第59話 不明な真意

 今してる恋愛を教えて――その言葉に玲子さんが確かに反応したのがわかった。

 普段よりも大きく目を開き、突然の言葉に理解が追いついていない様に口を半開きにさせて。

 おおよそ玲子さんが見せることない顔をしていたからだ。


 それはつまり、それだけ白樺先輩の一言が玲子さんにとって予想外に他ならない。

 まぁ、初対面の人にいきなり恋愛話聞かせてとかだいぶ踏み込んでるよな。


 いくつものハードルを飛び越えてるっつーか、もはや走り幅跳びですっ飛ばしてるレベル。

 ある意味人との距離感の測り方が出来ていない。


 先輩は座っている玲子さんの前に立ち、手を握って目を合わせるばかり。

 微塵も視線が動く様子が無いのが、傍から見てるこっちからしても怖く感じた。

 やっべぇ、自分に対してじゃないのに妙に手汗が出てくるんだけど。

 ん? 一瞬こっち見て微笑んだ?


「な、なんでそんなことを話さなければいけないの?」


 玲子さんの思考が正常に動き出したのか、彼女はキリッとした目つきで言い返す。

 しかし、先輩はどこ吹く風といった様子で答えた。


「そうね、簡単に言えばあなたのような高嶺の花の人でも恋愛をするのか気になったのよ。

 ほら、よく小説の中のそういう人って何かと気位が高いというと語弊があるけど、ある程度のプライドは持っているはずでしょ?

 そういう人は一体どういう恋愛観を持っているのか常々気になっていたのよ」


「それをどうして私に聞く必要があるの?」


「言ったじゃない。あなたがこの学園で特別な人だからって。

 あなたの好みは一体どのような? 背の高い人? 勉強が出来る人?

 気遣いが出来る人? はたまた自分の命令を忠実に聞いてくれるしもべみたいな人?」


 先輩がグイグイと近寄って言葉を並べていく。

 あの玲子さんが若干押され気味なのはなんだか新鮮だ。

 あんな風な唯我独尊タイプが玲子さんの苦手なタイプだったりするのだろうか。

 とはいえ、さすがに玲子さんが可哀そうだ。

 ほら、チラッとこっち見てくるし。

 なんか顔が赤い気がするけど、あれは助けを求めてる視線に違いない。


「先輩、落ち着いてください。玲子さんとはまだ初対面のはず。そんなにグイグイ行っちゃダメです」


 俺がそう言った瞬間、先輩はショックを受けたような顔をしてふらふらと力なく元の位置に戻った。

 そして、顔を俯かせ両手で覆えば、震えた声で言い返してくる。


「酷いわ......早川君はまだ出会って間もないに私よりも付き合いの長い久川さんの方を取るのね」


「何当たり前なことを」


 瞬間、先輩は指の隙間からチラッと覗き見た。

 その視線は俺の方ではなく、玲子さんの方。

 思わず釣られて見てみれば玲子さんがどこか体をモゾモゾとさせていた。

 表情は夕暮れの逆光であまりわからない。

 とりあえず、先輩が何かを企んでることだけはわかった。


「オヨヨヨヨ、悲しいわ。どうしてそんな酷いことを言うの?

 ワタシとの関係はそんなに薄かったの?

 あんなに濃い放課後を過ごしたじゃない?」


 濃い放課後ってなんだ? 俺を弄っていた時間をそう言ってるのか?


「記憶にございませんね」


「嘘よ、出会って初日にワタシを口説いてきたじゃない!」


「っ!?」


 ね、ねつ造だ~! 先輩が勝手に俺が告白したような体を作り出して、勝手に振っただけなのに!

 この人、まるで俺が一目惚れして言ってきたような流れを作り出してやがる~!


 ちょ、ほんとこの人急に何言い出してんの!?

 確かに先輩が男ウケするだろう可愛らしい容姿をしていることは認める!

 そこは一般男性として認めるけど!

 一方的に何度も振っておいてその言い方は無いでしょうに!


 瞬間、全身が総毛立つ感覚に襲われた。

 その視線の先を見てみれば、玲子さんが目を細くしてこちらを見て来る。

 逆光も相まってより一層迫力が出てる。あれ、俺死んだ?


「本当なの? 早川君?」


「いやいやいや、全部先輩のでっち上げだから!

