第61話 探偵ムーブはやってる時はやっぱ楽しい(当たるとは言っていない)

 白樺先輩から玲子さんと仲直りしたいとの願いを受け翌日。

 俺はもはや日課となりつつ朝の掃除をしながらぼんやりと考えていた。


 まず、どうしてこうなったのかは、当然先輩と玲子さんのやり取りだ。

 あの時、先輩は自分本位で動きすぎて、玲子さんに対して何らかの地雷を踏んだ。

 結果、玲子さんは怒ったような素振りを見せて帰ってしまった。


 ただ、そんな玲子さんを俺が追いかけて彼女の様子を見てみれば、そこにあった感情はなんだか先輩に対して怒ってるとは別の何かなような気がした。

 特に自分に対して悔しがってるような言葉を言ってたし。

 あんなの誰かに怒りを向けてる時に出るような言葉じゃない。


 故に、先輩が玲子さんと仲直りするためにも、まずはその気がかりな部分を解明しなければいけないと思う。

 それに個人的にも気になるし。

 となれば、俺に出来ることは当然聞き込み調査だ。

 聞き込み対象はもちろんいつメンである。


―――ゲンキングの場合


「レイちゃんに何か変わった様子はないかって? う~ん、別にこれといってなかったけど。

 どったの? レイちゃんとケンカ......はするわけないか」


 俺が先輩のことを伏せて聞いてみれば、紙パックのジュースを飲むゲンキングからそのような返答が返ってきた。


 ゲンキングでわからないか。

 ぶっちゃけ、彼女に聞けばわかるだろと思ってたから当てが外れたな。


「まぁ、俺がケンカしたわけじゃないよ。

 ただ、玲子さんの様子がちょっと違うような気がして気になっただけ」


「全く、そうやって無意識に好感度上げムーブするからレイちゃん狂っちゃうんだよ」


 ゲンキングがやれやれといった感じで肩を竦め、ため息を吐く。

 なぜ俺が悪いような感じになってるのか。

 それにそれで玲子さんの好感度上がったら、彼女チョロすぎないか?

 あと、狂うってなに? 調子狂う?


 俺がゲンキングを半目で見つめれば、彼女は「あっ」と何かを思い出したように口を半開きにさせた。


「そういえば、一回だけレイちゃんがため息吐いてた姿を見たかな。そのように見えただけかもしれないけど」


「それはいつ頃!?」


 俺が机に手を付けて身を乗り出せば、ゲンキングはビクッとして顔を赤くする。

 彼女は「急にグイっと来ないでよ......照れるから」と呟けば、一つ咳払いして答えてくれた。


「昨日の放課後だったかな。レイちゃんが三階の階段から降りてきてその時に」


 三階の階段......そこは二年生の教室があった場所だ。

 一年生である俺達がそこを出歩くことは滅多にない。

 玲子さんは何か用があってそこへ行ったのは確か。

 う~ん、ここまでかな。


―――大地の場合


「久川に何か変わった様子が無かったって? あの人はずっと怖いぞ」


 大地にもゲンキングと同じような質問をすれば、デカい図体を丸めて震えだした。

 なんだこの見た目だけで相手を威圧できる土佐犬が尻尾撒いてるみたいな感じ。

 お前にとって玲子さんはどういう存在なんだ? 普通に話してる時あるだろ。


「なんでそんなビビってんだよ。別にそんな上下関係出来てるわけでもなしに」


「いいか、拓海? お前は知らないと思うが、あの人の地雷を踏むのは大抵俺なんだ。

 そして、俺にあの地獄の閻魔すらビビり散らかすような睨みが来るんだ。

 そんなん本人の意志関係なく上下関係なんて決まって当然だろ?」


「なるほど、つまりお前が悪いと。それで、本当に知らない?」


 大地が「サラッと流さないでくれよ~!」と俺の肩を強めに揺さぶって来る。

 そんなこと言われたって俺に出来ることは何もない。

 地雷を踏むお前が悪い。以上、証明完了。


 俺が知らんぷりしながら揺さぶられるままに顔を動かしていると、大地は「あ、そういえば」と言って手を止めてくれた。

 さっきまでのビビり散らかしようはどうしたとばかりにケロッとした様子で言った。


「さっき俺が部活の連中と話してたら、久川が図書室から出てくるのを見たぜ。なんか本借りてたっぽい」


「どんな本?」


「さすがにそれは。久川を崇める友達のヲタク話に付き合わされてたから。

 それに一人だとあの人めっちゃ歩くの速いし」


「そっか」


 玲子さんが図書室で本......なんというか、タイミングが良すぎるような気がするよな。

 考えすぎかもしれないし、案外的を得てるかもしれないし。

 ともかく、情報が足りない。もっと集めねば。


―――空太の場合


「俺が久川について何か知らないかだと? そんなことお前の方がよっぽど知ってるだろ」


「だったら、そもそも空太に聞かないって」


「そっか。そりゃそうだな......う~む」


 俺の質問に空太は腕を組んで呻りながら考え始めた。

 絶妙にアホだな、コイツは。

 まぁ、それがなんともコイツらしいというか。

 というか、呻るぐらいだったら無いで大丈夫だぞ?

