第31話 惨めなイキりデブ

 ゲンキングの誘いを受け、俺が答えようとしたまさにその時、俺達のところに玲子さんが現れた。

 玲子さんはゲンキングを心配したように声をかけていく。雰囲気からもわかる。

 だが、その声かけはあまりにも間が悪かった。


 そんな俺の考えがわかるようにゲンキングはすぐさま答えた。

 ある意味いつもの姿となって。


「ううん、大丈夫だよ。まぁ、強いて言うならすこーし疲れちゃっただけだから」


「......」


「ゲンキング......」


「だからさ!」


 ゲンキングはバッとその場に立ち上がると、俺に向かって言った。


「さっきの話、無しね!」


 嘘と思えないような作り笑顔でもって俺を見る。

 そして、この場から逃げるように走り出してしまった。

 そんな彼女の姿を見ながら、俺はただ立ち尽くすことしか出来なかった。


「拓海君、唯華大丈夫なの?」


 玲子さんが心配そうに聞いてくる。

 それに対し、俺はすぐに言葉が出て来なかった。

 肝試しはよっぽどのことが無い限り基本全員参加だ。

 つまり、強がるであろうゲンキングはそのイベントには必ず参加する。


 ここで俺がゲンキングと組まないということは、彼女の隠している素性がバレてしまうということだ。

 彼女のためにもそれだけは防がなければいけない。


「追って」


「え?」


 突然の言葉に聞き返すと、玲子さんはゲンキングが走り去った方を見ながら言葉を続けた。


「何か話してたんでしょ? そして、それは拓海君と唯華に関係すること。

 だったら、私が安易に聞きに行っても拗らせるだけ。

 解決できるのは拓海君しかいない。違う?」


「......あぁ、その通りだと思う」


 俺は玲子さんの言葉に頷いた。

 そうだ、ここは追いかけてでもゲンキングに寄り添うべきだ。

 そんなわかりきったことを玲子さんから悟られるまで気づかなかったなんて。

 まだまだ友達関係に関しても勉強することが多いかもな。


「ありがとう。行ってくる」


 俺は玲子さんにお礼を言うと、すぐさまゲンキングが走った方向に移動し始めた。

 探し始めてから数分後、怖いのが苦手なくせに外にある木々に囲まれた公衆トイレの裏側に彼女はいた。


「やっと見つけた......」


「早ちゃん......追いかけなくても良かったのに」


 ゲンキングは自分を抱きしめるように両腕を抱えて、壁に力なく寄りかかっていた。


「そうはいかないだろ」


 俺はすぐさま言った。

 あんな貼り付けたような笑顔......まるでイジメられていた頃の俺が母さんに見せていた時の笑顔とそっくりじゃないか。

 例え他の人からしたら大したようなことじゃなくても、ゲンキングからしたら大きなことだから困ってるんだろ?


「ゲンキング、俺......さっきの続きを言わせてくれ」


「さっき? あぁ、だから、その話は無しってことになったじゃん」


「あんな無くなり方ありかよ」


 俺の言葉にゲンキングはハハッと乾いた笑いをする。


「こんなもんだよ。こんなもん。それよりも、さっきのレイちゃんの用事は聞いたの? 大方、同じだと思うけど」


「聞いてないけど......同じこと?」


 俺が聞き返すと、ゲンキングは「早ちゃんも大概鈍感だなぁ~」と呟いて答えた。


「レイちゃんは誘おうとしてたんだよ。早ちゃんをペアの相手にね」


「まさか」


「ならさ、賭けをしようよ。わたしが言ったことが正しければレイちゃんの誘いに乗って。

 わたしが負けたら早ちゃんの言う通りにするから」


 さすがに察しの悪い俺でもわかる。

 これはきっと出来レースだ。勝敗はすでに決まってる。

 しかし、それがわかっていて俺はなんと声をかければ良かったのだろうか。


 今の彼女の目からは揺るがぬ意志を感じる。

 きっと俺がこれからどんな言葉を並べ立てたって聞く耳を持たないだろう。

 そんな彼女の防御姿勢を破る言葉すべなど今の俺に持っているのか。


「本当にそれでいいのか?