 振られた......というか、勝手にそういう空気に持っていかれて一方的に振られただけだから!」


「一方的に振った......ということは、白樺先輩は拓海君がタイプではないということね」


 俺の言葉を信じてくれたのか玲子さんは視線を先輩の方へ戻した。

 ふへぇ~、助かった。まるで生きた心地がしなかったぜコンチクショウ。


 にしても、玲子さんが冷静になった瞬間、先輩スッと体勢戻すじゃん。

 やっぱりこっちを弄るための嘘泣きだったのかよ。ほんとやりづれぇ。

 本人はとっても満足そうに笑ってるし。

 初対面いる時にやる行動じゃねぇって。


 玲子さんの言葉に先輩はニコッと笑みを浮かべて答えた。


「えぇ、そうね。タイプではないわ」


「そうでしょう――」


「だけど、反応が素直でついつい弄りたくなってしまうほどには可愛らしく感じてるわ。

 それに確かに人間第一印象に振り回されがちだけど、関わって行けば当然印象も変わる。

 ワタシの好みが早川君のようなタイプではないと100パーセント断言することは出来ないわ。

 だから、そうね......先ほどの言葉は少し訂正するわ。タイプではないわ」


 何、その行動次第ではタイプになるかもって。

 聞いてるこっちまでドキドキするじゃん。

 やめてよ、精神年齢はおっさんだから興奮するにも心労が来やすいのよ。


 一方で、玲子さんの目つきは一層鋭くなっていた。

 ポプテ〇ピックの頭身で怒りマークを顔面につけるだけつけたような顔になってる。

 今にもフリー〇様の声で殴り掛かりに行かないよね?


「にしても、先ほどから随分と早川君に対して気にするじゃない。まるで彼女かのように。

 でも、付き合っているわけじゃないのでしょう? そうよね、早川君?」


「え、俺に振る!?」


 一気に二人の視線がこちらに向く。

 玲子さんはどういった表情かわからないが、先輩は非常にニヤついた顔をしていた。


 この感じ何かデジャブを感じるかと思えば、これ絶対隼人が俺を弄って来る姿勢に似てる。

 最近は丸くなったベジ〇タだが、以前のアイツはこんな感じだった。


 にしても、これはどう答えるべきだ?

 正直に言うか、もしくは先輩の逆の答えを言うか。

 先輩は俺がヘタレであることも見抜いてるはず。

 故に、この場で正直に言うのが先輩の予想していることだろう。

 だからこそ、ここであっと思わせるように逆を突く。


 しかし、ここで見落としていけないのは玲子さんの気持ちの方。

 仮に俺がここで「付き合ってる!」と言って玲子さんに迷惑をかけないか。


 勢い任せに言うことはできるだろう。

 先輩はぼっちなのだから拡散力はない。

 だが、ここでたまたま廊下を通りがかった人が聞いていたとしたら?

 それに俺が自分の見栄のために玲子さんの気持ちを考えず嘘をついたとしたら?


 玲子さんは俺の人間性に悲しむかもしれない。

 そんな人と思わなかったって。

 そして、俺はまさに焼き豚の刑。

 社会的にも物理的にも焼かれかねない。

 そう考えるとやはり嘘は悪手か。


 どう考えても玲子さんが俺に好意を持っているとか考えづらいし。

 それに奇跡的な関係性の構築で親友という立場を得ているのに、俺がそういう欲を持っていると考えれば「何勘違いしてんのこの豚?」みたいな関係になりかねない!


 きっと先輩はこの瞬間も自身のラブコメのネタにしようとしているのだろう。

 もはや雰囲気でわかるっつーか、先輩の表情がまさに答えだ。

 あぁ、確信したよ。俺、この先輩、苦手だ.......。


「付き合ってないですね」


 俺が首を横に振って答えれば、先輩は予想通りといった顔で「あら、そうなのね」と返事をするだけ。

 これで玲子さんとの関係も守られたはず。後悔はない......たぶん。


「帰るわ」


 玲子さんがスッと立ち上がれば、そそくさとドアまで歩いていく。

 そして、あっという間に出て行ってしまった。

 お、怒った......のか? いや、さすがに考えづらいか。

 だけど、今の感じはなんかそんな風に見えた。


「早川君」


「あ、はい!」


 急に名前を呼ばれた。何用か?


「さすがにワタシもやりすぎたわ。ごめんなさい。

 それと早川君の方からもワタシが謝っていたことを伝えてくれないかしら。

 きっと直接言おうにも火に油になってしまいそうだから」


「わかりました」


「.......さすがに欲を出し過ぎたわね」


 先輩が小さく呟く。

 彼女の視線は外を向き、遠くを眺めていた。


 俺は立ち上がれば、「失礼します」とだけ言って部屋を出る。

 そして、足早に移動して玲子さんを追いかけた。

 少し遅れたけど、これは追いかけた方が良い場面な気がする。

 ゲンキングの時に学んだ。

 あの雰囲気は一人にしてはいけないって。


 下駄箱まで急いでやってくれば、すでに靴を履いて歩いている玲子さんが遠くに見えた。

 俺も急いで靴を履き替えて玲子さんの後を追いかけた。


 玲子さんの横まで辿り着けば、荒い息をそのままに顔を見る。

 彼女は下唇を噛んでいた。


「私......自分が悔しいわ」


 その言葉の真意がわからず、俺は首を傾げてしまった。

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