第39話 僅かな糸口

 時はお昼時。そんな時に行われようとしているのは飯盒炊飯だ。

 内容はグループによる協力したカレー作りとなっているが、どう考えても協力できる雰囲気ではない。


 先生から内容と材料を説明された後、俺、大地、空太の三人と隼人との間には明らかな溝が出来てしまった。


 そんな空気は早くも玲子さんとゲンキングの方にも伝わってしまったようで、気にしてない素振りをしているけど、時折様子をチラ見してるのでわかる。


 俺達は大まかな役割を決めると、すぐさまカレー作りに取り掛かった。

 その際、隼人が一人になりたがってるように焚火の番を申し出たので、俺達はその申し出を受理した。

 隼人はケガしてたけど本人がやりたがってたので。


「悪い! ついカッとなっちまって」


「俺は別にいいけどよ......」


 俺はかまどのようなところで一人座っている隼人をチラ見ながら、顔の前で両手を合わせる大地の謝罪を聞いていた。

 ちなみに、俺達がいるのは机のあるベンチだ。

 向かい合う形で座っている。


 食材切りは玲子さん、ゲンキング、空太に任せている。

 人数多すぎても邪魔だろうしな。

 意外にも空太は料理が出来るらしい......意外にも。


「にしても、なんたって急に噛みついたんだ?

 なんというか、いつものお前らしくなかったというか」


 その質問に大地は「あ~」と頬をかき、苦笑いしながら答えてくれた。


「簡単に言えば、アイツの態度にムカついたんだ」


「いつも全然気にして無さそうに見えるのに......意外と気にしてたのか?」


「そうだな、俺に対するというより拓海――お前に対してだ」


「俺に対して?」


 俺は首を傾げる。

 隼人の態度に関しては慣れてしまって気にしたことがない。

 しかし、大地は違うそうで――


「アイツの口も態度も悪いことは知ってた。

 だから、それは今更気にするようなことじゃない。

 だが、アイツにとっても唯一の友達であるお前に対して、横柄な態度を取ってるのが気に入らなかった」


 まぁ、今更だけど。


「だって、お前は隼人のためを思って行動してるのに、アイツは余計なお世話として受け取っていて。

 そのくせ、自分が困ったような状況になると味方としてお前を呼ぶ。

 ハッキリ言ってやってることが小物クセェんだよな」


「ほんとにハッキリ言うな~」


 まさかあの能天気そうな大地がここまで周りを見ていたなんて少し意外。

 そして、コイツも俺のことを考えてくれて言ってくれたのだと思うと嬉しくなる。

 とはいえ、それはそれ。

 大地と隼人の間に溝が出来てしまったことには変わりない。


 大地は息を吐き、頬杖をつけば言った。


「俺も今思えば放っておけば良かったと思ってるよ。

 だが結局、こう噛みついちまってるのが如何にもガキって感じだよな。

 それにアイツにとっても触れられたくない部分だったからあんなにキレたんだと思うと、俺にも非があるから謝りたいと思ってる」


「だが、隼人が如何にもA〇フィールド全開で近づけさせないと?」


「なんかわからないが、そんな感じだ」


 まぁ、隼人はもともと他人と距離を取ろうとしている節があったからな。

 自分より低能の奴と仲良くなんてするか! 的な。

 俺がアイツとの繋がりを持ってるのだって、アイツに価値を見出されたからであって。


 さて、どうやってこのケンカにピリオドをつけるかだ。

 とりあえず、隼人が焚火の前で一人座っている間にアイツからも話を聞くか。

 なんか俺ってば、俺以外の周りで起こった問題を処理すること多くない?


 俺はベンチから立ち上がると隼人の方へと向かった。

 焚火の前でボーっとしている奴の横に立つと、すぐに話しかけずに同じように焚火を眺めていく。

 今日は天候がいいもんで焚火の前は尚更熱いな~、と思っていると、突然奴が口火を切った。


「悪かったな、殴って。わざとじゃなかった」


 俺は目を見開く。若干鳥肌も立った。

 は、隼人が謝った!? まるでク〇ラが立ったみたいな感じ方をしてしまった。

 だが、コイツのプライドはベ〇ータ並みなのでやっぱり想定外のことに思える。

 だって、ベ〇ータも謝った回数なんて極端に少なかったろ? そもそもあったっけ?


「お前にも謝る機能がついてるなんて意外だな」


「前に言ったはずだ。価値のあるものを傷つけるのは俺のポリシーに反するってな」


 確かに言ってたな。すっかり忘れてたわ。

 ってことは、俺を殴ったからコイツはその直後に青ざめたような顔をしたってのか?


