第45話 むしろ、試練が続いてる

「だぁ~、疲れた~」


 林間学校の3日目を終えた俺は今、全身から疲労感を溢れ出しながらベッドに倒れ込んだ。

 なんとも怒涛の林間学校だったような気がする。


 まさか林間学校で二つも人間関係でトラブルが起きようとは誰が思うか。

 その気疲れからか、はたまた安堵感からかその日の俺は夕食も食わずに泥のように眠った。


―――翌日


「.....君」


 誰だろう。声が聞こえる。

 声からして女性のような声が聞こえるような気がする。

 しかし、母さんではないみたいだ。声の質が違うし。


「起き......君」


 なんだろう、まるで昔に呼んだ異世界転生の導入みたいな感じだ。

 異世界行きトラックに引かれて気絶しているところを女神に起こされるような。

 まぁ、そういう意味だとしたら自殺した俺もその対象内なのだろうか。


 というか、考えてみればこれまでの俺の過ごしてきた日常ってなんだか夢のようにも感じる。

 俺という人間が心を入れ替えて頑張って、色々な苦難や相手の気持ちを考えながら、人間関係を構築していくというのが。


 実際、夢なのではなかろうか。

 死ぬ間際に見える走馬灯が俺の場合振り返った過去ではなく、俺が望んでいた頭の中のイメージ的な。

 正直な気持ち、そんな感じのような気持ちの方が強い。


 だって、俺は救いの手を差し伸べ続けた母さんの手を振り払い、一人殻に閉じこもっていたんだ。

 もうこれ以上自分が傷つけられない様に、自分が苦しまない様に、周囲の存在は一切の敵と認知して母さんすらも見捨てた。


 そんな俺が気持ち一つで変われるとは思えない。

 あんなドぐされクズが強いメンタルに立ち向かうなんて......そんなことが出来るならとっくに昔から結果は変わってたからな。


 今までのまるでヒーローみたいな動きは、きっと俺の理想を体現したようなイメージに過ぎない。

 考えてみろ? そもそもSFチックなこんな夢に、あの玲子さんまで同じように過去にタイムリープして来たなんて。


 どう考えてもやりすぎの盛り盛り設定だ。

 過去に戻るラブコメが書きたいと思った創作者が、使いこなせるかも分からない設定を適当に詰め込んだみたいじゃないか。


 おかしいだろ、林間学校で二つも人間関係トラブルが起きるって。

 だいたいどんなラブコメでも一つの登場人物に一つのイベントがセオリーだろ。

 頭おかしいんか? 何考えてんだ。絶対今じゃなくて良かったろ。


「起きて、拓海君」


 というわけで、そろそろ夢から覚める時間だ。

 長いこと見続けた自分が頑張る幸せな人生はここでおしまい。


 もし俺が生きていたら、それこそこんな展開クソ盛りのような人生は起こらないけど、せめて閉じこもった殻からは出てみようかな。


「おはよう、拓海君。泣いてるけど大丈夫?」


「......え?」


 俺が霞んだ視界の中で見えたのはいるはずのない玲子さんの顔。

 おかしいな? 俺ってばまだ寝ぼけてるのか?

 つーか、玲子さんじゃなくて常盤レドだろ。


 ぼんやりとした思考のまま体を起こせば、目から頬に伝って涙がこぼれ落ちていく。

 あ、確かに泣いてる。なんでだ? 別に悲しい夢を見ていたわけでもないのに。

 もしかして、本格的に異世界転生でもするのか?


「なんでだろう......夢だと思ってたことが夢じゃなくてホッとしてるのかな?」


「っ!」


「むぐっ!」


 突然顔が柔らかい何かに当たって視界が真っ暗になる。

 同時に、嗅覚に強烈な良いニオイがダイレクトに脳に伝わって、俺の脳は一気に覚醒へと至った。

 そして、状況を理解してすぐに思ったのは――なんだこの状況?


