第37話 二日目の出来事

 小鳥のさえずりが聞こえる朝、目覚ましの音ともに俺起床。

 昨日は一日色々あったが、俺の本来の目的は隼人に友達を作らせるということ。


 またお節介を焼きすぎて昨日みたいな拗らせ方するかもしれないけど、アイツの場合はこれぐらい強引の方がいい気がするからその方針で行く。


 俺は朝食を済ませると、全体でのラジオ体操。

 なんでこう、林間学校だと必ず朝に体操するのか?

 疑問には思うが考えるほどではないのでサラーッと流す。

 迎えるは二日目最初のプログラムだ。


 その名も「オリエンテーリング」。

 知らない人に説明すると“地図とコンパスを利用して、山野に設置されたポイントをスタート視点から順番に巡ってゴールする”という競技。

 競技であるために本来はゴールまでの時間を競い合うのだが、今回は時間内にゴールすればいい。


 そして、今回そのオリエンテーリングに挑むメンバーは玲子さん、ゲンキング、大地、空太、隼人、俺の6人だ。ま、林間学校前に組んだメンバーだな。

 余談だが、スタート地点が違うので他の班を追っていくというは出来ない。

 出来てもつまらんからしないけど。


 プログラムがスタートすると、早速俺達は地図とコンパスでもって最初のポイントがある場所を探し始めた。

 俺が地図を持ち、玲子さんがコンパスを持って全員であーじゃね? こーじゃね?と言いながら話し合う。


 ま、全員と言っても隼人を除いた全員だけど。

 アイツはポケットに手を突っ込みながらどこか見てるし。

 目的地に印をつけるとそこに向かっていく。

 その間に俺は隼人へと話しかけていった。


「お前、もう少しやる気出せよ。せめてどんな話してるか聞くぐらいはさ」


「なんて俺がこんなもんやらなくちゃいけねぇんだよ。

 本当だったらこんなとこにもいたくねぇよ」


 めんどくさそうにため息を吐く隼人。

 オーラからやる気の無さが滲み出てやがる。


「なんでって......そりゃ、クラスメイトとより仲良くなるためって感じじゃないか?

 学校生活が始まったといってもまだ二か月しか経ってないわけだし」


「俺は馴れ合わなくても一人で大概のことは出来る。誰かを必要とする必要はない」


「なら、お前一人ですら荷が重いことだったらどうすんだよ」


「そんな時は金を払えばいいんだよ。仕事に対する対価としてな。金さえ払えば大概誰でも動く」


 それって......お前がピンチに陥ったら誰も救ってくれねぇだろ?

 それに金だけで動く人間て......その人傭兵か何かですか?


「つーか、それってお前の金なのか? 親の権力と金を振りまいてるだけじゃないよな?」


「......っせぇな」


 図星かよ。まぁ、想像にはついてたから驚きはしないけど。

 親の金って全然自分の金じゃねぇぞ?

 俺も経験したことあるが、それで威張ってるうちは必ず最後に泣きを見る。

 俺がそのお金で“生かされていた”と知った時はどんだけ後悔したことか。


「お、一つ目のポイント見えて来たぞ」


 大地の声に振り向くと、木々の間に斜め射線が入った正方形の下の三角形がオレンジ色に塗られている標識らしきものを見つけた。

 説明された時に言われた標識と一致する。

 あれで間違いないだろう。


「んじゃ、次探そうぜ――」


 大地が地図を広げて二つ目のポイントを探し始める。

 その行動に合わせるように玲子さん、ゲンキング、空太も参加していく。

 そんな光景を見ながら俺は隼人に声をかけた。


「ほら、お前も参加するぞ」


「しつけぇんだよ。ほっとけよ。テメェ、また昨日みたいに恥晒させるぞ」


「今の俺に失うものはない......わけではないけど、そんなことで俺が怯むと思うなよ?

 俺はお前の味方でもあるんだからな」


 ギリッと睨む隼人。

 怖気づに見返せば、そっぽ向いて小さく呟いた。


「小せぇデ〇デ大王が......」


「せめてワド〇ディにしろ」


「テメェにそんな上等な評価するわけねぇだろ」


 コイツの基準の中じゃデデデ〇王<ワ〇ルディなんだ。

 あれか? ビジュアルの可愛さか?

