第30話 この展開は予想してなかった

 沢登りが終わって俺達は無事にキャンプ地まで辿り着いていた。

 その頃には俺の膝も自力で歩けるぐらいには回復していて、一先ずの安堵を得た。

 時間帯もちょうどお昼頃といった感じで、そのまま昼食タイムに入っていく。


「さすがに死屍累々だな。全員顔が死んでる」


「まぁ、さすがにキツかったからな。序盤はしゃべれたとしても長くは持たねぇって」


「で、死んでるのはこっちにも二人いると」


 その二人とは当然空太とゲンキングの二人である。

 二人とも木製の長椅子に座りながらテーブルに突っ伏している。

 疲れすぎて食欲が湧かないって感じだった。

 ゾンビってこんな感じなのかなって思わせるような疲れっぷりだな。


「玲子さんは大丈夫だった?」


 俺がおにぎりを食べながら聞いてみると普段と変わらない表情で答えてくれた。


「そうね、あの頃と違って体力が落ちたから辛かったわ。ただの苦行ね」


 あの頃......女優時代の時か。

 確かにそういう人達って役作りのために長期間トレーニングに励んだりするもんな。

 そう考えると玲子さんも過去に戻ってそのバフが切れた感じでキツいのか。


「まぁ、二泊三日を通しても一番辛いのはこれだろうし。もうこれ以上に辛いことは無いと思うよ」


「そうだな。強いて言えばオリエンテーリングだろうけど、あれは別にタイム競う感じじゃないしな」


 俺がそう言えば、大地が続けて言ってきた。

 その言葉を聞いた玲子さんの雰囲気が変化する。


「そうね。拓海君の言葉を聞いたら元気が出てきたわ。ありがとう」


「あれ、俺は?」


 あ、玲子さんの気だるげな雰囲気がシャキッとした雰囲気に変わった。

 心なしか表情にもテンションの差が現れてるかも。なんか観察眼上がってない?


「そういや、隼人の奴はどこ行ったんだ?」


 大地がキョロキョロしながら言うので、サッと返す。


「さ、知らね。でも、そのうち帰ってくるだろ」


「なんか野良猫みたいな言い方ね」


 玲子さんのツッコむなんてな。

 でも、あながち間違ってもいない気がする。

 ただ、アイツが猫耳つけた姿とか毛ほども想像したくないが。


 その後、午後では施設の人に挨拶をした後に森の案内人から様々な自然の紹介だったり、丸太で作られたアスレチックを体験したりした。

 一番興奮したのはジップラインだった。あれはやばい。超楽しい。


 夕食は森の案内人によるバーベキューだった。

 クラス分のバーベキュー一体どこからそんな予算が出てるのか全く分からんが、やってくれるというのならありがたく頂戴しよう。

 まぁ、うちの学校は割と大きいし、なぜか隼人がいるしな。


 森の案内人が焼いてくれる肉や焼きそばに多くの生徒が群がっている。

 その中には当然のように大地と空太が混じっていて、空太に限ってはハムスターのように肉を口の中に放り込んでるのに、なぜか周りにはクールキャラがバレていない。


 アイツ、クールキャラが通じてるというか、案外見向きされてないんじゃないか? って思いそうになるな。


「早ちゃんは突撃しなくていいの? あの群れに」


「俺はこれ以上食い過ぎると痩せれないから。正直、めちゃくちゃ食いたいけど」


 話しかけてきたゲンキングにそう答えると、彼女は何かを考え始める。

 そして、手に持っていた紙皿に乗っていた肉を箸で掴むと俺の口まで寄せてきた。


「それなら、はい。残りあげる」


「むぐっ!?」


 く、口の中に突っ込まれた!?

 あぁ、肉汁が口の中にいっぱい広がって......ってそうじゃなくて!

 今、完全に間接キス決めましたよね!?

 あれ? すぐこういう思考に至る俺ってキモい?


「げ、ゲンキング......何を」


「お礼しようかなって」


「お礼?」


「今日、いつになくレイちゃんが楽しそうだったから」


 ゲンキングの視線を辿っていくと珍しく玲子さんが大地と空太と会話していた。

 傍から見ても大地は妙にガチガチで、空太は相変わらずハムスターだった。

 なんであれでバレてないんだ? 単に玲子さんが気にしてないだけか?


