第60話 先輩からのお願い
玲子さんと白樺先輩が直接対面してからあっという間に数日が経った。
結局、俺が玲子さんの真意についてわかることも無かった。
聞いてみようにも踏み込みづらかったし、翌日には玲子さんがケロッとしていたから。
もはや俺の方が幻を見せられていたような感覚だ。
一方で、変わったこともある。
それはついに俺と先輩の方で指導が始まったのだ。
もちろん、先輩から「専門的なことはあまり言えない」との前置きがあった。
だが、もともと知識ゼロだった俺からすれば、考え方や捉え方そのものが勉強になっていたので特に支障があるわけではない。
今日も今日とて俺は先輩の横に座り、シャーペンを片手に原稿用紙と向かい合ってる。
練習なのでタイトルや名前の所からいきなり本文を書き始めている。
なんだったら、そのために別の本を読んでいる最中だ。
「正直、ここまであなたが本格的にやるとは思わなかったわ。
本来なら書く題材を決めて、それについて書き、そこから推敲を重ねていくものだと思うのだけど」
玲子さんがパソコン画面を見つめながら言った。
手元を見ずに文字が打てるのか、先輩の文字打ちスピードは異様に速い。
ほぼずっと隣からカタカタと音が聞こえてくる。
「まぁ、それでも良かったんですけどね。
なんというか、せっかくあまり触れる機会が無かった読書という行為を増やしてみようかと思いまして。
とはいえ、色々やることがあるんで毎日読んでるというわけではないですが」
「それは言い心掛けね。そのチャレンジ精神はとてもいいと思うわ。
読書は知識だけではなく想像力も豊かにしてくれる。
だけど、無理はしちゃダメよ。読書が苦手って人は存外多いんだから。
無理して読んで嫌いという感情が膨れ上がる方がよっぽど嫌だもの」
「しませんよ。俺はですけど」
まぁ、活字って何かと目が滑りやすいというのは認める。
そもそも長い文章に慣れてない人がいきなり長い文章を読めと言われても、大概活字酔いして文章を読むのがめんどくさくなるし。
俺もこれまではそうだった。
しかし、俺は影響されやすいというのか何というのか。
慣れてくれればそこまで苦ではなくなったし、もともと空想するのは好きだったので物語をイメージできるようになってからはむしろ面白く感じた。
故に、本来やらなくていいことを今やってる。うん、絶対やる必要はない。
「にしても、先輩が前に言ってた『本を読んだ感想から該当する部分の引用や自分の似た体験などの具体例を示したり、自分の考えや意見の理由を挙げたりして、説得力のある文章にまとめるのがコツ』ってのを意識してるんですけどやっぱ難しいですね」
俺がそう言えば、先輩はピタッと手を止める。
何かを思い出すように首を少し傾け、思い出せば再び文字を打ち始め、言った。
「あぁ、どこかにあったサイトから丸パクリした言葉ね」
「え?」
俺は思わず先輩を見た。
この人、前に俺に対して自信満々に言ってたのに......それって先輩の言葉じゃねぇのかよ!
なんだよ、俺が先輩の考え方に尊敬したのを返せよ! びっくりだわ!
先輩がチラッとこちらを見て来る。
「不服って顔ね」
「そりゃそうでしょ。だったら、俺がここにいる意味なくなりますし」
「確かに、私にはそれに関する知識はあまりないわ。
なぜなら、それをしていたのも小学生までの話だし、それに今やっていることと全然意識することが違うもの。
強いて言うなら、鍛えた想像力で素早く脳内に情景が浮かび上がるってことぐらい」
「そんな身も蓋も無い......」
このことに関しては鮫山先生は知っているのだろうか。
あの人適当な部分あるし、先輩が文章に関して詳しいというだけでキャスティングしたのではなかろうか。
ありえるのがなんとも解せない。
「だけど、これまで数多の本を読んできた私なら、早川君にピッタリの題材を選ぶ助言を渡すことが出来ると思うのだけど。それじゃダメかしら?」
「......ハァ」
手を止めてじっと見てくる先輩に俺は思わずため息を漏らす。
確かに、俺にとって書きやすい本を選べるのなら、書く側の俺としても負担が減って少しばかり楽になるだろう。
「ダメです」
だけど、Noと言える日本人に俺はなる! 足りない! それでは俺の要求に足りな過ぎる!
