第32話 全てを失ったわけじゃない

「ダハハハハ! くっそダセェ! ギャハハハ!」


 場所は俺が寝泊まりする施設の一室。

 そこには俺、隼人、大地、空太の4人がいて、先ほどあった夕食での悲惨な結末に対して隼人が盛大に笑っていた。


 そんな隼人の様子に大地が「笑ってやるなよ」と言うが、正直笑い話になった方がいいぐらいの大失敗だ。

 ものの見事にカウンターを食らった。


「俺はお前の行動スゲーって思ったぜ。度胸ありすぎだって。普通じゃ出来ねぇ」


「うん、アレは漢だった。並み大抵の勇気じゃ行動に出来ない」


 笑う隼人をよそに大地と空太がフォローをかけてくる。

 その優しさが嬉しいが少し傷口に沁みる。少し......痛い。


 それにさすがの俺もメンブレを起こしているのか、彼らの優しさが友達だから気を遣った言葉を送っているように感じられて辛い。

 俺のクソな性格の面が出てしまっている。嫌だなぁ、俺って奴は。


「今のお前の評価、面白いことになってるぜ。

 底辺のゴミを見て愉悦に浸るバカが発情期のサルのように騒いでいる」


 隼人がスマホを片手で操作しながらそう言ってる。

 大方、SNSかグループチャットのようなもので、話している内容を見ているのだろう。

 ポケットWi-Fiとかあれば山の中でもスマホ使えるしな。

 大地と空太もその言葉を聞いてスマホで確認し始める。

 俺は確認したくないなぁ。この状態でエゴサは心に来る。


「隼人の口めっちゃ悪い......と思っていたが、案外言い得て妙だな。あの行動を笑えるか?」


「何にも知らないし関係ない人からしたら、ただのダサいイベントでしかないからな。

 ただでさえ、山の中という時点で娯楽が制限されてるんだ。

 これほど面白いことは話のネタとしてあがる......客観的に見ればな」


「そ、そうなのか......」


 空太の言葉に大地が少し不満そうにしながらも納得していく。

 どんなことであれ友達がバカにされてるのは許せないって感じだ。

 その時、隼人は相変わらずスマホを見ながら別の話題も出してきた。


「だがその一方で、もう一つ話題に上がってることがあるな。

 一言で言えば、“炎上中の今にもブタの丸焼きになりそうなお前に手を差し伸べた慈愛なる女神様”だ」


 その言葉を聞いてすぐにピンときた。

 それについては、俺のゲンキングへの変則的告白が失敗に終わった時に戻る必要がある。


 俺がゲンキングを誘えずに固まり、空気が盛大に死んでいった時、そばにやってきた玲子さんが俺にそっと手を差し伸べた。


 俺がその状況から生き延びるにはその手を取るしか選択肢が無く、惨めな気持ちで誘いに乗った。

 この行動は俺というバカな存在をかき消すほどの盛り上がり方をした。

 まさに惨めな底辺に慈愛の手を差し伸べるって感じで。


 玲子さんは単純に俺を助けようとした行動なのだろう。

 しかし、それが結果的に玲子さんという人間を聖人と評価し、対比するように俺という人間を愚者と評価した。


 これまでの俺の頑張って上げてたクラス内評価はまたしても底辺に逆戻り。

 ま、そもそも俺がどの位置に所属していたかも定かじゃないが、高くないことは確かだろう。


「ハァ、気にすんな。所詮、俺達と関わりのない連中が勝手に面白がってるだけだ。風呂行こうぜ」


「数は普通に脅威だけどな。だが、風呂には賛成だ。汗嫌い。林間学校に風呂があって良かった」


 大地と空太が風呂に行く準備をして立ち上がるので、俺も同じように準備し始める。

 しかし、その時でも隼人は一切動かずスマホを眺めているばかり。


「お前は行かないのか?」


「俺のような存在が下のお前らと風呂なんざ入るかよ。

 クラス交代までに入りゃいいんだからな」


「そっか。学級委員として他クラスに迷惑かけるなよ」


 俺は歩き出し、部屋を出ようとドアノブに手をかける。

 しかし、すぐには出ずにそのままの姿勢で隼人に話しかけた。


「俺は......お前にまだ価値を示せてるのか?」


「あ? ハッ、もしかしてさっきのやらかしでビビってる?

