第29話 膝、危なかった......
「ゼェゼェ......きっつ」
永遠と続く上り坂、足場の悪い道、重力と体重に何とか抗ってる膝。
今の俺はトレーニング中と言っても過言ではない。
顔の穴という穴から噴き出している汗を、首にかかっているタオルで拭いながら見据える先にいるは、俺と同じように死んだ顔つきの生徒ばかり。
現在、俺達は山道を登ってる。
それも俺達のキャンプ地点がある場所までだ。
というのも、俺達がバスから降ろされたのは山の最初の方にある整備された駐車場からで、そこから目的地までは40分ぐらいかかる――通常ルートならば。
今はそこから1時間ちょっとかける沢登りルートという場所を通っている。
そこのルートが半獣道のような感じで、登り始めて15分ぐらいで
そして、俺のぜい肉に耐えてきた膝も割と限界が近い。
「大丈夫か?」
「大地か、ゼェゼェ。お前はまだ余裕がありそうだな」
「そりゃまぁ、運動部だしな。とはいえ、さすがにキツイぞ。それにお前はかなり頑張ってる方だと思う」
大地に「見てみろ」と言われて振り返ってみれば、俺よりも数メートル下にまるでゾンビのような足取りをしてる空太の姿があった。
顔はおおよそクールとは言い難い。
もう口元とかでろんでろんになってるし。
幸いなのは死んでるのは周りも一緒なので空太の醜態がバレていないことか。
「アイツ、俺より痩せてるのに......」
「空太は運動はそこそこ出来るけど体力がゴミタイプだからな。
むしろ、お前は割と体力あるように感じるけど何かしてるのか?」
「ダイエットのためにランニングを......ゼェ」
「なるほど」
こっちがしゃべるのにも精一杯って時にケロッとした様子で返されるのはなんか腹立つな。
それにしても、後方を見れば俺ってばクラスの中でも割に早いんだな。
下を見れば結構の数のクラスメイトが疲れた様子で歩いている。
といっても、その大半が話しながらなのであえて速度を落としてるのかもしれないけど。
ふとゲンキングが心配になって探してみれば、案の定死んでいて玲子さんがそばに寄り添っていた。
あの人は完全なる陽キャメッキを塗った陰キャだからな。
まぁ、彼女はクラスの中でも最後尾辺りの死に顔層にいるので、空太と同じで他の女子にバレることはないだろう。
さて、問題の隼人は後ろの方には見かけなかったな。
「大地は隼人を見かけたか?」
「いや、見てないな。空太がしゃべれない状態になったから置いてくる形で登って来たけど」
「サラッと酷いことを言ってるぞ」
ということは、アイツはクラスの中でもかなり速く登ってるってことだな。
少なくとも、俺が見る限りじゃアイツの姿は捉えられない。
なんかムカつくな。俺はお前の下にいつまでもいるつもりはねぇぞ!
「おらぁ! 気張れ、俺ぇ!」
「お、なんかやる気出したな。おっしゃ! ついてくぜ!」
俺は鉛つきの今にも棒になりそうな足を根性で動かしながら一歩一歩着実に登っていく。
腕を必死に振り、顔に流れる汗もなんのその。
ただ、横から平然とついてくる大地はウザかったけど。
これまで俺の前にいた生徒達を次々と抜き去りながら歩くこと数分、ついに隼人の後ろ姿を捉えることが出来た。
アイツ、こんな時でもニット帽外してないのか。頭湧いてんのか?
「そういえば、ずっと思ってたんだけどよ。
アイツって教室内でも帽子被ってんじゃん?
で、今もクソ暑い中被ってんじゃん? 頭湧いてんのかな?」
全く同じこと思ってらぁ。
俺は一言「知らね」と返すと、そのままずんずん突き進む。
隼人との距離は5メートル、3メートル......