 結局、隼人を話し合いに参加させることは出来ず、2つ目のチェックポイントへ。

 その後、3つ目、4つ目も隼人は一人の蚊帳の外。

 というか、自ら蚊帳の外に出てる。


 他の皆に隼人の態度について少し聞いてみれば、「あっちから来るのを待つ」という静観の姿勢であった。

 なるほど、どうりでさっきから隼人を呼ばないわけか。

 だけど、それはアイツが寂しがり屋でハブられてることに疎外感を感じて来ればの話だけどな。


 そんな時、ちょっとしたアクシデントが起きた。

 それは5つ目のチェックポイントを探している時のことだ。

 そこは傾斜になっていて、加えて土が少しサラサラしているような地質の場所で、さらに木の根っこが所どころ地表に浮き出てるような場所だった。


 出来る限り歩きやすい場所を探しているが、どうにもこうにも近くには見つからない。

 結局、諦め半分で悪路を歩くことになった。大変、膝にも悪い。


「おい、こんな場所で本当に合ってんのか? どう見たって獣道じゃねぇか」


「ご、ごめんね。わたしがこっちの方が早いかもとか言っちゃったから」


 隼人の荒い口調にゲンキングが少しビクついた様子で返答する。


「.......合ってりゃいいんだよ」


 隼人は目を背けて言った。

 さしものアイツでも直接女子に対してはそこまでの暴言は吐かないか。


 相変わらずそっぽ向きながら歩く隼人は突然チラッと正面を見る。

 瞬間、慌てた様子で「危ねぇ!」と叫んだ。

 突然の出来事に先頭を歩いていた俺は咄嗟に振り返る。

 すると、玲子さんが足を滑らせたようで後ろ向きに倒れていくではないか。


 斜面での転倒だ。それも凸凹と根っこが浮き出た場所。

 色んなところを打ち付けて、そのまま転がっていく可能性すらある。

 反応が遅れて動き出しに時間がかかってしまった俺達に対し、隼人がすかさず駆け寄る。

 隼人は玲子さんの背中をキャッチして、抱えたまま地面に尻もちをついた。


「っ!」


 隼人が一瞬表情を歪めた。

 そんな彼に玲子さんが感謝を言って、表情に気付いたのか様子を尋ねていく。


「金城君、ありがとう。大丈夫?」


「これぐらいどうってこともねぇよ」


 心配する玲子さんをよそに隼人はサッと言った。

 表情からも大したことなので本当のように思えてしまうが......一瞬何かを痛がったような表情を見たのは気のせいだろうか。


「隼人、大丈夫か?」


「だから、大したことねぇって」


 俺が手を差し出せば、隼人はその手を払って近くの木に手をかけて立ち上がる。

 その時も立ち上がり方が少し変だった。

 右足を庇っているような、そんな感じで。

 俺は隼人が何か隠してるような気がして、注意深く観察することにした。


 それから、7つ目のチェックポイントを探している時、さすがの隼人の強がりも限界を見せた。

 俺が隼人を確認すれば、一人最後尾を歩くのはいつものこととして、表情が明らかに苦痛を表していたのだ。

 奴は額に脂汗を流し、眉を寄せ、口の端を歪めている。

 俺は立ち止まると、すぐさま隼人に聞く。


「おい、隼人。正直に言え、右足痛いんだろ?」


 その質問に全員が反応してこちらを見る。

 しかし、当然のように隼人は強がった。


「ハァ? 何言ってんだ。何もねぇって言ってんだろ。ちゃんと聞けよゴミが」


 隼人は嘲笑するように表情を作る。しかし、口の端が僅かにヒクついている。

 汗の量も一人だけ異様に多い。いつも涼しい顔する癖にだ。

 ......ハァ、なんたってどいつもこいつも強がるやつばっかなんだ。


「そんな強い言葉に今更俺がビビると思ってんのか? だったら、俺に無事なことを確認させろ」


「チッ......おい、勝手に触んな! 離れろ」


「ハァ、これで痛くねぇはさすがに強がりだろ」


 隼人の右足のジャージの裾を捲れば、足首が少し腫れている。

 恐らく玲子さんをキャッチした時に捻挫したのだろう。

 見た感じ内出血の様子とかない。症状が軽くて良かった。

 俺は裾を離せば、隼人の顔を見て言う。


「途中だけど、ゴールに向かおう。隼人をこのままにしておけないし」


「だから、いい加減に人の話聞けよ! 俺は痛くねぇって――」


 隼人がギリッと歯を噛み、声を荒げる。

 貴様にターンなどやらん!

 俺は遮って言い返した。


「人の話聞いてほしかったら、まずはお前が俺の話を聞け。

 そうじゃないなら、こっちも勝手にやらせてもらう。

 大地、空太、俺は身長が足りないから頼む」


「ガッテン承知!」


「任せろ」


「お、おい、放せ――くっ」


 そして、隼人は大地と空太に肩を組まれてそのまま連行されていった。

 思いのほか痛みがあるのか抵抗虚しくって様子だ。ドンマイ。


「ごめん、突然決めちゃった。事後承諾になるけどいい?」


「えぇ、大丈夫よ。金城君がケガしたのは私のせいだから」


「そんなことないよ! だったら、こっちだって決めたわたしの方で......」


 玲子さんが胸に手を当て目を背け、そんな彼女を庇うようにゲンキングが表情を曇らせて言った。

 そんな二人に俺は両手を前に出し待ったをかける。


「ストップ、ここで誰が悪いと決めたって仕方ないよ。

 それに隼人はあんな性格だが、誰かを責めるようなタイプじゃないからな。俺達も戻ろう」


 俺は二人にそう言うと、先に歩いていく三人の後を追った。

 さて、グループ活動を機に隼人に友達を作らせようと思ったけど、これは少し予想してない展開になったな。

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