そんな俺の反応に先輩は予想外だったのか僅かに目を見開くが、すぐさま目つきが元に戻る。
なまじ頭の回転が速いせいか、先輩は自分を抱きしめるように腕をクロスさせ、体をのけぞらせた。
「まさか、ワタシの体を要求してるの!? ついに、ついになのね!?
あぁ、ワタシの純潔はついに醜い欲望によって汚されてしまうのね......」
「語弊しか生まない言葉を言うのやめてください」
この人、最近俺に対するイジリが増えてる気がする。
これは気に入られてるせいなのか、はたまた反応が良いおもちゃが面白いだけなのか。
俺が何気なく入れたツッコみに意外にも先輩は反応を悪くした。
抱きしめた腕を力なくダランと下げれば、目線も下を向き始め、表情からも笑みが消える。
そして、パソコンの画面をぼんやりと見ながら俺に聞いた。
「早川君、あれから久川さんの反応はどう?」
どう? どうと言われても.....。
「意外に普通といいますか。これといって先輩に対して怒ってる様子もないですよ」
「それはあなたから見た意見?」
「そうですね、俺から見た感じのやつです」
そういや、他の人達からも特に何か聞いた訳じゃないな。
あまりにも玲子さんがケロッとした様子だっからつい。
しかし、あそこまで反応が極端に違うことに気にならないというのはおかしいだろう。
ちょっくら周りの連中に聞いてみるか。
にしても.......
「やっぱり、先輩からかい過ぎたって自覚してるんですね」
その言葉に先輩は横目で俺をチラッと見る。
「まぁね、さすがに思うわよ。
人との関りが少なく、距離感の測り方を理解していないワタシが自分本位に動けばどうなるか身をもって理解したわ。
こんなんだからワタシには友達が出来ないのよ。
自分の興味のためにしか動けない行動力じゃ」
自分自身に呆れてるようなため息を吐く先輩。
こんな落ち込んでる先輩を見るのは新鮮だけど、どこかむず痒い気持ちになる。
例え俺を弄っている時であったとしても、やっぱり楽しそうに笑ってる方がこっちも気分が良い。
「俺は先輩を友達だと思ってますよ」
スッと言葉が出た。正直、自分でもびっくりするほどに。
まるで一瞬ラブコメの主人公にでもなったような気分だ。
それほまでに自然体で、恥じらうこともなく言ってみせた。
そんな俺の言葉に先輩は目を開き、すかさず顔を逸らす。
一瞬、クサいセリフ過ぎて笑ったのかと思ったが......耳が赤くなってるから違うのか? あれどっち?
「......ど、どうしてそう思うの?」
「どうしてと言われても......ここまで関わればそう思うと言いますか。
友達って人によって基準があって、それに無意識乗っ取って動いてるのがほとんどだと思うんですけど、俺の場合は単純で関りが多くなれば友達と思うようにしてるだけです」
先輩は顔をパソコン画面に戻せば、横目で俺の様子を伺ってくる。
今日は外が曇ってるせいかほんのり赤みを帯びた頬がよくわかる。
そんな目で見られたら流石にドキドキしますって。
「随分と恥ずかしいセリフを言うのね」
「やめてください。必死に自覚しないようにしてるんですから」
「ふふっ、ごめんなさい」
急にいつも調子に戻ったかと思えば、先輩は体をこっちに向けた。
両手は膝の上に置き、真っ直ぐとした目で見て来る。
え、いつになく真剣な表情だ。何事?
「早川君、ワタシもあなたを友達だと思って一つお願いを聞いてくれないかしら?」
「お願い、ですか?」
「えぇ、せっかくだからもっと友達を作りたいと思ってね。
でも、その前にはケジメをつけなければいけないと思うの。
ワタシを久川さんに会わせてくれない?」
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