第58話 直接対決
時は放課後、多くの生徒が部活に行くか、友達と一緒に帰り始める時刻。
今日も今日とて白樺先輩にいい加減本題に入って欲しいと思いながら、先輩の所へ向かう予定......だった。
「行くわよ、拓海君」
肩にスクールバッグをかけた玲子さんが、バンと机に手を置いてこちらを見る。
大きな音に周りのクラスメイトは困惑したような表情を浮かべ、一部の女子は座っている俺に対して前のめりに体を傾ける彼女を見て「また、何かやったのかよ」と軽蔑の目で見て来た。
確かに構図的にはまるで玲子さんが俺を問い質しているように見えるだろう。
しかし、実際は違う。なんなら問い質したいのはこっちの方。
なぜ玲子さんが先輩に会いに行く必要があるのか。
もちろん、玲子さんには理由を尋ねたよ?
しかし、「その人が気になるから」の一点張り。
興味ある雰囲気かと思えば、これから果たし状を突きつけるような気迫を纏ってるし。
もはやわからんよ、玲子さん。
最近のあなたは本当に行動原理がわからない。
「持ち帰る教科書とかあるから少し待ってて」
そう言って少しの間、時間稼ぎをしながらチラッと後ろの方にいるだろう隼人達を見る。
隼人は堪えきれない笑いを必死に隠している様子であり、大地と空太は揃って敬礼。
ゲンキングは手を擦り合わせてお経らしき言葉を並べていた。
だから、俺はこれから死ぬんか? だとしたらなぜ?
腹は括ったからせめて理由を聞かせて!
「準備出来た?」
「あ、うん......」
玲子さんにそう尋ねられればもはや頷くことしか出来ない。
彼女は別に俺に対して怒りを持っている様子ではないので、口調こそ普段通りに優しいのだが......どうしてこうもこれから決戦に臨むとばかりのオーラが滲み出てるんだろう。
「れ、玲子さん? 本当に行くつもりなの? まだ引き返せるよ?」
「私はこれぐらいで弱腰になるほどヤワなメンタルしてないわ。
それにどこの馬のホ......どこの先輩かはわからないけれど、拓海君の親友としてキッチリ挨拶しなければと思っただけよ」
今どこの馬の骨って言いかけませんでした? 気のせいだよね?
それになんかちゃっかり俺と玲子さんの関係って親友だったんだ。
嬉しいんだけど、いつの間にそこまでグレードアップしたのだろうか。
過去戻りにかかわりがあるといえ、ね?
それにそれに、なんでかわからないけど今の俺の状況ってどこかのドラマのワンシーンで見たことある気がする。
そう、あれは確か母さんがぼんやりと見ていた休日の再放送ドラマで、浮気をしていた夫が妻に連れられ愛人に殴り込みしに行く所。
.......いやいやいや、それはさすがに妄想が飛躍しすぎだ。
状況というか雰囲気が似てるだけであって、別に俺は玲子さんと付き合ってるわけでもないし、先輩ともそんな関係ではない。
むしろ、いい様に弄ばれてる感すらある。考えすぎも良くないな。
とはいえ、結局アレってどう決着ついたっけ......?
「ここよね? 例の先輩がいるところは?」
おっと、考え込んでいたらいつも間にか着いてた。
普段ならドアをノックしてサッと入る場面なのだが、今日に限っては凄く足取りが重いな。
一体何なってこんな気分にならにゃいかんのか。
その一方で、玲子さんは躊躇うことなく進む。
俺よりも先にドアをノックすれば「失礼します」とドアを開け、大きく一歩を踏み出した。
その後ろを一人分の距離を開けて普段より小さな歩幅で俺も入る。
そんな俺達を読書中だった先輩は「珍しいお客さんね」と余裕の笑みを見せて歓迎した。
心なしかこの時点ですでに二人の視線がぶつかりあって火花が出てる気がする。
先輩が「どうぞ」と一つの椅子を引き、そこに玲子さんが座った。
俺が普段先輩と話す場所だ。つまり横並びの位置で向かい合う形。
俺はL字型に並べられた長机で玲子さんと反対側の角の位置辺りに座った。
最初に口火を切ったのは先輩の方だ。
「初めまして、ワタシは早川君の執筆指南役を任された白樺永久と言うわ。呼び方は好きなように」
「私は久川玲子。こちらも好きなように呼んでくれて構わないわ」
たった自己紹介を済ませただけなのに剣呑な雰囲気が凄い。
え、突然二人とも拳銃を取り出して銃口を突きつけ合わないよね?
