はどうでもいい」
「絶妙に誤解を生むようなイントネーションやめてくれません?」
「白樺との仲はどうだって意味だ」
どうと言われてもそりゃ......
「人のことを容赦なく弄って来るくらいには良好な関係だと思いますよ」
俺の言葉に先生は一瞬目を見開かせれば、すぐさまニヤッとした笑みを浮かべる。
その顔はまるで先輩にそっくりで嫌な予感しかしない。
「なんだなんだ、やっぱりお前は勇者だな。
それもハーレム素養がある勇者と来た。
まるで今どきのネット小説みたいじゃないか。
もしかして、どこか世界救ってきたか?」
「先生、まさかのそっちの話イケる口ですか」
正直、言葉の内容以上に見た目体育会系でありながら、日々どうやって楽に暮らそうか考えてるダメ人間でしか思ってなかったのに......ちょっと親近感湧くじゃないか。
今でこそあまりそういったジャンルを読むことは少なくなったが、やはりそういう話はいつまで経っても好きである。
故に、そういう話題が出るとちょっと嬉しい。
「あたしもそこまで夢中になって読むほどじゃねぇよ。
ただ、去年白樺と関わることがあった際に、共通の趣味として開拓しただけだ。
アイツはミステリーとかそっちだったが、あたしはファンタジーの方が肌に合っただけ。
ほら、異世界だと今よりも縛り少なくて楽に生きられそうだろ?」
うわ、でた。そういう考え。捉え方が陽キャのそれ。
「でも、自由ってことは全てのことを自分で管理しなければいけないってことですよ?
正直こういうのもなんですが......先生が自立できるタイプとは思えない」
「なんだとー! 実家暮らしで家事洗濯は妹に任せて、日がな一日ベッドの上で過ごして自由快適に暮らしてるあたしに自立能力がないだと!? 理由を言ってみろ! 理由を!」
「今自分自身で洗いざらいダメなところを吐いてましたけど」
なんでこの先生はふくれっ面になって俺に対して怒れるのか。
何を根拠に勝てると思っているのか。
この人、妹が結婚とかしていなくなったら生きていけないのでは?
先生は席に寄りかかれば、大きく息を吐いた。
怒るのも疲れたとばかりに脱力し始めるじゃん。
「まぁ、言いたいことはわかるぞ? あたしも妹におんぶにだっこだからな。
もし結婚でもすれば、あたしを養ってもらえなくなるってのは」
養うというよりペットの類では......、と口から出かけたのをグッと堪える。
「時に、勇者よ。お前は家事は出来るか?」
「え、そりゃまぁ一通りは」
母さんに負担掛けないように学んだことだし。
「料理は」
「今は少しですが」
「将来性あり。家事もでき、趣味も合い、人の良さもある。性格も悪くない。
見た目は及第点だが、ダイエット中ということも加味すれば悪くない。
なるほど、勇者はこうやってハーレム要因を増やしていくのか。
とはいえ、おっと? 考えれば考えるほど優良物件なのでは?」
先生がぶつくさ言ってる。
職員室が少しざわついて聞き取りづらいが、おおよそ良くない気がする。
なんせさっきから俺の肌がゾワゾワと毛が立ち始めているからだ。
「なぁ、拓海。ここで一つ提案がある」
「............なんですか?」
「お前、あたしの永久専業主夫やってみる気は無いか?」
「っ!?」
この人、職員室の中で堂々と言いやがったよ! とんでもねぇ発言を!
しかし、誰もその言葉に反応する様子はない。
あ、あれか? 堂々とし過ぎて逆に気づかれないパターンのやつ?
「ないです」
「そっか.......“保留”か。こりゃまだトライしてみる余地がありそうだな」
「先生の頭の中の日本語機能壊れてるんじゃないですか?」
これ、アレだ。都合のいい言葉しか聞こえないやつだ。
もっと言えば、都合の悪い言葉も全て自分にとってポジティブな言葉の置き換えられる。
やばい、強敵じゃん。
それになまじ身なりさえちゃんとすれば美人であろうから余計に困る。
さっきだって絞り出すように否定の言葉をだしたわけで。
美人であれば悪くないと思うのが男のダメなとこよね、ほんと。
つーか、もし俺が高校卒業までに彼女出来なければ、先生ルート確定なのでは?
―――ガタンッ!
突然、職員室のドアが強く横にスライドし打ち付けられた音がした。
騒然としていた職員室に一気に静寂が訪れ、来訪者に向けて視線が集中していく。
そこにいたのは――息を切らした玲子さんだった。
ドアの横に手を付け、少し前のめりになりながら呼吸を乱している。
まるでここに来るまでに全速力で走ってきたみたいな様子だ。
当然ながら、俺がここにいるということは玲子さんは別の用事でいなかったということ。
だから、学級委員の俺が一人ここまでクラス人数分のノートを運んできた。
普段優等生として先生方からも評価が高い玲子さんの普段にない行動に、先生方は驚いた様子ながら少しずつ作業に戻って行く。
一方で、そんな空気でもお構いなしに玲子さんが俺の近くにやってくる。
あれ、もしかして玲子さん怒ってる?
俺が学級委員の仕事を一人で勝手にやったこと。
そんなことを思いながらの玲子さんの第一声は――
「嫌な予感がしたから迎えに来たわ」
であった。傍から聞けば、主人公がピンチにかけつけたみたいなセリフ。
しかし、ここは平和な日常で、なんなら悪事すら働けない職員室の中。
一体何に対して嫌な予感がしたのか。
強いて言うなら、先輩と会う時では?
「......なるほどね。勇者には必ずチョロインがいると聞いていたが、お前のことだったか久川」
先生が腕を組み、さらに足を組んで言った。
その言葉に玲子さんがすぐさま言い返す。
「チョロインでもなんでも結構。私は拓海君を守るなら何でもするわ」
「そいつは結構。だが、古今東西本当のモテ男ってのは無自覚で惚れさせちまうのが質の悪い所だ。
ってことで、せいぜい頑張れよ? お前の敵は存外近くにいるかもしれないぜ?」
「ありえないわね」
え、なにこの強敵同士の会話みたいなやりとり。
何がなんだかサッパリよ。ここ最近そればっかり。
顔を見比べる俺の身にもなって!
「行きましょ」
「あ、ちょ......」
俺は玲子さんに手を引かれ、軽く躓きそうになりながらもなんとか耐えてついていく。
その背後から先生が最後に一言だけ声をかけてきた。
「そんじゃ、白樺のことをよろしく頼むよ~。ゆ・う・しゃ・さ・ま♡」
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