 辻褄は合うけどなんか違う気がする。

 なんかわからないけど、殴るつもりはなくて殴ってしまったことに対しての方が妙にしっくりくるんだよな。


「ま、気にすんなよ。俺も久々に殴られてやっぱり暴力って痛てぇなって再確認したところだ。

 だから、余計に他の人に絶対にしちゃいけねぇと思った」


「......俺はあのクズとも一緒になっちまったのか?」


 隼人がぼーっと揺らめく炎を見つめながら、ボソッと言った。

 瞬間、俺が隼人が初めて自分の気持ちを吐露した気がした。

 そのおかげで奴の苦しみが少しだけわかった。


 奴が今悩んでいるのは俺を殴ったことに対してもそうだけど、それと同じぐらいに殴ったことに関してだ。

 それは奴がずっと内心でバカにしていたイジメグループと、“同列になってしまったのはないか”ということだ。


 ほら、良く言うだろ?

 相手の悪口に同じように悪口で返したら同じ土俵に立つことになるって。

 人が自分の方が偉いと優位性を見出すために作りだした言葉であり。

 自分の方が凄い、自分の方が正しいと自己暗示するような言葉でもあり。


 それが隼人にとって“殴る”という行動が、俺に暴力を振るっていたイジメグループとの違いを見せるところだった。

 なるほど、通りで隼人がイジメが始まってもすぐに殴って来なかったわけだ。


 自分が殴ってしまえばゴミと評価した存在と同じ土俵に立って、自分もゴミになることを恐れたんだな。


 しかし、その自己ルールを自分で破ってしまった。

 しかも、頭に血が上ってという最悪な形でもって。

 その自己嫌悪が今の隼人を苦しめている正体。

 とりあえず、大地と仲直りして欲しいが、一先ず隼人のメンタルケアの方が大事か。


「俺は別に思わねぇよ。

 例え、仲の良い人にだって自分の知られたくないことぐらい誰にでもあるだろ。

 それを守ろうとして殴るっていう暴力的な行動で出てしまったのが悪いだけだ。

 お前が起こったのだって自分が触れたくない話題になりそうだったからだろ?」


「......」


「それにさ、そんなこと思うってことは“自分も少なからずクズだ”っていう自覚があるんじゃねぇのか?」


「っ! どういう意味だ!?」


 隼人が俺の方を向いて語気を強めて反応した。

 ようやくこっちを見たか。


「そのままの意味だ。そして、そういうとこだぞ。図星だから突かれて痛いんだろ?

 それを改善しようとする努力をしなければお前はいつまで経っても変われないぞ」


「.......お前は俺が全く努力してないとでもっ!?」


「お前がどんな努力をしてるかは俺にはわからん。

 だが、それは結果が出て初めて評価されるものだろ?

 良い様に取り繕って“仮定が大事だ”なんて言ったって意味ない。

 それがちゃんと評価されるのは結果を見た後なんだから」


「......っ」


 隼人は言い返す言葉も無いのか口を閉じていく。

 その反面、両拳を握って悔しさを表していた。


 この言葉は隼人に言ったように思えて、実は俺に対しても言ってる言葉でもある。


 今の俺は恵まれた環境になって甘えてるだけの存在。

 変わるためにはどんなに時間をかけても努力を怠ってはいけない。


「その結果が出るのは明日か1か月後か1年後かは俺にもわからん。

 俺がお前に価値を示そうと努力しているのも、いくら過程を頑張ったところで結果を伴わなければ意味ない。

 俺が思うに、“努力”ってのはを指す言葉であって、自分の頑張りを主張するための言葉じゃないんだ。残酷にもな」


「なら、お前はその結果が表れるまで努力し続けるってことか? どのくらいかかろうとも」


「そうだな。お前からは特に期間も設けられてないし、お前に見限られるまでは頑張ろうと思うよ。

 どんなに時間がかかろうとも、俺はこの人生を変えるって決めたんだからな」


「っ!」


 隼人は何か衝撃を受けたような顔で俺を見た。

 そしてすぐに、焚火の方へと視線を移していけば、突然立ち上がる。


「少し一人になる。出来たら呼べ。それぐらいなら付き合ってやる」


 そう言って隼人はその場を離れていった。

 痛い足を庇って歩き方が変になりながら。


「......少しは素直になったかな」


 そのタッパがデカいくせに小さな背中を見てそう感じた。

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