第46話 どこ行った? 帰ってこい日常パート

「......」


「......あの、そんなに見られると食べづらいんですが」


「気にしなくて大丈夫よ」


「気にしてるから言った発言なんだけど」


 俺は台所にある食卓の椅子に座って、玲子さんが作ってくれた朝食を食べている。

 そんな様子を彼女は正面に座って頬杖を突きながら眺めてくる。

 特に何をするわけでもなく、無言のまま目を細めてじーっと。

 いっその事目の前でスマホ弄ってくれていた方がありがたいとすら思う。


 それにしても、実に妙な気分だ。

 改めて思うが、どうして玲子さんがここにいて朝食を作っているんだ?

 理由はわかるが、納得するかどうかと言われれば話は別だろう。

 なんせ、俺は彼女にここまで奉仕を受ける義理は特にないのだから。


 確かに、高嶺の花である玲子さんと現状も仲良くできて、さらに言えば過去に繋がりもあるという素晴らしいポジションにいると思う。

 ラブコメで言えば、まさに主人公クラスだ......こんな体形でなければ。


 ともかく、俺は現状でも十分に満足しているのだ。

 世の男子と比べても未来の大女優と仲良くなってるのだから、かなりの幸福者と言えるだろう。


 だからこそ、身に余る幸運はむしろ怖いとすら感じる。

 これだけのデカい幸の山が来れば、釣り合いを取るようにデカい谷も来るのではないかと。


 正直に言わせてくれ。もう林間学校レベルの爆弾処理は嫌である。

 いくら俺の友達であろうと、誰が望んで一度ギスギスした関係になりたいというのだろうか。

 まぁ、あの2つの件は俺というより俺の友達同士が、だけど。


 というわけで、ここからしばらくは日常パートが送りたいんだ。

 デカいリスクを背負ってデカい幸福なんてもんはいいから。

 しかし、そんな願いも林間学校が終わった翌日から壊されたわけで。

 なんだったら、俺が願うよりも先に来たから事後承諾みたいなものよ?


「......ふぅー、ごちそうさまでした。美味しかったよ」


「お粗末様。そう言ってくれて嬉しいわ。だけど、もっと食べなくて良かったの?」


「いくら昨日食べてないからってここで暴食をすると、絶対日常のリズム崩れるからやめておく。

 ま、本音で言えば、せっかく玲子さんが美味しい朝食を作ってくれたからたらふく食べたいけど」


「っ!」


 さすがに言葉がクサ過ぎたか?

 玲子さんの手前、どうしてもどこかカッコつけてしまう男心。


 そんなことを言うと、玲子さんはキラーンと目を輝かせ、さらに輝きのオーラを放った様子で立ち上がる。

 そして、食器が乗っていたトレイを持つと、素早く台所へ。


 相変わらず、玲子さんのエプロン姿は似合うな。

 将来的に彼女が結婚したとして、そしたら誰かがその光景を毎日眺めるわけだろ? やっべぇな。

 その相手はさぞかしイケメンで身長高くて愛妻家で......って誰だそいつ?


 おっと、有名な歌の歌詞みたいな思考回路になっちまった。

 俺がアブラカダブラしたところで現れた夏の魔物は玲子さんのオーラで消し飛ぶだろう。

 つーか、今思ったけど母さんどこ行ったよ?


「玲子さん、母さんどこか行くこと言ってた?」


「確か、ご友人と遊びに行くって言ってたわ。

 だけど、夕食も取らずに寝てしまった拓海君を心配している様子でもあったから、代わりに私がお世話することで手を打ったわ」


 ハァ、俺はまた母さんに心配をかけてしまったか。

 今日は金曜日だけど代休だし土日もあるから、その3日間は母さんの負担が少しでも減るよう家事の手伝いでもするかな。

 まぁ、なんだかんだ世話好きみたいな一面もあるから断られそうな気もするけど。

 ところで――


「それは一体?」


「ん? おかわりのご飯よ」


 玲子さんが戻ってきたと思えば、俺が食べて無くなったお椀やら食器が中身を抱えてリターンしてきた。

 加えて、なぜか玲子さんは向かい側ではなく俺の横に座る。


「何故のおかわり?」


「拓海君が美味しいって言ってくれたから。

 それに本当はまだお腹空いてるのに無理して我慢するのも良くないと思って」


 なるほど、玲子さんなりの気遣いというわけか。

 あっれ~? 断ったはずなんだけどな。

 とはいえ、こんな目を輝かせてる玲子さんの善意を無下にするのもなぁ。


「安心して、私は拓海君が今以上に太ったとしても大丈夫だから」


「いや、俺痩せたいんだけど......」


「お相撲さんも美人な奥さんと結婚すること多いからそれと一緒よ」


「俺を力士レベルまで太らせるご予定が?」


 なんでダイエットしたいって言ってる人にデブエット勧めてくるんだこの人?

