第54話 相変わらずペースを掴ませてくれない
翌日の放課後、その日も俺は白樺先輩のいる部屋を訪ねた。
そこは元々文芸部の部室だったらしく、部員が少なく半物置部屋となっているところ先輩がちゃっかり借りてるだけだったらしい。
でもまぁ、考えてみればわざわざ家から本を持ってきて棚に並べていくなんてことはしないか。
学校の備品と間違えられて回収できなかったら面倒だと思うし。
それに持ってくるということは、持って帰らないといけないわけでもあって。
「失礼します」
ドアをノックしても反応が無いので、ドアを開けて中を確認してみれば、そこには普通に先輩がいた。
しかし、本を読んでいた昨日とは違って、今日はノートパソコンの前で眼鏡をかけながら、集中した様子で文字をカタカタと打ち込んでいるみたいだ。
さっきのノックに気が付かなかったのは集中していたからだろう。
そう思うと邪魔しないように昨日の位置に座り、せっかくだから本を読んで待つことにした。
それから数分後、先輩は気づいたようで声をかけてきた。
「あら、いたの?」
「数分前からいましたよ。でも、先輩はドアのノックにも気づかないほど集中していたようでしたので、邪魔しないように横で待ってただけです」
「......どうやら、あなたは女性が着替え中の時にうっかりドアを閉め忘れてて、その僅かな隙間から長いこと眺めるようなタイプだったとはね」
「あれ、人の話聞いてました?」
「どうだった? 笑えたかしら? この主張のしどころが無い幼児体形を見て。まさか、あなた......ロリコン!?」
「勝手に自己解釈で話を進めて俺をサンドバッグにしないでください」
しょっぱなからパンチの効いた言葉に俺が疲れた様子でツッコんでいけば、その反応を楽しそうにクスクスと笑っていく先輩。
この人、絶対S気あるよ。人を弄ってここまで楽しめるんだもの。
「冗談よ。あなたがロリコンでも、性癖は人それぞれ。それを咎めたりはしないな」
「俺は先輩が勝手に俺をロリコン認定したことを咎めますけどね」
「それで何の用かしら......あぁ~、おしゃべりに来たのね」
「違いますよ。先輩に指導して貰いに来たんです」
全くこっちのペースに引き込ませてくれない先輩のマイペースさに、俺は何とも言えないため息を吐く。
あの様子に今の言葉......恐らく今日も昨日みたいに話して終わりそうだな。
まぁ、昨日の今日ですぐに俺に何を教えれば効果的かとかわかるはずもないか。
そう思うと俺は先ほどから気になっているノートパソコンについて聞いてみた。
「そういえば、さっきから先輩って何してるんですか? もしかしてお話とか書いてます?」
隣に座っているせいか先ほどからチラチラ見ていたが、どうやら先輩はWeb小説っぽいのを書いてるようだった。
さすがに内容までは分からなかった。
その質問に先輩は動じる様子もなくサラリと言ってみせた。
「えぇ、確かにお話を書いてるわ。高校生になった際にノートパソコンを買ってもらって、それを機にワタシも書いてみたいと思ったの」
「......」
「どうかしたかしら?」
「いや、単純に凄いなと思って」
「別に大したことをしたわけではないわ。普段読み手側だったワタシが、その本の作者に憧れて自分も自分なりの物語を書きたくて書き始めただけだから」
「いや、そういうことじゃなくて......その行動力も凄いとは思いますけど、なんかそういう趣味って人に言うの恥ずかしくありません?」
別に悪いことをしているわけではないのに、なぜか恥ずかしく感じてしまう。
好きなものを堂々と好きと言えないってやつだ。
それにゲーム実況だったり、Web小説だったり、それらザ・ヲタクと主張するようなものは基本的に周囲から憚られるような気がするから。
恐らく、それらの根柢の感情は負の感情から来るんだと思う。
誰かに見られたら、知られたらそれがどのように思われるのが怖くて、酷いこと言われるんじゃないかと不安になって内に閉じ込める。
つまり、自分が好きなことを否定されるのが怖いから。
それを堂々と言える先輩は凄いと思った。
俺の今やってるダイエットだって、知らない人に公言するのは当然怖い。
モテたいから痩せるだの、デブが見栄を張ってるだけだのそんな言葉がすぐさま飛んできそうだから。
そんな俺の言葉に対し、先輩は相変わらずこちらを見通すような薄氷にも似た瞳で見てくると、自分の考えを答えた。
「確かに、人に言えるほど実績を残してるわけじゃないから私も怖いわ。
だから、言っても問題ない人に対してはこうした趣味を打ち明けるようにしてるの。
あなたの噂だったり、昨日の印象を見てあなたは誰かにワタシの趣味をひけらかすようなタイプじゃないと思ったから言えただけ」
「俺の噂......?」
「たまに部活内で盛り上がった話を教室でする子達がいるのよ。
ふふっ、どうやらあなた......林間学校で相当勇敢な行動をしたそうじゃない」
「っ!?」
その言葉に俺は思わず息を吞んだ。
それって.......もしかしなくてもゲンキングとのやり取りのやつだよな?
そっか、林間学校が終わって思ったよりその話を聞かなかったからもう冷めたのかと思ってたけど、そういう感じで広がっていくのか.......!
「それは、あの......」
「無理に言わなくても大丈夫よ。実はワタシに3回フラれる前に一度フラれていたのよね。
ふふっ、昨日は見栄なんか張っちゃって可愛らしいわね」
「百歩譲って林間学校のことは認めたとしても、先輩とのやり取りでフラれた3回が回数に含まれてるのは非常に解せないです」
でもまぁ、先輩に事情を話せる内容でもないか。
あの時の俺の誘いを断ったゲンキングだって好きで断った感じじゃなかったし。
それに俺がここで説明すれば、ゲンキングの名誉まで傷つけかねない。それはダメだ。
「やっぱり、そういう噂は出るものか......」
「大丈夫よ、人の噂も七十五日と言うけれど、実際その間にはSNSでさらに面白い話題が出回るからあっという間にあなたの噂はトレンド以下になるわよ」
「なんかフォローの仕方にすごく違和感を感じますけど、慰めてくれてありがとうごさいます」
「それにその全部が全部悪意って感じでもないでしょう。
あなたの勇敢な行動は9割の人からすればただの見世物だったのかもしれない。
だけど、その中の数少ない1割はきっとあなたの印象が変わったでしょうね。
そう言うワタシも早川君が思っている以上に早川君のことは高く評価しているわ」
「そ、そうなんですね」
「でも、ワタシの好みとは大きく違うからやっぱり――」
「おっと、これ以上は言わせねぇよ!」
俺が言葉で塞げば、先輩は文句を言いたそうに頬を膨らませる。
見た目も相まって幼い行動が余計に可愛さにプラスされて見えるぜ。
だが、これ以上の言葉は防がねばならん。
なんで会って3回目で4回もフラれにゃならんのだ。
先輩は仕方なさそうにため息を吐くと、話題を変えるように手を叩く。
「それで林間学校の話を聞いて思ったのだけど、あなたが勇敢にも行動するほどにはアプローチをする女の子がいるっていうことよね?」
「......はい?」
「それにこれはしっかりとした噂もとい事実で、あなたは上の学年からも注目を集めている久川さんとも仲良いらしいじゃない」
「仲が良いとハッキリ言える自信はないですが、友達ではありますね」
「というわけで、あなたのこれまで恋愛歴を聞かせて欲しいの?」
「......なんて?」
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