 どう見てもずっと苦しんでるのはそっちの方だ。

 俺に出来ることはほとんど無いかもしれない。

 だけど、俺が君を救いたいと思ってる。

 それでも助けは要らないのか?」


「......ありがとう、早ちゃん。でも、わたしの幸せはレイちゃんが楽しそうにしてる事だから」


 明らかな作った笑み。目元が全然笑ってない。

 玲子さんが楽しむことを望んでいるのが本心だとしても、それは真にゲンキングを救うことにはならない。

 理解している。でも――


「......わかった」


 弱い俺にはラブコメの主人公強い人の行動は取れなかった。

 言葉が思いつかなかった。

 救えないとどこかで悟ってしまった。

 弱気な心で持って、弱い思考で持って、俺は......。


 結局、ゲンキングに言いくるめられて俺は逃げて帰ってきた。

 なんという惨めさだろうか。

 何も出来ないことがこんなに無力だなんて。

 わかってる、きっと他にも方法があったことぐらい......今になれば。


 いざ、必要な時に手を差し伸べられない今の俺はきっと昔と変わらない。

 最近、変わり始めてたと調子乗り始めていたのだろうか。

 俺のどんな言動なら彼女に届いただろうか。


「拓海君、どうだった?」


「......大丈夫、話しはしてきたから」


 玲子さんはじっと俺を見る。

 俺はそっと目を逸らした。


「そういえば、玲子さんは? 俺かゲンキングに用があったとか?」


 そう聞けば、玲子さんの口から放たれた言葉は勝負の結果であった。


「私は肝試しのペアとして誘おうと思っただけよ」


「そっか。なら、ありがたく誘いを受けようかな」


「......」


 こうすることが正解だったのかと思うと疑問になるが、俺が今取れる行動はこれぐらいしかなかった。


 ゲンキングは推しである玲子さんが楽しんでいる姿を見て元気を貰えると言った。

 なら、俺が玲子さんを楽しませれば彼女は元気になるだろう。

 と、思えればどんなに楽だったろうか。

 結局、何も解決してないんだから。


――いや、そうじゃねぇだろ!


 心の中の俺がそう叫んだ気がした。

 瞬間、俺の目がハッと覚める。


 思考を止めるな。

 こんな結果で終わることを俺は良しとするのか? するわけねぇ!

 思考を意識しろ。思考は言動になり、言動は行動になる。

 今の俺はまさに弱い思考でもって出来上がった負け犬だ。

 それを変えるのも当然思考だ。


 ゲンキング、そっちがその気ならこっちだってやってやるぞ。

 思考イメージを変えたことで俺に一つの作戦が思いついた。

 正直、これまでの俺の頑張りを無駄にするかもしれないが、それでもやってやる。


「玲子さん、やっぱりごめん。俺、組みたい相手がいるんだ」


「......そう、わかったわ。良い顔になったわね」


 玲子さんの口の端が僅かに上がった。

 どうやら玲子さんに気を遣わせてしまったようだな。

 優柔不断な態度で返事をしてごめん。

 必ずこのお詫びはするから。


 俺は気持ちを切り替えると、彼女に背を向けて歩き出す。

 周囲を見渡して探すは当然、ゲンキングだ。

 彼女の姿を見つけると、どうやら気持ちの整理がついた様子で他の女子としゃべってる。

 今からそこに行くわけだが、正直めちゃくちゃ恥ずかしい。


 童貞故の女子に話しかける気まずさというのか。

 これからすることの緊張も相まって立ち止まりたい気分だ。

 しかし、すでに何十年も生き恥を晒して生きてきた以上、一体これ以上の恥はあろうか。

 後の心配なんていい。今必要なのはは前に踏み出す一歩だ。


「ゲンキング......いえ、元気さん」


「え?」


 俺はゲンキングのそばに近づくと、すぐに声をかけた。

 さぁ、とくと見よ! 俺の全力アピールを!


「俺と肝試しのペアになってください!」


「.......へ?」


 まるでロマンティックなプロポーズをするかのように片膝をついて大声で言ってみせた。

 当然、そんな俺の行動はゲンキングからすれば予想外で驚いている。

 そして、俺の声によってたくさんの注目が集まった。


 俺の作戦はこうだ。

 まず俺が大声で言うことで周囲の生徒の注目を集める。

 また、肝試しのペアという言葉を強調したことで男女間の意識を強くさせる。

 それによって、断りにくい空気を作り出すのだ。


 これは一種の告白も同じだ。

 全く関係性を知らない人からすればただのイベントに過ぎないが、少なからず俺がよくしゃべってる相手と知っているクラスメイトならこれが恋愛の告白だと思うはず。


 しかし、俺の目的は当然それではない。

 ゲンキングの素を隠すためのペアになるため行動だ。

 正直、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 だけど、俺の身を削って彼女の秘密が守れるなら安いものだろう。


 それに機転が利くゲンキングのことだ、「友達としてなら特別になってあげる」とか言ってくれたなら、この場はデブがイキって告白した結果頑張ったで賞が与えられたとかで笑いの空気になるかもしれない。


「ごめんなさい。またいつかね」


「え?」


 俺は一瞬耳を疑った。

 ゲンキングの表情を見てみれば、俺の行動にとても申し訳なさそうにしている。

 とても苦しそうに。出来ればこんなことしたくなかったと伝えてるようで。


 あまりの空気にこの場は静まり返る。

 イキったデブが堂々と醜態を晒しただけの結果となったのだ。

 もはや地獄の空気感でしかない。


「なら、私がペアになるわ」


 その時、凛とした声が響き渡った。

 固まった生徒達の間を通り抜け、颯爽と歩いてくる人物。

 彼女は俺に目線を合わせるようにしゃがむ。


 その時、俺はゲンキングの断った意味を悟った。

 そうか、完全にしてやられた。

 ゲンキングが断った意味はここにある。

 断ったことで出来上がるペア。

 それ即ち――俺を見捨てない絶対的な味方のことだ。


「拓海君はどうする?」


 玲子さんは俺に優しくそう言った。

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