第40話 可哀そうな人

 ほんと今回の林間学校は予定外のことが起き、予想外の展開が広がって俺がやろうとしていたことなんてまともに出来ていない。

 そもそも隼人に対して友達作らせようなんて難しいことは想定してた。

 してたが、今の環境なら行けると思った。隼人も空太も良い奴だし。


 しかし、その自信も今思えば一体どこから出ていたんだろうってな。

 ゲンキングの時だって過信で見事に俺が出来ることなんて何もなくなったじゃないか。

 まぁ、それとは全然ベクトルが違うんだけど。


 ところで、昼食のカレーを終えてから本来やる予定が変更してハイキングになった。

 何をやろうとしてたっけ? わからん。

 そんなことよりもハイキングという名の登山のせいでまたもや膝に来てる。


 うちの担任じゃないどこかの体育教師がそれは見事なエネルギッシュに溢れた人のせいで、これに決まってしまったわけだが......誰が好き好んで夜のキャンプファイヤーまでに往復の弾丸登山したがるんだよ。やめてくれよ。


 何が空腹は最高のスパイス、だ? 空腹以前に疲れ切って食欲湧かねぇよ。

 クッソ、隼人はケガで部屋で待機なのが羨ましい。

 この際、一人で暇してる方がまだマシだ。

 これ絶対、明日から数日間筋肉痛で動けないコースじゃねぇか。


 ダラダラと流れる汗を適宜タオルで拭いながら、死んだ魚のような目で目の前を見る。

 そこには同じようにうなだれて猫背になった生徒の死屍累々ともいうべき姿。

 ここはもはや亡者の参列だ。もしくは行き場を失って彷徨うゾンビ。


 とにかく死んだ空気であることには変わりない。

 なんだか疲れすぎて悟りの境地を開きそうだよ。

 少しでもいいから足を動かし、足に溜まった疲労を感じない様に思考を巡らせていく。


 なんでもいい、何か考えてこの時間を潰せ。

 ただし、出来ることは目に映る木々にナ〇トキャラを思い浮かべて木から木へと伝って移動していくイメージのみ。


「拓海君、大丈夫?」


「うぇ? 玲子さん......?」


 全身がヘドロのようなものにまみれたデブキャラボスのようになっていると、突然隣から玲子さんが声をかけてきた。

 女子が現れるとなると、なんかふと意識してカッコつけてしまうのが男の性というもの。

 俺は溶けだしたヘドロを元に戻して人間状態を維持しながら返答した。


「正直、だいじょばない。全身が辛い。けど、それはみんな一緒だからという精神で頑張ってる。

 玲子さんの方は? それから、ゲンキングの様子も」


「私もさすがに疲れたわ。こうなった原因に対して恨んでるところよ」


「なんと堂々した歯に衣着せぬ物言い......さすがっす」


「それと、唯華の方は今薊君に面倒見てもらってる。

 日立君も見てたようだし丁度いいから押し付けて来たわ」


「それはもう少しオブラートに言おうぜ」


 そんな言葉聞いたらゲンキングまた泣いちゃうよ?

 まぁ、初日の沢登りの時を思い返せば、もうすでにグロッキー状態だろうし覚えてない可能性高いけど。


「そういえば、飯盒炊飯の時に薊君や金城君と話していたようだけど解決したの?

 金城君、一応同じ席には着いてご飯食べてたけど」


「あ~、それか」


 玲子さんの言う通り、実の所、金城が俺達と一緒に飯を囲ったのだ。

 これは普段の金城の行動からしたらまずありえないことで、なんとなくアイツなりの罪意識の表れだったりするんじゃないかと思った。


 ケガしててもプライドの高さが変わることもないし、俺としても離れて食べるだろうアイツのために出来たカレーを持っていく準備自体はしていたのだけど、それがまさか要らなくなるのは予想外。

 まぁ、一言も話さずにサッサと食べ終わると、俺を補助に呼びつけて帰って行ったけど。


「いや、まだしっかりと解決したわけじゃないけど、良い兆しは見えた気がする。

 悪いな、心配かけて。もっとワイワイ話しながら食事したかったろ?」


「そうね、金城君があんな安いプライドを掲げてなければもっと楽しかったわ。

 とはいえ、今の金城君を見てても調子狂うだけだから早く戻って欲しいけれど」


 相変わらず金城相手には容赦のない言葉で......しかし、なんだかんだで心配してる側面はあるんだな。

 これがクーデレというやつだろうか?


 しかし、そっか......考えてみれば玲子さんって一度目の人生では金城と婚約発表してたよな?

 聞いた時は美男美女で何か通じ合うものあったんだろうって思ってたんだけど、今の彼女からすれば金城と結婚するとは思えない。


 結婚するに至った動機があるはずだよな?

