第36話 これはこれで何事?

 なんだろう、すっごく緊張する。

 一人歩き出した玲子さんを追いかけようとしたら、なぜかゲンキングに止められて今は二人っきり。


 ということは、何か話したいことがあるのだと思っていたのだけど、全く話してこないし。

 かといって、全く気にしてないわけではないらしく、さっきからチラチラ見てくるし。

 わからない。最近女の子がわからない。


「その......ゲンキング? どうしたの?」


 俺が沈黙を打ち破るように聞いてみれば、彼女はそっと答えてくれた。


「早ちゃんに謝罪と感謝の言葉を言いたくて」


「謝罪? 感謝?」


 はて、なんのことだろうか?

 正直、ゲンキングに謝られることも感謝されることもした覚えがないんだけど?


 俺が首を傾げていれば、彼女は手元をモジモジと動かしながら言った。


「まずは早ちゃんがわたしを助けようとしてペアになろうって言ってくれたのを断ったこと......ごめんなさい」


「あれか、全く持ってゲンキングが謝る要素無くないか?

 今思えば俺がゲンキングの気持ちを考えずにお節介をし続けた結果の罰なだけであって。

 むしろ、謝るのは俺の方だよ。ゲンキングを巻き込んだんだから」


「でも――」


 何か言いたそうなゲンキングを遮って、俺はサムズアップをかます。


「ならさ、これまでもいつも通りによろしく頼むよ。

 何か手伝って欲しいことがあったら俺に言ってくれ。すぐに駆け付けるからさ」


「っ!」


 俺は笑顔を向けて言ってみせた。

 色々解決した今、一番自然な笑顔が出来てるかもしれない。

 まぁ、ゲンキングのことなら俺に頼む以前に他の友達が手伝ってくれそうだけど。


「......ずるいよ、その言葉は」


―――ビュ~~~!


「うわっ、急に強い風! 」


 急な強い風にゲンキングが何か言ったような気がしたけど聞こえなかった。

 な、なんだ? 今までこんな強い風吹かなかったのに。

 あ、そういや、今肝試し最中だっけ。


「何か言った?」


「ずるいって言った」


 俺が聞き返せば、ゲンキングは顔を赤らめながらむムスッとした目つきで言った。

 ん? 何が? 前後の脈絡がわからず言われると、また俺がなんかやったのかって思っちゃうんだけど。


 ゲンキングは俺を見て肩を諫めれば、再び口を開いて次の話題へ。


「でさ、感謝したいってことは早ちゃんがわたしに残してくれた言葉のこと。

 サメちゃん先生から聞いたよ」


 その言葉に妙な恥ずかしさを感じる。

 あの先生が本当に言うなんてな......というか、わざわざ掘り返さなくてもいいのに。


「あ~、その......もう俺じゃ何もできない気がしたからせめて言葉だけ残したって感じで。

 あの言葉も玲子さんから受け売りみたいなもんなんだ。

 俺もその言葉に不思議と力を貰ってさ――」


「今はレイちゃんの話はいい。例え、ソースがレイちゃんだとしても、早ちゃんの言葉に勇気を貰ったのは確かなんだから。だから、感謝させて! ありがと!」


「お、おう......どういたしまして」


 ゲンキングがまくし立てて言ってくる。その迫力にこっちびっくり。

 しかも、玲子さんの話題出したからてっきり乗ってくるかと思っていたけど、まさかゲンキングの方から話題を切るなんて。

 玲子さん全肯定Bodだと思ってたからちょっと意外。


「わたしさ、本当は早ちゃんがわたしを助けようとしてくれてるのすっごく嬉しかったんだ。

 断っておいてこんなこと言うのも変なんだけどね。

 本当は根暗なのに無理してキャラ作って周りに良く見せようとしているのは、やっぱり辛い部分もあったんだ」


 ゲンキングが自分の気持ちを吐露し始めた。

 彼女の目線は下へ向き、顔を俯かせる。


「バレて皆にどう思われるのか怖かった。

 イメージと違うとか、そんな軽い言葉でもわたしの心は傷ついてしまう気がした。

 わたしのこの努力キャラが可哀そうに思われるのがとても......嫌だった」


 確かに、誰かに嘘をつき続けるというのはしんどいだろうな。

 いつバレるかたまったものじゃないし。

 それに素を見せないというのは人を信用してないとも捉えかねられない。


「だから、早ちゃんにバレちゃった時、ヤバいって思った反面協力者が出来たようで実は心強かった。

 なのに、ごめんね、断っちゃって。そして、改めてずっと味方でいてくれてありがとう」


 ゲンキングは顔を上げれば笑顔で言った。

 その笑顔はまさによく見る太陽神だ。

 ついに天照が天岩戸からお出になられたぞー!


