第56話 してやられか感が凄い

「勇者活動ってなんですか......」


 俺は白樺先輩の質問に思わずため息を吐く。

 どうやら先輩は俺のことを何か買いかぶってるようだけど、俺がこれまで特別何かしたようなことは無い。


 まぁ、こんな噂が広がるんだから待ったく何もとは言わないけど......でも、結局ほとんど当人でどうにかなったし。

 俺が自覚あって何かしたって言えるの隼人との会話ぐらいだよ?

 あれ? やっぱり、俺って隼人攻略してる?


 俺の視線を先輩は横目で確認すれば、膝の向きをこちらに向け、パイプ椅子の向きに対して90度に座り直した。

 同時に、パソコンのそばに置いてあったメモ帳を両手に持つ。

 この人一体俺の何をそんな聞きたいのか。

 先輩はペンの端を顎に当てて少し考えた後、言った。


「勇者活動、そうね......ま、要はこれまでの学校生活でどう出来事があって、どういう風に考えて過ごしてきたかを答えてもらったらいいわ」


「なんだか二者面談みたいですね」


「インタビューだもの。そう言っても差し支えないわ」


 これまでって......現在の俺はこの学校に来てようやく2か月が経つってぐらいなんだけど。

 その2か月でどんなことをしたかと言われれば......まぁ、濃い体験はしたなぁと。

 そう思うほどには時間が過ぎるのが早く感じた。

 俺の精神が年寄りだからとかなのかもしれないけど。


 話せることは何でもある気がする。それこそ濃かったから。

 とはいえ、ゲンキングや玲子さんとのやり取りを話せるかと言ったら別だ。

 二人との思い出は林間学校を除けば、日常かハプニングかのどっちかしかない気がする。

 うん、特に先週あたりの林間学校から帰ってきた後の内容なんて言えるわけがない。

 くっ、今思い出しただけでも顔が熱くなってくる。


「どうやら何やら面白い話が聞けそうね」


 先輩は微動だにせずにこちらじっと見れば、ふむと首を少し傾け言った。

 その言葉に俺は思わずドキンと胸が跳ねる。

 サーッと額が汗ばむのを感じた。


「な、なんのことです?」


「惚けなくても結構よ。何やら面白いことを思い出して、表情が勝手に変化しているのがこっちから見てもわかったもの。

 それはワタシにとってもありがたい話に違いないわ。だから、ぜひ聞かせて欲しいの」


 まるでこちらを見透かしたような透明感のある瞳が真っ直ぐ向けられる。

 その目はキラキラと輝いていて、先ほどよりも前のめりの姿勢であることから好奇心が疼いてしまってるのだろう。やだな~。

 つーか、こっちのこっぱずかしい話がありがたい話って何よ?