 だったら、最近調子乗ってたお前に対する良い灸になったんじゃ――」


「そん言葉はどうでもいい。俺はお前への態度を改めるつもりはない。

 ただ聞かせて欲しいだけだ――俺はお前の友達でいれてるのかを」


 隼人へと振り向き、真っ直ぐの視線で聞いてみた。

 その時、初めてアイツと目が合った。


「......俺に友達の定義を求めんなよ。

 少なからず言えることは、俺とゴミどもじゃ見る目が違う。

 前にも言っただろう? 今のお前への投資は未来の俺に対する投資だってことをな」


 なるほど、要約すると友達でいてくれるんだな。


「めんどくせぇ遠回しな言葉使いやがって。

 確かに今回のは堪えたがそれで俺が立ち止まるとは思わないことだな。

 お前に対する態度もお節介もいつも以上にかけてやる」


 しかし、それはそれとして今は考えるべきことがある。


「なら、この状況に対する俺の助けはいらないと?」


「あったりめぇだ。お前の場合火に油注ぐ結果になるかもしれないしな。

 それに今のお前は俺を面白がっている。

 面白いことには手を貸さないんだろ?」


「俺のことよくわかってんじゃん」


 俺はその言葉を聞くと部屋を出た。

 すると、大地と空太が廊下で待っていた。

 あれ? てっきり先に行ってるとばかり。


「どうしたんだこんな所で?」


「どうしたって......さすがにお前を放っておけるほどクソじゃねぇよ」


「お前の行動は見ていて飽きない」


「......ありがとう、助かるよ」


 正直、いなくても俺の行動は変わらなかっただろう。

 どうせ底辺の俺がすることは這い上がるという行動一択なのだから。

 だけど、味方がいるということがこんなにも心強いとはな。

 おかげで気持ちも思ったより早く回復してきた。

 もうさっきの出来事は笑い話に出来そうだな。


 俺達は肝試しについて話し始めた。

 内容は俺が結果的に玲子さんというペアと組んだということだ。

 元気さんという守衛がいたとはいえ、ワンちゃんを狙っていた男子も多いだろう。


「おい見ろ、アイツがあの時の――」

「あぁ、見た見た。あれは傑作だったな。

 だけど、これで分かったろ。デブが調子乗って良いことないって」

「でも、その結果あの美少女とペアになったんだろ? そう考えるとムカつく」


 こんな話や――


「あーあ、俺もデブになりたい人生だった。そうすれば、あの美少女とペアになれたんだろ?」

「といっても、あのたった一回だけだろ? だったら無いわ~。

 どうせ可哀そうだから手を差し伸べただけだって。本人も絶対嫌だろうし」


 そんな話や――


「あ、あの人だよ。久川さん可哀そう~」

「凄いよね、あんなデブを助けるために自らを犠牲にするなんて」

「私、絶対無理~。っていうか、関わりたくない」


 といった話が廊下を歩いて行く度にすれ違いざまに聞こえてくる。

 う~ん、慣れてきたから大丈夫だけど、完全に振り出しに戻った感じだな。

 いや、むしろマイナスか? まぁ、なんにせよ。頑張るしかないわけで。


「でさ、そのバスケ選手が凄いのよ。3ポイントシュートをポンポン入れてくわけ」


「お前もそうなりたい人生だったな」


「おい、勝手に俺の人生を終わらせんな。まだわかんねぇだろうが」


 その一方で、この二人は全く気にして内容で話し続けてる。

 そっか、別に振り出しってわけでもないか。

 こんな俺でも味方でいてくれる二人がいる。


 俺は浴場に入ると、すぐさま視線を集めたがもうそんな視線は気にならなかった。

 それよりも俺は考えるべきことがある。

 それは結局ゲンキングの問題を解決できていないということだ。


「う~ん、何か良い方法はないものか......」


 俺は風呂場に行けば、体を洗いながら考え続けた。

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