「俺なんかで助けになれるならそれで良かったよ。

 今更ながら、ダウナーさんのこと言って良かったのか?

 あれって、自分が自分であるための努力だったんじゃない?」


「あ~、大丈夫だよ。今回のことでわたしはまだまだレイちゃんの隣にいる人間としてふさわしくない、努力し続けなければいけないって思ったから。

 それに自分が努力の形さえしっかりわかっていれば、言うのも問題ないかなって。ま、信用できる人限定だけど」


「ってことは、俺は信用できる相手ってことだ」


「早ちゃんのは単にバレただけだけどね」


 ですよね。


 ゲンキングは調子を取り戻したのか、手を後ろに組み、膝を伸ばしながら軽快に歩く。


「本当にありがとうね。ここまで優しくされたことなかったから」


「お、そうなのか。なら、俺は誰かに手を差し伸べられる優しい人間に一歩進めたってことだ」


 なろうと思って意識してたわけじゃないが、そう言われたのなら素直に喜ぼうではないか。嬉しー!


 そんな内心ニマニマの俺にゲンキングは少し前かがみになれば、イタズラっぽい笑みで言った。


「でも、優しい人じゃモテないって言うよ?」


「いいさ、俺は誰にでも優しい人間になる」


 ま、それが過去に逃げてきた俺の罪滅ぼしになるだろうから。

 それに誰かに手を差し伸べてもらいたければ、まず自分からってな。


「......まぁ、わたしにお節介かけてる時点で無理だろうけどね」


「なんか言った?」


「絶対無理」


「まさかの強めの否定」


 それから、俺達は二人で肝試しを体験した。

 といっても、もはや気分はただのナイトハイクだが。

 それはそれとして、文句を言いたいことが一つ。


 俺がフライパンとお玉だけしか常備を許されなかったのに対し、飛び出して出てくるお化けは渋谷のハロウィン仮装なみのクオリティがあった何さ。

 圧倒的な道具の格差よ!

 いくら音を鳴らすだけで驚かすとはいえさ!

 差が天と地ほどあるけど!?


 俺はお化け役をやっていたので、若干ネタバレを食らっているので驚かなかったが、チラッと隣を見てみればゲンキングも全く驚いてる様子はなかった。

 なんなら、出て来たお化け役と一緒にツーショット撮りそうなテンションだった。

 全然怖がりちゃうやんけ。


「ゲンキング、怖がりなんじゃなかったの?

 自分でも言うぐらいだから俺、色々心配してたんだけど」


「ふふっ、実は早ちゃんおかげで全然怖い気持ちにならないのだ!

 というわけで、わたしの内なる陰キャも出て来ない!

 むしろ、楽しい気分ですらある! ありがとう早ちゃん!」


「そ、そうなの? 俺なんかでそんな気持ちになるなら全然いいんだけど」


 ま、眩しい。真っ暗な外なのにゲンキングの背後から後光が差している。

 相変わらず演じてる割には良い笑顔だよな。

 いや、こっちももしかしたら彼女のなのかもな。


 ハァ、にしても今日の一日は疲れたな。

 まさかこんなことになるなんて。

 玲子さんとゲンキングが喧嘩別れなんて世界の終りに等しいからな。

 それが俺の犠牲で防げたとなると、なんだか自分が勇者であると勘違いしてしまいそうだ。


 そして、肝試しのルートが残り半分ぐらいに差し迫ったところでゲンキングの様子が変わった。


「じ~~~~っ」


 ん? なんだろう? なんかさっきからゲンキングがこっちを見てる気がする。

 俺はあえて顔を向けずに視線の端で確認しているけど......え、ほんとに何?

 俺のジャージのへんな虫でもついてる? それを気にしてる?


「なぁ、ゲンキング、どうしたんだ?」


「ひゃぁっ!?」


 俺が意を決して声をかければ、ゲンキングは肝試しの中で一番大きな驚き声を出した。

 え、俺が声をかけるのって飛び出してくるお化け役よりもホラーってこと?


「本当にどうしたんだ?」


「な、なんでもないよ!? 全然、これっぽちも、まだ未遂だから!」


「お主、何をしようとしたのだ?」


 そう問い詰めても顔を赤らめ慌てた様子で首を横に振り「何でもない」と繰り返すばかり。

 ふ~ん、そっかそっか。何でもないか。


 俺が顔を戻すと再びそっと近づいて来る。

 サッと顔を向ければプイっと逸らされた。

 こ、こやつ、やっぱ何かする気じゃないか。


 数回繰り返してもまるでリ〇ム天国のように顔を逸らされるので諦めて前を向く。

 案の定、俺に少しずつ近づいて来る。

 全くこの人は俺に一体何を――!?