 別に答えを求めてるわけでもないし。


「そういえば、さっき大地から聞いたんだけど、玲子さんが図書室から本借りたらしくて、その本のタイトルとかチラッと見てたりしない?」


 正直、めっちゃバカな質問なことは自覚してる。

 そんな都合よく見てるわけ――


「あ、見たな」


「見てるんかい」


 すげー古典的なツッコみしちゃったじゃねぇか。

 テンポも良かったから、絶妙に気持ち良かったじゃねぇか。

 ほんとに空太の場合は意外性だけは読めないんだよな。

 空太は「チラッとだがな」と言って、見たことを教えてくれた。


「たまたま久川が机にしまった本のタイトルが目に入ったんだが、『上手くなる方法』って書いてあった。たぶん、アレはタイトルの最後の方だな」


 上手くなる方法? 何に対して? 肝心なところが分からないのが空太クオリティなのか。


 これまでの情報を集めれば、玲子さんはため息を吐いていて、本を借り、その本のタイトルの最後の方が“上手くなる方法”。


 う~ん、いざこざを目の前で見てしまっただけに余計にそっちに思考が寄ってしまうな。

 もはやそうなんじゃないかと思うぐらいには。いや、でもさすがになぁ.....。

 一応、アイツにも聞いてみるかぁ? たぶんやる意味ないけど。


―――隼人の場合


「知らん」


「だよな」


―――放課後


 俺はこれまでで集めたの情報をもとに一つの答えを作った。

 そして、答え合わせするように俺は玲子さんに声をかける。


「玲子さん、少し話したいことがあるんだけ――」


「本当!? どこで? どこで始める? 何十時間でも大丈夫よ」


「数分で終わるよ」


 俺が声をかけるやすぐにキラキラした目で席からガタッと立ち上がる玲子さん。

 なんというかただ声をかけただけなのに随分と好感触だな。


 ただ、先ほどまでの静かな雰囲気から一転して、花を咲かせたような背景を背負ってるから若干怖いよ。

 最近玲子さんの情緒の振れ幅が分からな過ぎて怖い。


 俺は玲子さんと一緒にいつぞやのお互いの全てを明かした公園へ。

 そこまでの道中で俺は考えをもう一度確認した。


 まず、玲子さんが二年生の教室がある場所から降りてきたという情報だが。

 やはり、これは彼女が白樺先輩に対して何かアクションを示そうとした結果ではなかろうか。


 玲子さんは精神的には大人な女性だ。

 どうしても自分と相手の精神年齢を考えて、大人らしい振る舞いが出来てなかった自分自身に腹を立てているかもしれない。


 そこで繋がるのが図書室から借りてきた本になる。

 その本だが、恐らくタイトルは「謝り方が上手くなる方法」的な感じじゃなかろうか。

 相手はゲンキングではなく、依然初対面と言っても過言ではない相手。

 そんな相手に素直に心を開いて謝るというやり方は難しい。


 言ってしまえば、俺を経由して相手の様子を探ろうとしている先輩の方が正常な対応と言えるだろう。

 さすがに大人譲りの精神でもそこまで強くはないだろう。

 よって、初対面の相手にも素直に言葉が出せるように、テンプレな謝り方を参考にした!


「全然違うわ」


 ―――ということを玲子さんに言えば、即答で否定された。

 公園のブランコにて茜色に染まりながら、俺固まる。

 探偵ムーブ、終了のお知らせ......。


 俺が固まっていれば、玲子さんはブランコを軽く漕ぎ言った。


「私が悔しかったのはあの状況で何も言葉に出来なかった自分自身に対して。

 白樺先輩に対して怒るほどヤワな精神してないわ」


「なら、借りた本は......?」


「『強メンタルで相手を泣き負かす口論が上手くなる方法』」


「めちゃくちゃ根に持ってるじゃん......」


 俺はため息を吐いた。そりゃ吐くだろ、こんなん。

 まぁ、徒労に終わったぐらいならそれでいいけど。

 そんな俺を見て、玲子さんはピョンと跳ねてブランコから立ち上がれば言う。


「それにしても、わざわざ私の様子を探って来るってことはもしかしなくても白樺先輩関係よね?」


「鋭い......」


「単純に拓海君から来るアクションという選択肢がないだけよ......悲しいことにね」


 俺から出るアクション? また俺に難解な謎ばっか増やすんだからこの人。


「ともかく、私の方でも準備が出来たわ。さ、泣き負かし仲直りに行きましょう!」


「なんでだろう、言葉以上に感じるこの不穏さは」

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