先輩はニコッとした顔をすると胸の前に手を合わせ、言った。
「久川さん、あなたの噂はかねがね。
成績も優秀で運動能力も優れている、先生方の人望も厚く、加えて誰も決して届かないであろうその容姿。
まさに小説の中でしか現れない幻の才色兼備の権化が一体ワタシのような凡夫に何の用かしら?」
「あなたが凡夫であるならわざわざ鮫山先生に指名されるなんてことは無いでしょ」
「ふふっ、ワタシは人より本をたくさん読んでるだけよ。
あなたも早川君から聞いているのでしょう?
彼が読書感想文コンクールに出ることを。
そこでたまたまワタシに白羽の矢が立っただけのこと」
玲子さんの表情は相変わらず固く、先輩も温和な笑みを崩さない。
そんな二人を俺の視線は行ったり来たり。
あの、お邪魔そうなんで帰っていいですか?
そんなことを思っていると、玲子さんは目を閉じゆっくり息を吐き始めた。
今度はゆっくり息を吸ったかと思えば、目を開けて本題を切り出した。
「率直に言うわ、私はあなたが指南役として拓海君に相応しいか確かめにきただけ」
「......あら」
玲子さんの言葉に先輩が興味深そうな視線を向け、膝の上で軽く手を組んだ。
その一方で、俺は玲子さんを思わず二度見よ。
なにその若干モンペみたいなセリフ。
「面白いことを聞くのね。まるで自分の方が上手く教えられるような言葉じゃない」
「そこまで自分の能力を驕ってないわ。ただ、真面目にやろうとしている拓海君に対して、いい様に言いくるめてあなたの都合のいい道具として使わないか心配してるだけ」
「あら~、随分とワタシの評価が高いのね」
「私を前にしてその言動が出来る時点であなたは只者じゃない......私の勘がそう言ってるの」
大女優の勘か......しかし、実際中らずといえども遠からずなんだよな。
俺の中でも先輩はかなりの人物になる気がする。
玲子さんや隼人のような能力に溢れ、その能力を開花して大成功するようなタイプに見えるんだよな。
「で、白樺先輩の目的は?」
玲子さんが放つ言葉には迫力がある。悪く言えば、威圧的というか。
雰囲気で圧をかけて下手な嘘をつかせないような感じにさせてる。
話してる側からはきっと玲子さんが怒ってるように伝わるのだろうけど、俺からすればそう演じてるだけに過ぎないというか。
そこら辺は流石玲子さんというべきか。
そんな圧に対し、先輩は怯むことなく依然俺に言ったことを赤裸々に答えていく。
「これは前に早川君にも言ったことなのだけど......ワタシ、ラブコメ小説を書いてみたいと思っているの」
その発言にはさすがの玲子さんも首を傾げたみたいだ。あ、圧が消えた。
「ラブコメ小説?」
「えぇ、ほら、あなた達がこの部屋に入って来る時も本を読んでいたでしょう?
それほどまでに本の虫なのだけど、今度は書き手側に回って今興味あるジャンルについて書きたいと思うようになったの」
先輩は立ち上がれば、玲子さんの前に立つ。
女性の中で玲子さんが長身なだけあって、座ってる彼女と比較しても先輩の小柄さは良く目立つ。
小学生の親せきが玲子さんに話しかけに来た......って例えは流石に失礼か。
先輩は玲子さんの手をそっと取れば、見透かした目でストレートに要求した。
「だから、あなたが
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