「大丈夫よ、拓海君。あなたは私が守るもの」


「どこの綾〇!?」


 俺が肩を掴んでガッと引き離せば、やっぱりそこには彼女がいた。


「どうしてここに常盤レドが......!?」


「拓海君、やっぱりまだ寝ぼけてる?」


「あ、今はまだその芸名じゃないっけ......ってそうじゃなくて! どうしてうちに!?」


 頭が覚醒しても結局そっちに理解が追いつかない。

 周囲を見渡してもここは確かに俺の部屋だ。

 転生切符が渡される神の玉座でも、デスゲームが始まりそうな謎の空間でもない。


「拓海君のお義母さんに入れてもらったわ」


「いや、ここにいる経緯を来てるわけじゃなくて......」


「来ちゃった☆」


「時々、玲子さんのその謎の行動力が怖いよ」


 それに無表情で目元にピースサイン掲げたって......あ、でも、雰囲気でキラーンしたのわかったわ。

 ついでにキャピっていう効果音も聞こえた気がする。

 つーか、その言い回しは若干古いでっせ。


 俺が困惑していると、玲子さんは「冗談はともかく」と言いながらサッとベッドに座った。

 Oh......あんまし不用意に男子のベッドに座ってはいけないぜ、玲子さんよ。


 野郎のベッドはとにかく汚れてるもんだ。

 言っておくが、一切ナニもしてないぞ!

 そんな暇無かったからな!


「今日の私の目的は林間学校の功労者である拓海君を癒しに来たの」


「癒し......? 俺って玲子さんにそれほどまでに労われるほど何かした覚えないけど」


「例え私にしたことじゃなくてもその頑張りはずっと見てから。

 でも、たまには息抜きは必要だと思うの。

 だから、私がマッサージで拓海君の疲れを取ってあげようかと思って」


 そう言って玲子さんは手をワキワキさせる。

 なんだろう、その手の動きのせいで内容が一気にディープなものに聞こえる。


 玲子さん的には適当に脳内の片隅にでもあっただろう何かの印象を考えなしにやった行動だろう。


「なんだっけ? メンズエステって言うんだっけ?」


「う、うん......間違っては無い」


 ただ、俺の思考が汚れちまってるからその意味が純粋な意味として捉えることが出来ない。

 というか、大体そっちの意味で捉えるのが普通! 良い意味は割合が低い!


 くっ、これ以上は考えるな!

 これは俺がゲンキングの家に泊まった時と同じ状況だ!

 つーか、玲子さんが来たことでかえって体も心も休まらねぇ!


 やっぱり断ろう......出来る限りやんわりと。

 玲子さんには申し訳ないけど、変な夢を見たせいか俺の心がまともじゃないから、魔が差して変なことをしてしまいかねない。

 なんせ相手は日本中を魅了した大女優常盤レドなんだから。


「で、でも、大丈夫かな。ほら、俺って筋トレやってるじゃん?

 それを続けていたおかげか、寝たらだいぶ超回復するようになったんだよ」


 ホントはめっちゃガタガタだよ。

 全身筋肉痛過ぎて今こうやって体を起こしてるのも辛い。

 しかし、それを悟られるわけにはいかない。

 玲子さん、変なところで頑固だから。


「そう......私じゃ拓海君の役に立てないのね」


「......」


 うぐっ! そんなあからさまにシュンとした顔しないで!

 危うくお願いしそうになったじゃん!

 だが、ここは心を鬼にしてでも止めねばなるまい。

 俺の抜身の銃口が彼女を襲ってしまわないように!


―――ぐぅ~~~~


「あっ」


 俺のお腹が盛大にお腹を鳴らした。

 チラッと時刻を確認してみれば、時刻は朝の10時。

 確か昨日帰ってきたのが夜の19時ぐらいだったから......おいおい、俺ってばどんだけ寝てんのよ。

 そりゃ、お腹すくよ。ただでさえ夕飯食ってないのに。


「拓海君、お腹空いてるの?」


「あぁ、実は昨日から何も食べてなくて......ってなんでそんな目を輝かせてるの?」


「私が作ってあげるわ」


「え? いや、いいって――あっ!」


 俺がルンルンに動き出す玲子さんに手を伸ばせば、筋肉痛で体重を支えていた腕がガクンと曲がった。

 直後、上半身はベッドから落ちていく。

 その時、俺は咄嗟に伸ばした手で何か支えを掴もうと、足掻いた――その結果。


―――ズル


「あっ」


 俺は玲子さんのロングスカートの裾を掴んでいた。

 そして見えるは、神聖なる男子禁制の領域......み、水色のレース。

 って、俺はいつまで掴んでんだ!?


「ごめ......グフッ!」


 手を放せば、頭から床に落ちていく。

 Oh......これは男子禁制を覗いた相応しい罰だ。鼻がめっちゃ痛ぇ。


 そんな俺に対し、玲子さんは冷静にスカートをもとの位置に上げると、しゃがんで俺を見た。


「そういうのはまだ早いわ。それとやっぱりガタガタみたいね。ご飯食べた後にマッサージしてあげる」


「..............へ?」


 そんな通常運転の玲子さんに俺は目が点となった。

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