第28話 バスの雑談
「......29、30、31人全員いる.....よな?」
「えぇ、大丈夫よ。数え間違いは無いわ」
「わかった」
俺は学級委員としてバスの乗車したクラスメイトが全員いることを確認すると、それを鮫山先生に伝えて席に着いた。そして、バスは出発する。
それにしても、先生は本当に林間学校へ行くのが嫌そうな顔をしていたな。
「拓海君、横失礼するわ」
林間学校か。結局、大して痩せてないこの体で挑むことになっちまったな。
仕方ないとはいえ、元がもう少し痩せていたなら、これから来るであろう膝の痛みも多少は軽減されたろうに。ハァ、先のことを思うと気が病むな。
「これから林間学校ね。なんだかんだ楽しみだわ。
それに学級委員を代わってもらった意味もここで生きるとは思わなかった」
そういえば、これからどのくらいかかるんだろう?
お昼前に着くって行ってたから1時間半ぐらい? いや、そこまではいかないか。
とはいえ、長いことバスに乗られることには変わりない。
耐えられるか? 俺よ。
「そういえば、移動時間が長いと思ったからいくつかお菓子持って来たわ。食べる?」
玲子さんが無邪気にリュックからお菓子を取り出して俺に見せつけてくる。
表情ではわからないが、雰囲気からははしゃいでる様子が伝わってきた。
やっぱり、俺、玲子さんに関してよくわからない特技を発見してしまったかもしれない。
って、そんなことはどうでもよくて、問題は俺の隣に玲子さんが座ってるということだ。
学級委員は生徒点呼の都合で残りの余った席に座ることになるのだが、学級委員の女子枠が玲子さんに代わってしまったために俺なんかの隣になってしまった。
頑張って意識を逸らそうと序盤は別のことを考えていたけど、やはり玲子さんのような大きな存在を無視することは難しいらしい。
それに玲子さんが通路側に座ったので(窓側に座るよう言われたとしても)、どうにも逃げられないような圧迫感を感じて仕方ない。
チラッと後ろの座席を見れば漏れなく男子達からの羨ましい視線が飛んでくる。
俺はどないせいっちゅうねん。選択し無かったんだから許せ。
ちなみに、隼人の隣はゲンキングらしい。お、意外と話してる。
隼人の奴は一向に目線合わせねぇけど。
「拓海君、よそ見はダメ」
「え、ごめん......」
玲子さんから注意されてしまった。
確かに、仮にも学級委員なんだからキョロキョロしていたら示しがつかないものな。
そんなことを思っていると、玲子さんがサッと両手にお菓子を持って聞いてくる。
「拓海君はどっち食べる? サラダ味とじゃがバター味あるけど」
「まさかの食うの前提?」
「食べないの?」
「た、食べます。ごちそうになります」
なんで俺がお菓子食べないだけでそんな悲しい顔されるのか。
そんな顔されたら断る俺が間違ってるみたいじゃないか。うぅ、このカロリーは後日返済だ。
俺がサラダ味のお菓子を貰って食べ始めれば、なんだか妙にじーっと見てくる。
「美味しい?」
「そりゃまぁ......うん」
「口に合ったようで良かったわ」
「?」
俺は玲子さんと確実に話すようになったと思う。
互いの過去戻りを告白した後からは尚更。
そして、玲子さんという人物を知るたびに俺の中に彼女が不安定な存在となって脳内で広がっていく。
これまでは玲子さんに対して寡黙でクールという固定概念を抱いていた。
しかし、実際の彼女は思った以上にしゃべるし、クールという印象も単に表情に現れにくいというだけなのだと思う。
だが、あまりにも俺と周りでの温度差が違いすぎないか?
それこそ今のようなお菓子おすそわけなんてゲンキングとの間でもやるかどうか。
やらないことはないだろうけど、あくまでゲンキングにそういう流れに持ってかれたらやりそうな感じであって、今のように玲子さんから動くとは思えない。
まぁ、実際にその現場を見たわけじゃないので憶測でしか語れないのだけど。
もしかして、林間学校という行事にテンション上がってるのか?
一度目の高校生活に何か思い入れがあるとか?