 少なからず、それって人生を大きく左右するはずだから、その時の金城の内面とかも知ってて結婚に踏み切ったわけだし。


「玲子さん、一つ聞きたいことがある。言いたくなかったら言わなくて――」


「なんでも言って。答えるわ」


「わ、わかった。玲子さんって確か金城との結婚の話があったけど......」


 そう話を切り出せば玲子さんは明らかに不快そうな顔をした。

 ここまで表情が変わるのも珍しい。

 俺はすぐ話を切ろうとしたが、玲子さんは渋々答えてくれた。


「あれは金城君が半ば強引にやったことよ。私としては一度も心を許したことは無い。体もよ!?」


「あ、うん、そうなんだ......」


 そこを強調されても俺はなんて答えれば?


「私は私のヒーローを傷つけた人を許すつもりは無い。

 ただ、その時の彼の様子は今でも思い出せてハッキリ言えるわ――可哀そうな人だって」


 可哀そうな人? あの金城が?


「どういうこと?」


「そうね......言うなれば、今よりももっと酷くなった感じかしら。

 自分以外誰も信じられなくなっていて、そのくせ自分にも失望している様子で半ば自暴自棄になってる感じ。

 中途半端にスペックが高いから彼の抱えてる悩みに誰も気づいてあげれないし、彼自身も近づく人を拒絶してたから余計に可哀そうで無様だったわ」


「だけど、金城は玲子さんには強引に婚約を進めるまでには行動したんだよな?」


「それは今の彼が言う通り私の中にある“価値”しか見ていなかったからよ。

 言わば、私との結婚は私を道具として使って自分にも価値があるんだと慰めるものでしかない。

 憐れで可哀そうな人......それが私が一度目の人生で見て来た金城隼人君の姿よ」


 今の俺からすれば考えもつかないことだ。しかし、それも当然かとは思う。

 なぜなら、俺はアイツにイジメられていた時のアイツしか知らないのだから。

 今だってアイツと関わるようになってようやく2か月が経とうとしてるぐらい。

 そりゃ、知らなくて当然か。


 だけど今、俺は玲子さんから言わば俺と同じように破滅した人生を生きる隼人という姿を認識した。


 それがいつどういうキッカケでそういう風になったのかはわからない。

 しかし、知ってしまってそのままにしておくというのも、それは酷な行動だろう。

 だから、俺はもう一度話をしなければいけないと思った。


*****


―――とある一室


 青年は自分の過去を振り返っていた。

 青年は日本でも屈指の金持ちの間に生まれ、それはそれは何不自由ない暮らしに生まれてきた。

 しかし、それが当たり前であるその青年にとって、それは何の得であることではない。


 むしろ、不自由とさえ思った。

 英才教育として様々なことを教え込まれ、やがて跡取りとなるために様々な考え方を強制されたから。


 そんな青年には姉がいた。優秀な姉だった。それは青年が憎く思うほどに。

 青年は姉に比べて要領が悪く、物覚えが悪く、勉強が不得意だった。

 運動は出来たがそれは今後の人生に必要ないと却下された。


 どんなことをしても姉の方が優秀で、両親からたくさん愛される姉。

 跡取りとして男を望んでいた父親からすれば、青年は失望の対象だった。


 青年は不出来の烙印を押され、褒めてもらうことなんてほとんどなかった。

 見返したかった、褒められたかった、愛されたかった。

 その一心で取り組んでも姉に勝てることは何一つなかった。


 そんな事実に青年は失望した。

 親にではない。

 優れた所が一つもない自分にだ。


 自分に価値がないから、他人に価値を求めるようになった。

 その価値ある存在を自分が見出したとなれば、自分は価値を見出すという価値があることになり、それなら両親にも認めてもらえるかと思ったから。


 青年は成長した。

 それに合わせて上流階級のプライドと英才教育によって凝り固まった考え方ばかりが肥大化していき、自分より努力も足掻きもしていない人物を否定するようになった。


 価値がないと決めつけ、自分の方が上であることに優越感を抱くようにもなった。

 それでしか自分の心をまともに保てそうになかったから。


 また、思春期になれば幾度となく考えた――自分がこの家で生まれなかったらどうなっていただろう、と。


 自分が苦悩で苦痛を味わっている時に、低能は同い年は平然と遊んだり、バカみたいに騒ぎあっている。

 それを何度バカにしたことか。そして、何度羨ましいと感じたことか。


 楽しそうに歩く連中を見かけては、そこになんとなく自分の姿をそっと想像して......子供のような思考を払うように頭を横に振る。

 ねじり曲がったプライドがその思考を良しとしなかった。


 そんな擦れた心にヒビが入り、日々かけられる親からの重圧、バカにしていた連中を羨ましがる感情に板挟みになりに押しつぶされそうとなった時――思いがけぬ出会いがあった。


「......チッ、嫌な夢見た」


 寝転がる青年はうんざりとした顔でため息を吐くと、時間だけを潰すように再び目を閉じた。

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