第55話 拓海の立ち位置

―――とあるラーメン屋


 そこには珍しく5人の学生がテーブル席に座っていた。

 二人の長身の男子と向かい合うようにして、細見の男子と二人の女子が並んでいる。

 注文はすでに済ましてあるようで、5人の前にはラーメンが湯気を立ち昇らせている。

 ズズズとラーメンをすする音がすれば、一人の男子が口を開いた。


「結局、拓海の奴は来なかったんだな。せっかく部活も休みで、珍しく隼人も乗ったってのに」


 大地がモグモグさせた麺を素早く飲み込めばそう聞いた。

 その質問に唯華が麺を摘まんだ箸を口の前でピタッと止めて答える。


「早ちゃんもなんかあるんでしょ。一昨日ぐらいにサメちゃん先生に話しかけられてた感じだし」


 唯華の言葉に同意するように空太が麺をフーフーと冷ます息を止め、言った。


「なら、仕方ないだろ。アイツは頑張り屋というか、頑張り過ぎな部分があるから頼んだら基本断らないと思うし」


 大地、唯華、空太は現在この場に居ない拓海を話題にして話をしていく。

 しかし、なんとか話をしているって感じであった。

 なぜなら、絶賛空気が悪いからだ。


 誰かが悪くしたというわけではない。

 しかし、この場にいる玲子と隼人の間になんとも言えない空気が流れているのだ。

 もっとも一方的に、遠ざけているのは玲子の方であるが。

 玲子は耳元の髪をかき上げ、レンゲでスープを飲むと、そっと口を開いた。


「私が誘ってこなかったぐらいだからよっぽどのことでしょう。

 でも、内容までは教えてくれなかったわ。

 飼い主の情報は何かしってるかしら?」


 玲子がチラッと見る視線の先にはモグモグタイム中の隼人の方。

 視線に気づいた隼人はすぐさま睨み返す。


「あぁ? それは俺のことを言ってんのか?

 だとすれば、飼い主はアイツじゃなくて俺に決まってるだろ?

 そして、お前の質問に答えるなら俺も知らねぇよ。

 別に何でもかんでも情報を共有してるわけでもないしな」


「使えない秘書ね」


「顔が良いだけで調子に乗るなよ? アマ」


「「「.......」」」


 玲子と隼人が口を開けば大概こんな会話である。

 言ってる二人ともそこまで気にしてないといった感じであるが、周囲の三人からすればそれがデフォの日常会話とは到底思えない。

 故に、三人は求めている――偉大なる緩衝材TAKUMIを。


「そ、それにしてもさ、拓海君はなんで呼ばれたんだろうね?」


「わからない。ただがまぁ、あの鮫山先生と話していたからってことだからどうせ面倒ごとだろう」


 大地の質問に空太が首を傾げ言った。

 そんな時に大概ポロッと手に持っていた手榴弾を落とすのが大地である。


「いや、以外と女......かもしれないぜ」


―――ピキッ


 空気が割れる音がした。

 そんな空耳を感じたのは大地、空太、唯華、隼人の四人。


 唯華と空太はどこかから幻聴のように聞こえたその音に周囲に目を向けるだけだが、いち早く気づいた隼人はすぐさま視線を厨房の方へ向ける。

 そして、自分がいかに愚かな地雷を踏んでしまったかに気付いた大地は正面を向いて固まっていた。


 なぜなら、そこには静かに怒れる氷の女王がいるからだ。

 表情こそ一切出していないが、その溢れ出る殺気立った目と涼しくなるような雰囲気は気づくに十分すぎるぐらいだ。

 玲子はゆっくり麺をすすれば、随分おかしなことを言った大地に対して言葉を返す。


「大地君、その言葉にどれくらいの根拠を持って答えているのかしら?