 お、おおお俺の左手に別の手が重なっていく!?

 お化けか!? いや、現実逃避すんな!

 これどう考えたってゲンキングの手......ってこの人、さらに指を絡めて!?

 こ、こここ、これ完全に恋人つなぎってやつ!

 俺でも知ってる! でも、なぜ⁉⁉


「げ、ゲンキングさん!? 一体何ごとで!?」


「~~~~~っ」


 そう聞いてみれば、ゲンキングは口元をもう片方の手で隠しそっぽ向くばかり。

 その表情は赤く熟したリンゴのように真っ赤で、耳までしっかりと色づいている。


 そんないつにも増して見ることのないゲンキングの様子に、俺も恥ずかしさと困惑の津波で情緒がめちゃくちゃだ。

 ま、まさかおおお、おでに女子と手を繋ぐ日が来ようとは......。


「こ、こうした方が楽しいと友達から聞いて......」


 絶対嘘だ。嘘だー!

 ゲンキングの友達は彼女が玲子さんLOVEであることを知っているはず。

 もしかして玲子さんにする前の事前練習?

 そうだよな? そうだと言ってくれ!


 今にも俺の羞恥心が爆発しそうだ!

 もうすでに脳内で隕石落ちた地球の爆発ムービーが流れてるんだから!

 外に出るのも時間の問題なのよ!


 それに俺はまだまだビジュアルも性格も良くないんだ!

 せめて、せめてそっちが整ってから! せめて痩せてからにして!

 くっ、我慢だ! 今の俺に必要なのは我慢の時間だ!


「そ、それとさ......これから早ちゃんのこと“拓ちゃん”って呼ぼうと思ってるんだけど良い?」


「っ!?」


 ボンッと頭に水蒸気爆発が起こった気がした。

 これまでここまで女子と接近したことが過去にあっただろうか。

 いや、無い。無い無い無い、あるわけない!

 俺の一度目の人生は汚物にまみれたような思いでしかないんだから!

 あったとすれば、それだけでもう少し違った人生送れてたと思うぐらい!


 もはや肝試しどころではなかった。

 全然怖がるとか出来ない。

 お化け役の人すらも明らかに気を遣ったような驚かし方だし。

 ある意味、こんな光景を玲子さんに見られた方がよっぽどの肝試し――っ!?


 フラグは安易に言うことなかれ。そう思った時には後の祭り。

 まるで未来に帰るトラ〇クスを見送るベ〇ータのように木に寄りかかった状態で玲子さんが待っていた。

 すっごい様になってる。様になってるからこその圧倒的なオーラ感。


「ゲンキング、これやばい奴......って、あれ? まさかの継続!?」


 ゲンキングは全く放す気配も無く、俺と手を繋いだまま堂々と玲子さんに向かっていく。

 そして、仕舞には挑戦者を迎えるように腕を組んで仁王立ちする玲子さんの前に立った。

 あの、俺......もう解放とか......あ、無し?


「唯華、私、ここまでしていいと言った覚えないんだけど?」


「まぁ、つい勢いでって感じで。気にしないでよ」


 全然勢いじゃなかったけどね。

 バリバリしっかりと狙ってたけどね。


「それにさ、別にレイちゃんが怒ることでもないんじゃない?」


 あれー? ゲンキングさん? 目の前にいるのあなたの神ですよ!

 神! 楯突いちゃダメ!

 太陽神の神! え、何その神!?

 あー、もう緊張で頭が回んねぇー!


 すると、その返答に玲子さんは笑った。


「ふふっ、いいわね。なんだか本音で話せてる感じがして」


「わたしもだよ。本当は打ち明けるつもりなかったんだけど、今は言って良かったと思ってる」


 剣呑な雰囲気はどこへやら。

 まるで休み時間に話すような雰囲気の軽さに戻って行く。

 ホッ、一触即発かと思ったけどそうじゃなかったみたい。


 にしても、ゲンキングは一体いつまで手を繋いでいるのだろうか。

 そろそろ手汗とガチでやばい気がするんで、放していただけるとありがたいんですが。


「それじゃ、私達も行きましょ。確か三人組でも問題なかったようだから」


 そう言って玲子さんはそっと俺のもう片方の手を握った。

 それも恋人繋ぎ。ん? ん!?


 俺が二度見してしまったのは言うまでもない。

 なんなら、握られた手と玲子さんの顔を何度か往復して見たよ。


 そんな俺に対して、二人は俺の存在を忘れてるかのように話し始めた。

 それからゴール直前まで、俺はまるで捕まえらた宇宙人グレイのような感じで、心中はずっと困惑したままだった。

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