「玲子さんって林間学校が好きなの?」
「好きと言われればそこまで好きじゃないわ」
「え? その割には随分とテンション高いように見えるけど」
「そ、そうかしら......」
そう指摘してみれば玲子さんが恥ず照れた様子で頬を触れていく。
その頬は普段より赤くそまり、よりダイレクトに恥ずかしがっているという情報が伝わってくる。
普段見ないだろうその姿に俺が釘付けになるのは仕方ないと思って欲しい。
美少女が照れてんだぞ? 見るに決まってるだろ!
「拓海君、そんな見ないで......恥ずかしいから......」
「あ、ごちそうさまでした」
「え?」
「じゃなくて、すいませんでした」
思わず本音が漏れてしまった。しかし、可愛いのは確かだ。
普段からずっとそうしてればいいのにと思うのは俺だけなのか。
「どうして――」
「ん?」
「どうしてそんな質問するの? 林間学校が好きかなんて」
「あー、大したことじゃないんだ。ただ普段よりテンションが高かったから何か思い出があって、それが再体験できるから今からワクワクしたような気持なのかなって」
「そういうことね。であれば、全くないわ」
「無いの!?」
「いえ、それだとさすがに唯華に失礼ね。ほぼ無かったわ」
「そんな変わってないんだけど」
だとしたら、何がそんなに玲子さんのテンションを上げてるんだ? もしかして――
「俺」
「え?」
「――が行動によって未来を変えたから、もしかしたら林間学校でも何かが変わるのを期待してるとか?」
なんかすっごいあやふやな疑問文になってしまった。
とはいえ、それで変わるとしたら飯盒すいさんの時のカレーの味ぐらいじゃないか?
一度目とは確実に班が違うわけだし。
ほら、重要な分岐点でなければ辿るルートが違うだけで同じ結果に収束するとかSFの話でありそうじゃん?
「え......えぇ、そうね! 未来が変わったことで一度目とは違う展開になることに期待してるのよ!?」
「なんで自分で言ってちょっと疑問形なの」
やっぱそれで林間学校が好きじゃないは無理があるなぁ~。
どう考えても好きな人の反応じゃん。
「逆に拓海君はどう思って――あっ」
玲子さんが流れを変えようと俺に振ったが、すぐに俺の過去に気づいて暗い顔をする。
「気にしなくていいよ。もうあの頃とは違うんだから」
俺の林間学校なんて語るだけで辛いものしか出てこない。
当然のようにイジメグループと一緒の班になった俺に与えられたのは、森の中というある種の治外法権的場所での生き地獄であった。
森の中を裸同然の格好にされてた時はやばかったな。
オリエンテーリングの最中だったから他の人に見られる可能性もあったし。
「ごめんなさい。私、浮かれてしまっていて安易に拓海君の傷に触れてしまったわ」
「謝る必要もないよ。なんたって今の俺はもうそんな過去は気にしてないしね」
それは全くの嘘だ。
現にさっき玲子さんに聞かれて一瞬にして林間学校で起きた全ての出来事を思い出してしまったのだから。
だけど、気にしないことは出来る。
今やってるのはそれぐらい。
アレは過去だけど、間違いなく今の俺の精神の一部を築き上げたのだから。
「それに俺はワクワクしてるからね。林間学校ってどんな感じだったのかって」
俺は努めて笑顔を見せた。ちゃんと笑えているかは不安だが。
そんな俺を見て玲子さんは気合を入れるように拳を固めると言ってきた。
「安心して、必ず拓海君が楽しめるようなプランを考えるから」
「
「とりあえず、まずはお菓子を食べるといいわ。
やはり遠足の定番はお菓子を交えたコミュニケーションと聞いたから。
何を食べる? 前田〇菓? ナ〇スコ? 森〇製菓? ブ〇ボン? ヤマザ〇ビスケット?」
「ちょいちょい、玲子さん!? どれだけ持ってきてる?
そして、なんで全部クラッカー系? 口パッサパサになるけど!?――むぐっ!?」
そして、しばらく俺はバスの中でプレーン味のクラッカーばかり食っていた。
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