 もし仮に、それが当てずっぽうの言葉であれば、たとえ冗談にしろ冗談に出来ないこともあるのだと理解しなさい」


「......はい」


 淡々と告げられる言葉。

 低温を感じるその発言に、大地はただ返事をすることしか出来なかった。

 しかし、それで玲子のターンが終わるとは限らない。


「それで?」


「へ?」


 まさか話が続くと思っていなかった大地は思わず呆けた顔をする。

 そんな彼に再び玲子は聞き返した。


「それで? 今の発言はどっちなのかしら? 根拠があったの? なかったの?」


「.......あ、えっとー.......ない、です」


 ラーメンは熱いのに冷や汗が止まらない大地。

 「そう」と答えて普通に食事に戻る玲子を見てホッと胸をなでおろした。

 店内の冷え切った空気は消え、息苦しかったような圧迫感も消えた。


 その僅かな時間、大地は生きた心地がしただろう。

 食後、店を出て先を歩く玲子と唯華の姿を見ながら、大地は一緒に歩く隼人と空太に先ほどの彼女の反応に対して思わず話しかけた。


「な、なぁ、もしかしてだけど.......久川って拓海のこと好きなのか?」


 その質問に「え、マジかコイツ」と二人は眉を寄せた。

 二人は呆れた様子でため息を吐いた。

 しかし、こういうタイプは存外いるものだ。

 全く気が付かないという人間は。

 それ故に、地雷を踏みまくる。

 気づいてる方からすれば気が気ではない。


 さすがの大地も二人の反応から察する。

 とはいえ、それを知ったとしてもあの高嶺の花とされている久川が、いくら仲が良さげと思える拓海に好意を寄せるかと言われれば考えると大地にとっては疑問である。


「そんなことってありえるのか?」


 大地がそう聞くのは拓海が周囲の生徒からどういう目で見られているか気付いているからだ。

 そんな彼の疑問に対し、思うことが無いと思いつつも、二人は特に気にしてないように答える。


「周りの生徒の評価を考えればそう思うだろう。

 だが、それは拓海という人間を何も知らない奴の話にすぎない。

 お前はそんな奴の言葉を鵜吞みにするのか?」


 空太がそう言えば、続けて隼人が言った。


「つーか、周りがどうこう言おうと結局当人同士の話だろ?

 それに仮にお前が周りに影響されて、お前の如きの言葉であの女に言ったところで意志が揺らぐとは思えねぇ。

 それ以上に、俺はあの女の場合は重すぎてむしろ拓海同情するぐらいだぜ」


 隼人の言葉に大地は咄嗟にムッとした顔をする。

 彼は感情のままに言葉を吐き出した。


「お前、それぐらい好きでいてくれてるってことでいいじゃねぇか!」


「「.......そっか、そっちのタイプか」」


「おい、なんだその目は? その含んだ目を今すぐやめろ」


 「コイツ、もうダメそうだな」という目で見る隼人と空太に、大地は思わずツッコんでいく。

 しかし、その目がすぐさま解除されることは無かった。

 なんなら、少しだけパーソナルスペースが広がった。

 そんな二人の様子に大地はため息を吐きながら、そっと呟く。


「で、今頃アイツは何してんだか?」


*****


―――空き教室


「――つまり、あなたは久川さんとはあくまで幼馴染という姿勢を貫くつもりね?」


「つもりっていうか、普通に幼馴染なんですって。

 もちろん、そう定義していいか微妙なラインだとは思いますが」


 現在、俺は白樺先輩から俺の恋愛事情について根掘り葉掘り質問された。

 しかし、これまでの俺の人生の中で恋愛のれの字もなかったので、もちろんまともに質問に答えられるはずもない。


 それが分かればすぐに久川との関係を聞いてきたのだ。

 それに関しては小学生の頃に少し言える部分があるので、ちょっとした思い出話を話してそれが終わったのが今というわけである。


「とはいえ、今やこの学校を通しても高嶺の花といった感じの久川さんと、全く知らない他学年からも笑い者にされているあなたとの間にそんな繋がりがあったとはね。

 数奇な運命と言うべきか、事実は小説よりも奇なりと言うべきか」


 まぁ、それを言うなら俺と玲子さんに限ってはSFみたいな体験してるけどね。

 一回目の人生では互いに30歳は越えてたし、俺は自殺して目を覚ませばこの人生。

 でも、さすがにここまで言うつもりは無いかな。

 例え、信じてくれたとしても、これは俺と玲子さんだけの秘密だ。

 彼女の許可なく勝手に話すことは出来ない。


「しかし、こうして目の前でそういう人生を送ってきたとなれば、存外奇想天外な展開が巻き起こるラブコメ作品というのもバカに出来ないわね」


「あれは作品という形であるから丁度良いんですよ」


「そう思うとあなたは今、自分のラブコメ作品の主人公なわけだけどどう思うかしら?

 ラブコメ主人公に直接インタビューをできるなんてこれほどの機会はないわ」


「そう言われましても、俺自身は特にそういった自覚があるわけじゃないですし。

 残念ながら、そこまで添える質問は出来ないと思いますよ」


「なるほど、かく言う主人公という存在は自分を主人公と自覚しない存在のことであるっと」


「なんかそう聞くとクソ鈍感野郎と思いますけど、実際そうですし」


 そもそもデブの主人公のラブコメってどうよ? 流行るか?

 異世界なら魔法でも使っていくらでもTUEEE出来ると思うけどさ、何もないラブコメでデブってただTUREEEなんだよ。

 そもそもこんな見た目でまともな恋愛できるとは到底思えないし。


 先輩はパソコンに向かい合って、俺の話を聞きながらカタカタと文字を打ち込んでいる。

 チラッと見てみれば文章を書いてるわけではなく、本当にメモってるみたいだ。

 一体どこ向けの需要と思うが、まぁ本人が勝手にしてることだし止めはしないけど。

 にしても、背筋が伸びてて座り姿奇麗だなぁ。


「とはいえ、個人的にはもう少し自分が勇者である自覚は持った方がいいかしら。今後のためにもね」


「もしかして、その仇名も広まってます?」


「まさか。これは鮫山先生から聞いた言葉をそのまま使ってるだけよ」


 あの先生......。

 俺が鮫山先生に対して、なんともいえないため息を吐いていれば、先輩は足を組んでこちらを向くと言った。


「では、今度はあなたの勇者活動についても話してもらおうかしら?」


 先輩はそう言いながら目線だけこちらを向け、ニコッと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る