 時々、玲子さんの考えてることが本当にわからんのだが。

 つーか、玲子さんってショタコンじゃなかったっけ?


「拓海君、口を開けて。ほら、あーん」


 玲子さんが左手を手皿にし、右手でお肉を掴んだ箸を俺の口元に近づけてくる。

 そんな妙にグイグイくる玲子さんに若干困惑しながらも、逃げ切れないことを悟った俺は素直に口を開けた。

 うん、美味いな......美味いことは確かなんだけどなぁ。


 なんでかわからないが今俺の羞恥心が死んでる。

 というのも、この構図が十代に見えるほどの若い奥さんが太ってる子供を甘やかしているようにしか見えないんだよな。

 もしくは、巣の中で一際成長したひな鳥が親鳥に餌を与えてもらってる様子。


 どちらにしても、この光景がラブコメのドキドキとした雰囲気に感じられないのは完全に見た目のせい。

 見た目って大事ね、本当に。悔しいよ、俺。


「拓海君、涙するほど喜んでもらえて嬉しいわ」


 違います。改めて自分と玲子さんの格差を自覚して落ち込んでるだけです。

 もう少し隣にいても恥ずかしいと思われないような姿になりたい。

 くっ、この悔しさを認めて、自分が未来に向かっための目標を考えろ。

 とりあえず、筋トレの回数を倍にすることは確定だ。


 俺は玲子さんの気の済むままに食事を続ける。

 結局、玲子さんがよそってきた料理を全て食べてしまった。

 これでも若干食い足りないと思ってる俺の胃袋よ。


 玲子さんが食器を洗い始めたので、それぐらい自分でやると進言したもののあっさり断れてしまった。

 むしろ、“ここは自分の領域だから”とでも言うように俺の侵入を許さない。


 妙な申し訳なさを感じつつ、リビングへ。

 ソファに座れば不意にリモコンを手にしてテレビの電源を入れていく。

 あれ? おかしいな? なんか今の感じめっちゃ夫婦の日常にありそうな感じじゃなかった?


 自分の妻役を玲子さんにやってもらうとはおこがましいが、感じてしまったのは仕方ない。

 母さんがいないせいで二人っきりという状況がよりそう感じさせるんだろうな。

 あ、そう考えると妙に緊張して恥ずかしくなってきた。


 なんなら、さっきのあーんのやつもダッシュで羞恥心君が追いかけて来たよ。

 待った―? とでも言うように合流してきたよ。

 そのせいか急激に頭が沸騰してきた。


「いかんいかん、心頭滅却。煩悩過ぎ去れば賢者モード」


 俺は一度大きく深呼吸すると、あえて頭を空っぽにしながらテレビのチャンネルを変えた。

 なんか面白そうだなと思って再放送のドラマを見始めると、どこかドロッとした大人の恋愛のやつだった。

 おっと、なんだかわからないが妙に見てるのが辛いぜ......。


「このドラマ見たことあるわ。妹がよく見てたから」


「へぇ、そうなんだ。というか、妹居たんだ」


「私の2つ下。今度紹介するわ」


「そんな無理しなくていいよ。たまたま街中で会ったらぐらいの感覚でいい」


「遅かれ早かれする予定だったんだけど.......ま、別に焦る必要はないわね」


 そんな自慢な妹なのか? 玲子さんってば意外とシスコンだったり?

 ショタコンにシスコン......字面だけ見てると妙な気分になるけど、悪いことではない......はず。


 玲子さんが「隣、失礼するわ」と言って本当に俺の隣に座ってきた。

 近く感じるのは彼女のパーソナルスペースが近いせいなのか。

 気にしないようにテレビを眺めていれば、ドラマの内容は次第にドロドロとした展開へ変化していく。


 ドラマの内容を簡単に言うとこうだ。

 既婚者の男性に既婚者であると知りながら、妙に気があるような素振りをする女性が男性の住む家へ勝手にやってきた。

 本来なら男性の妻はその日は家にいない予定なのだが、急遽予定を変更したせいで家にいる。

 女性が来ることを知らない男性からしても、突然の訪問に家に妻もいるしで修羅場確定。


 前後の内容を知らないからこれ以上詳しいことは言えないがそんな感じである。

 そして、ついに男性の住む家で浮気候補女性と妻が直接対決。


 正直、こういうドロドロした展開の話は苦手なのでチャンネルを変えたいが、妙に玲子さんが食いついてるから変えづらい――


―――ピンポーン


「ん? 拓海君のお義母さんかしら? いえ、だとすれば普通に家に入ってくるはずよね?

 もしかして、宅急便でも来る予定だった?」


 ......あれれ~? おっかしいぞ~? 今猛烈に胃がキリキリする。

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