「もしかして、ワタシがこういった日常生活の話を求めてる理由が気になる?」


 ドキッと確実に胸が言った。俺の体も反射的にのけぞる。

 そんな俺の反応に先輩はペンを持った右手の甲を口もとに近づけ、ふふっと笑った。

 彼女は姿勢を背もたれに預ければ、横にあるパソコン画面を見て口を開く。


「ワタシ、あなたにWeb小説を書いてると言ったことがあるわよね?」


 俺はコクリと頷く。

 その動作を先輩はパソコンに顔を向けたまま横目で確認すれば、次は顔をこちらに向け姿勢を正して言った。


「ワタシ、これまでミステリーを専門的に書いてきたの。

 謎の中に隠された秘密とストーリー、それを解き明かす過程を読むのが好きでね。

 中学生ぐらいの頃まではずっと読み専だったのだけど、いつしか自分の脳内にも物語を構築するようになって」


 先輩は目を閉じ、頬を緩ませた。

 本当に好きなことについて話している顔だ。


「もちろん、これまでたくさんのワクワクを与えてくれた作家せんせい方のようになりたいと思ったわけじゃないわ。

 ただ自分の物語を同じように文字に起こしてみたい......自分の脳内だけではなく、何かにして残しておきたいって思ったの。

 ほら、せっかく頑張って考えたのにいずれ忘れちゃうってのはもったいないと思わない?」


 その言葉に俺は答えることが出来なかった。

 俺は今努力しているがそれは特別好きだからというわけではない。


 筋トレだってダイエットの一環であり、それさえ済めば途端にやらなくなりそうな雰囲気はある。

 俺には何かをハッキリと好きと言えるものがない。

 眩しいな、先輩が。少し直視できない。


「......ま、そんな感じでワタシは今も続けているのよ。

 それでここからが本題なのだけど、ワタシ今......ラブコメを書きたいと思っているのよ」


「ラブコメ?」


 俺が首を傾げれば、先輩は「そう」と頷く。


「ワタシの心が思春期だからなのか、はたまた華の女子高生という人生でも3年しかない青春時代を何かに残して置きたいのか。

 なんにせよ、最近はめっきりそっちのジャンルを読み漁るようになってしまってね。

 そのジャンルの話を書くほどの実力と熱意があるのか確かめたいと思っているのよ。

 ほら、案外挑戦してみたらそっちの方に適正あったって思うかもしれないし」


「だったら、その読んできた本から自分が書きやすいジャンルをピックアップすればいいのでは?」


「そうね、確かに既存の内容の二次小説にオリジナル性を加えれば、おおよそそれはもとの作品に近しいけど別の小説と捉えられるかもしれない」


 先輩は肩を落とし、そっとため息を吐くと言った。


「でも、問題はワタシがこれを書きたいと思って熱を向けられるものがないこと。

 読んでる分には楽しめるのだけど、いざ脳内で物語を紡ぐとなると......どうにもミステリーよりも話が続かないのよね。

 テンプレでも流行りの小説の二番煎じでも、面白ければ使おうとは思ってるのだけど」


 先輩は一回パンと胸の前で手を叩く。


「というわけで、早川君にはワタシの創作の助手をしてもらいたいの。

 正直言うと、これを目的としてあなたの感想文指南役を受けたわけだからね」


 その言葉に俺は思ったよりもスッと合点がいった気がした。

 確かにそう考えれば、先輩が俺を呼ぶ理由がわかる。

 俺は少なからず他学年にも噂されるほどの悪目立ちの方で有名人なのだから。


 ラブコメか......先輩の話を聞いたのなら、俺の読書感想文の手伝いをしてくれるお返しに応えたいとは思ってる。

 だけど、やっぱり“ラブコメ”って部分がなぁ。


 先輩が聞きたいのは恐らく俺と女子の絡みの話だろう。

 俺に恋愛歴を聞いてきたのもそれを当てにした質問。

 となれば、まぁあるっちゃある.......んだが、非常に言いづらいというか、出来るなら言いたくないというか。


 俺が口を堅く結んで目線を下げながらじっくり考えていれば、先輩はメモ帳を閉じて、それとペンを太ももの上に置く。


「別に無理しなくても良いわ。

 例えあったとしても、そう言うのって人に言いづらいものね。

 ごめんなさい、好奇心で動いてしまって。

 もう少しあなたに寄り添うことを考えてなかったわ」


 先輩はシュンとした顔をし、そむける。

 目線は舌に下がり、少し体が丸まっている。

 なんとも全力でアピールしてくる寂しそうにしてる感情が、俺の断りにくさを加速させる。


 ぐぬぬぬ、ここは言うしかないのか。

 別に先輩は誰かに言いふらすようなタイプには見えないし。

 うん、恥ずかしいのは俺だけだ!

 俺が我慢すればいいだけの話!

 俺は首の後ろを擦りながら、顔をそむけ言った。


「わ、わかりました。俺に出来ることがあるのなら手伝います」


 瞬間、先輩はニヤッと僅かに口角を上げたような気がした。


「いいの? 無理してない? 本当にあなた本心の言葉?」


「はい、俺の本心からの言葉です」


「それは良かったわ!」


 直後、先輩の顔がシュンとしか感じからパァっと明るくなる。

 胸の前で嬉しそうに手を合わせ、透明感のある瞳がこっちを見て来る。

 なんだろう、嬉しそうにしているのは伝わって来るのにこの素直に喜べない感じ


「言質取ったからね。二言はなしよ」


「はい、わかり......言質?」


 首を傾げて聞けば、先輩は訳の分からない言葉を一言。


「へびの言葉に簡単に頷いちゃダメよ。一つ勉強になったわね」

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