第43話 一緒に探しに行こう
「本来、羨ましがることなんてないはずだった。
俺はお前らと違って恵まれた環境にいて、望んだものが手に入り、金にも食事にも不自由しない。
誰もが羨む金持ち生活を楽しんでいたんだ......もっとも、それはお前らの主観だけどな」
「お前にとっちゃただの日常だもんな」
「あぁ、ただ生活に不自由しないだけの生き方に不自由な当たり前の日常だったさ」
散りばめられた宝石のように輝く星空の下。
まるでこの世界にたった二人しかいなくなったかのような静寂な空間。
時折遊びに来る風に髪の毛を揺らされながら隼人の話を聞いていた。
「お前らにはわからないだろうが、金持ち生まれも結局息苦しいだけなんだ。
親は俺を道具としか見てないし、その道具がしっかりと自分の理想通りに動くように英才教育という名の躾を施される。
それが満足に達成できなければ段々興味を失われ、やがて見捨てられる」
「そんな生き方をお前はしてきたのか?」
「慣れて、擦れて.......歪むほどには」
そう言って隼人は星空を羨ましそうに見つめながら、堰を切ったように自分の過去を話し始めた。
その内容は俺がおおよそ抱いていた漫画の中の金持ちという感じではなく、生まれた時から社会の歯車として機能するように強制されたような生き方だった。
その生き方はきっと今の俺にも出来るかはわからない。いや、きっと出来ない。
なぜなら、俺は現時点で隼人ほどのスペックはないからだ。
隼人は常にニット帽子を被っていて口も悪ければ態度も悪い男だが、五月のテスト順位を見せてもらえば平然と1位を取るほど頭が良い。
とはいえ、それは所詮高校1年生の取るに足らない成績だ。
それは俺も理解してる。
だが、俺が勉強の息抜きにふざけて出したネットにあった難関大学の問題すらも、コイツはあくびをしながら解いてしまった時は俺も唖然とした。
一問だけじゃない。複数出してみたが、それすらも問題文を見た瞬間から片っ端から解いていく。
それほどまでに優秀だと分かった時には、生きる世界を間違えてるとさえ思った。
それでいて、大地ほどではないが高校1年生ながらに178センチという高身長。
遠くに置いてあるゴミ箱に飲み干した空き缶を蹴りで、俺の分も合わせて二回連続で平然と入れるほどには運動神経もイカレてる。
俺からしても隼人という男は性格を除けば、男のあらゆる長所をかき集めたような超人なのだ。
それほどの男が擦れてやさぐれるまでには自分に自信を無くしている。
まるで俺が望む全てを持っているような男が、だ。
とてもじゃないが俺はその人生を真似できないとわからされた。
「なんつーか、俺はお前はいつも口が悪くて態度がデカい、さらにプライドもデカい男だと思ってたわ。
でも、それって俺はお前の表面しか見れてなかったわけだよな。ごめん」
「謝ることでもねぇだろ。
そう見えているのが全てだし、実際俺もそういう態度でずっと過ごしてきた。
そんでもって、こんな俺だからこそ俺はお前らが羨ましかった」
「まさに隣の芝生は青く見えるってやつだな」
「そういうことだな。
俺はお前らより多くのものを持って生まれたのかもしれない。
だが、それを得る代わりに失ったものも多かった。
やっすいハリボテのプライド引っ提げて、自分はお前らと違うと見栄を張っても、孤独なことには変わりなかった」
隼人は“選ばれた人間”という洗脳に近いような教育によって、年齢に見合わない増長したプライドを抱えた子供となった。
それは結果的に、同年代の子を低能のバカと嘲笑い友達を作る機会を消して、さらに自ら近づけさせないような壁を作ることになってしまった。
本来なら親に甘えてるような時期だろう。
なんだったら、今の俺でさえ母さんには頭が上がらないで甘えてることばかりだ。
しかし、隼人はそんな親に甘える権利を親から拒絶されてしまった。
故に、親がやらなければいけないようなことも彼は自分の力でしなければいけなかった。
それは良い様に捉えれば「自立」という言葉で片付くだろう。
しかし、それでそんな早くに彼が立ってしまったのなら、これから彼は一体何を指標にして歩き始めればいいのだろうか。