「なんで玲子さんが楽しそうだとゲンキングがお礼するんだ?」


「前に言ったでしょ? レイちゃんはわたしの推しなんだって。

 推しが元気になれば、そんな姿を見れたわたしも元気になる。

 そんでもって、レイちゃんが元気になったのは早ちゃんのおかげだからお礼ってわけ」


「俺が玲子さんに何かした覚えは特にないんだけど」


「早ちゃんに何かしてなくても、レイちゃんは何かを受け取ったんだよ。

 だって、バスから降りた玲子さんは妙にスッキリとした様子でテンション高かったもん」


 そうだったのか。

 俺はただ玲子さんと話してただけなんだけど、それが息抜きみたいになったのかな?

 それにしても、ゲンキングも玲子さんのテンションの違いとか分かるんだな。

 伊達に中学から友達じゃないか。


「それじゃあ、ゲンキングは推しから元気貰ったということで、今日はダウナーさんは出て来ないわけだ」


「.......ハァ、やめてよ。出さないようにしてたんだから。あぁ、無理」


「あ、出て来た」


 まるで下を向くひまわりのようにゲンキングのテンションが下がっていった。

 そして、彼女は適当な木の下に向かうと、幹に背を預けて座り込んだ。


「なんかごめん.......」


「別にいいよ、どうせ遅かれ早かれ出てきそうな感じはしたし」


「どういうこと?」


「早ちゃんは次の流れ覚えてる?」


「えーっと、確かしばらく部屋で待機があった後に入浴時間があって、その後は肝試し? があったはずだよ」


「そうそれ」


 いや、そうそれと言われましても。む、もしかしてゲンキングや、お主まさか......。


「お化けとか苦手?」


 そう聞けばゲンキングが肯定こそしなかったが、ビクッと反応させたので確定と見える。

 なるほど、肝試しが苦手だから驚かしとかあった時に素が出てしまうと。

 ホラゲーを普通にやるのに意外だ......あ、でも、ゲームとリアルは別ともよく聞くな。

 それにゲンキングは別の理由も含んでるように見える。


「ゲンキングは他の人にダウナーさんが見られたくないんだな?」


「そう......だね。うん、そう。

 いつもの流れならレイちゃんと組んでるだろうけど、出来ればレイちゃんには知られたくないし。

 かといって、レイちゃんが他の相手に組まれるのは嫌だし、そこを妥協しても他の子達にもバレたくないしで......」


「もしかして、俺を誘ってる......なーんて」


 やっべ、恥っ! 俺、なにポロって言葉漏らしてんだ!? ビジュアルを考えろ!

 なんとか最後の方で冗談っぽくしたけど、これでバレないはずがないし、さすがにキモい――


「~~~~~っ!」


 もう陽は傾き、空には星が散らばる夜。

 しかし、俺は確かに顔を真っ赤にしているゲンキングを見た。

 彼女は恥ずかしそうにうずくまり、表情を見られないように顔を隠している。

 だけど、耳が真っ赤なのでモロバレだ。


 俺は思わず言葉を失った。

 同時に、その表情は俺の心にグッと来るものがあった。

 これはやばい。他に言葉が思い浮かばないけど、ただ一言、可愛いとだけわかる。

 とはいえ、これだけは聞かなければいけなかった。


「俺なんかでいいのか? 確かに唯一ゲンキングの素を知る者としては適任だが......」


 肝試しは二人組で挑むイベントだ。なので、別に男女で挑む必要はない。

 必要はないからこそ、それで組んだ時にとある問題が生じる。

 それが思春期特有の男女間の距離関係だ。


 それらで組んだ場合、大方カップル組のように捉えられる。

 思春期の目がすぐに恋愛に結び付けるのだ。

 それにカップルからしても、これほど堂々とイチャイチャできるイベントはないだろうから。


 つまり、俺とゲンキングが組むということは、少なからずそういう目で見られる可能性もあるということだ。

 これは玲子さんと組んだ時以上にそうなる可能性がある。

 彼女と組んだ場合は大概可哀そうな子の引率って見られ方するから。


 ともかく、陽キャとしてそういう男女間の恋愛事情に詳しいゲンキングが、肝試しというイベントの中にに隠された意味に気が付かないはずがない。

 そんな俺の質問に対するゲンキングの答えは――


「わたしは......別にいいよ」


「っ!」


 いつもの元気さでもなく、どこか暗い雰囲気でもなく、しおらしい感じでそう答えた。

 これは......さすがに妙な気分になってくる。

 体が思春期真っ盛りだからか。


 それにしても、まさか俺にこのような展開があるとは......これは変な意味じゃなくても友達として助けるべきだよな? うん、そうだ。


「わ――」


「唯華どうしたの?」


 俺が答えようとしたタイミングで、ゲンキングを心配したような玲子さんが現れた。

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