「げっ」
「あ、アイツ、逃げやがった!」
「追いかけるぞ!」
なぜか隼人は俺達を見るやすぐに歩行ペースを上げていった。
なので、俺達もすぐに上げていく。
俺の膝はすでに泣き喚いていたが、それでも動かせていたのはもはや意地だった。
「おいこら、逃げんな!」
「なんでついてくんだよ! ウゼェな!」
「逆になんでお前は逃げてんだ!? 別に競争じゃねぇんだぞ!?」
「俺がお前に追いつかれるのが嫌なんだよ!」
「ははん、余計にやる気出た。待てや、おらぁ! 行くぞ、大地!」
「おうともさ!」
そこからしばらくは俺達と隼人の勝負だった。
俺達が距離を詰め、隼人が突き放し、時には沢登りということもあってアスレチックのようなこともしながら。
数メートル上の崖から垂れ下がるロープで登り上がらなきゃいけない時は正直、俺の膝の死を覚悟した。
そんなレース勝負が十数分、もはや別のクラスの生徒達と混じり始めたところで、俺達はようやく隼人に辿り着いた。
「ゼェーゼェー......どう、ゼェー.......だ。ゼェ、ゼェーゼェゼゼェ」
「ハァハァ、もはやまともにしゃべれてねぇじゃねぇか」
「どうだ、追いついたぜって言ってるな」
「なんでわかんだよ。つーか、お前はずっとついてきてたくせに一番ケロッとしてて気持ち悪りぃな。体力バカが」
「ハハハ、体力には自信あんだよ」
「褒めてねぇよ......ハァ」
隼人は諦めたように肩を落とすと、わかりやすいほどのため息を吐いた。
どうやらこの勝負俺達の勝ちのようだな。
それはそうと俺、ちゃんと呼吸出来てる?
なんかさっきから目がチカチカするんだけど。
「で、なんでさっきからついてきた?」
「お前が一人で寂しくないかなって思ってさ」
「余計なお世話だ。何、保護者面してんだ」
「あと、単にお前に追いついて俺はお前の下じゃないってことを示したかっただけだ」
「......バカかよ」
呆れたような目で見た隼人は顔を逸らして悪態をついていく。
ハハハ、自分でもわかってる。これは単なる俺の意地だってことぐらい。
だけど、そんな意地を押し通せてお前に追いつけたのは思った以上に嬉しかったな......あれ?
俺の棒となっていた足が遂に折れた。
膝に力が入らなくなっていき、重たい上半身が真下に向かって落ちていく。
ちょ、これ、やばい。間違いなく膝の皿割れるコース。
「「拓海!」」
その時、俺の両腕を隼人と大地が咄嗟に捕まえてくれた。
そのおかげで、俺の膝が終了のお知らせをすることは無かった。た、助かった......。
「やっぱり、無茶しすぎだったんだな。ほら、肩......じゃ届かねぇか。腰掴んでろ」
「勝手についてきて勝手に倒れやがって本当にはた迷惑な奴だな」
「ごめん。それと助けてくれてありがとう」
「気にすんな」
「ハッ」
感謝の言葉に対して大地と隼人は本当に真逆のような反応をした。
しかし、二人とも俺の体を支えてくれている。
これまで友達という存在をどこか言葉上の存在と思っていたけど、この瞬間確かにそれは存在するだと思った。
俺があえて大き目な深呼吸で呼吸を整えていると、大地が隼人に向かって声をかける。
「にしても、お前ってやっぱり本当は良い奴なんだな。そして、確かに間違いなくツンデレだ」
「ハァ? 何、調子乗ったこと言ってんだ。潰されてぇのか」
「そんな強い言葉使ったところで本心じゃねぇだろ」
「......っ」
大地に図星を疲れたのか隼人は苦虫を嚙み潰したような顔をするものの反論はしなかった。
そんな様子を大地は不思議そうに見ながら尋ねる。
「お前、なんたってそんな一人になりたがってんだ?」
それは大地という正直者から放たれたあまりにも核心的な質問であった。
その答えを聞くように俺も耳を澄ませる。
それに対する、隼人の返答は一言。
「お前らには関係ねぇ」
そこから、隼人は口を利くことは無かった。
しかし、俺が歩けるようになるまでは補助を続けてくれた。
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