その役目は本来親の役目であろう。
親が見せる背中を見て、子供は追うように成長し、やがて自分なりの考えを持って、目指す目的を見つけて歩き始めるってな感じで。
ま、俺が親の立場なんて言えた義理じゃないがな。
俺は母さんが示してくれた歩きやすい道を目から逸らして、ガキのようにその場にうずくまり、誰かが気にかけてくれるのを待ってただけだ。
変える気なんて一切ないくせに、誰かが俺を助けてくれるのを待った。
誰かが「お前が必要なんだ」って、「お前がいなきゃダメなんだ」って。
この世界は俺が消えようと明日へ動いていくような世界なのに。
俺はこの世界に俺がいなきゃ世界が止まる歯車であると思い続けた。
それは当然現実逃避のための都合のいい考えだ。
少し話は脱線したが、ともかく俺が言いたいのは隼人はまだ俺のように逃げてないってことだ。
もちろん、隼人の立場を考えれば逃げられないのかもしれないし、プライド的にも逃げたくないのかもしれない。
ただ一つ事実なのは、隼人は今もなおここにいるということだ。
全てを逃げ出して自分だけが世界で一番不幸だと思い込んでるクソガキではない。
どんなに擦れて口が悪くなろうとも、態度が悪くなろうとも、コイツは目の前にいる。
「隼人、お前は昔の自分と同じと思うか?」
「そりゃそうだろ。俺は結局何も変わって――」
「俺という友達がいるのにか?」
「......っ!」
隼人は言葉に詰まったような顔をした。
おっと、ここはまだ俺のターンだぜ?
「昔のお前には友達がいなかった。
お前が思う相手も、逆に相手がお前を友達と思う相手もいなかった。
だが、今は違う。お前がどう思おうと俺は一方的にお前の友達だと思ってる。
勝手に俺の友達を辞めれてると思ってんじゃねぇぞ? 俺はしつこい男だからな」
「......」
「それとお前、案外家族好きなんだな」
隼人は眉を寄せた。
「は? なんで急にそんな話に――」
「だって、お前今だって随分と従順に学校通ってんじゃねぇか。
お前が愛情をくれなかった親を憎んでいるなら、自分の欲しいものを全て持っていった姉を憎んでいるなら、もっと家族に泥を塗る方法はあったはずだ。
けど、それをお前はしなかった。
ということは、まだどこかでやり直せる機会を望んでるんじゃないか?」
「......それは」
隼人は目を逸らすが、俺は言葉を続ける。
「もっと自信を持てよ。お前はお前自身を嫌ってるみたいだが、むしろ俺はお前のそういう苦労してる部分が見れて好感度が上がったぜ?」
「っ!」
「ま、そう簡単に行けるもんじゃないとはわかってる。
俺も俺自身を自信を持って好きだって言える人間じゃない」
だけど、こんな自分でも自分なんだ。
この体に魂が宿っちまったのならこの体で生きていくしかない。
だから、俺は自分が好きになれるような努力を続けてる。
「というわけで、一緒にどうだ?
自分を好きになる努力をする仲間にならないか?」
そう聞くと隼人はそっとニット帽を目深に被り、その上からそっと目元を手で覆った。
僅かに涙でうわずったような声で返答する。
「......お前の好感度が上がったところで何も嬉しくねぇよ」
「素直じゃねぇな~。初めて出来た友達だろ? もっと喜べよ」
「うるせぇ......」
隼人は鼻をズズッとすすり、ニット帽を上げるような仕草で誤魔化すように親指で涙を拭った。
そして、心底めんどくさい人間を相手にしているかのように大きなため息を吐く。
「.......だが、仕方ねぇから俺がその気持ち悪りぃ同好会に参加してやるよ。
で、目的は“自分が自分を好きになること”ってことでいいか?」
「全くわかりやすいほどのツンデレめ。すっかりやる気満々じゃねぇか」
「うるせぇ、やらねぇなら辞めるぞ」
「んじゃ、部長よろ」
「テメェが創設者なんだからテメェがやれ」
そんな他愛のない会話がしばらく続いた。
その会話の中で隼人が随分と柔らかく笑うようになった。
たぶんだけど......俺はようやく隼人と正式な友達になれたんだと思う。
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