第22話 これほど明日が怖いと思ったことは無いな

 子供部屋時代の頃、俺は一時期ラブコメにハマっていた。

 どれもこれも都合よくひょんなことから美少女と縁を結び、そこから羨ま死ねと思うほどの青春を送っていく。


 そんな歪んだ感情を一部持ちながらも、決して読むのを止めなかったのは、きっと現実ではありえない青春に思いをはせて楽しみたかったのだろう。

 学園ハーレムの修羅場なんてそれこそラブコメの醍醐味と呼べるかもしれない。


 そんな修羅場が今の俺に起きている!?

 ゲンキングの家にいながら玲子さんの電話というのは、見方によってはそう思っていいのかもしれない。


 ならば、俺の中で今の状況は少し夢が叶ったような感じで感慨深い気持ちだ。

 しかし、一つ許せないことがある。

 それは俺の圧倒的のビジュアル!


 どこのラブコメでも主人公はどんな陰キャヲタクであろうと痩せている。

 当たり前だ、なぜならビジュアルが良い! だが今の俺はどうだ?

 いっそのこと紅〇豚のようなビジュアルの方がマシかもしれない!


 くっ、なぜ俺は太っているのだ?

 どうしてこんなにも怠惰な生活を送っていたのだ!?

 今という瞬間を100パーセント享受することが出来ない!


『拓海君、聞こえてる?』


 ハッ、夢のような状況に耽ってる場合じゃなかった。

 そうじゃん、確かにラブコメなら面白くなるぞって展開だけど、今の俺からすればただの死地じゃね?


「き、聞こえてるよ。で、なんだっけ?」


『誰かと一緒にいるの? 拓海君のお母さんの声じゃないと思うけど』


 何その言い方、まるで母さんの声を聞いたことがあるみたいじゃん。

 チラッとゲンキングの様子を確認してみると、涙目で床にこぼしたジュースを拭いてる。

 ちょ、気づいて! ヘルプ、ゲンキングヘルプ!


「気のせいじゃないかな? 母さんだってああ見えてもまだ若い方だからそのような反応する時もあるって」


『どうにもそうは思えないわ。言えない事情でもあるの?』


 くっ、なんでこんな時に限ってやたら詰問してくるんだ?

 どうするべきか、どうせこの後の展開となったら「声を聞かせて」とかなんとか言ってきそうな気がする。なら、先手を取るか。


 俺はゲンキングが隣に戻ってきたタイミングで勝手に彼女を巻き込んだ。


「実は言いづらかったことがあるんだけど、今いとこの妹が来てるんだ。仕方ないから、紹介するよ」


「っ、ケホケホ......え!?」


 俺がそっとテーブルにスピーカー状態にしたスマホをゲンキングの前に差し出した。

 その行動にジュースを飲んでいた彼女は誤って気管に入りかけたようでむせていく。


 それから、彼女が「わたし!?」と自分に指さして確認してくるけど......はい、そうです、すみません。


 ゲンキングは戸惑った様子ながらも、彼女自身でも自分の家に俺がいることを玲子さんにはバレたくないのか一芝居打ってくれた。


「えー......こほん、は、初めましてパインです。お兄ちゃんがお世話になってます」


 パイン? それってルイーダシリーズに出てくるパイン姫ってこと!?

 咄嗟にしても妹の名前がパインとかネーミングが雑過ぎるって!


(ちょ、ゲンキング! さすがにパインは無いって! どう譲ってもせめて日本人ぽい感じにしようよ!)


(し、仕方ないじゃん! だって、ちょうどルイーダパーティでNPCにパイン姫がいたんだから! 咄嗟に出ちゃったの!)


「パイン......? ハーフのいとこってこと?」


 まぁ、疑問に思うよな。だが、こうなった以上は押し通すしかない!


「そうなんだよ。今日遊びに来ることは知ってたんだけどさ、ほら? いとこって妙に紹介しづらいとこあるじゃん?」


『そうなの? 私にはいとこがいないからわからないわ。

 ただ、拓海君に親戚がいることは知っててもハーフの娘がいるような親戚はいなかったはずだけれど』


 なんでそんなうちの親戚事情に詳しいのか。

 そういえば、俺が死んだ時も知り合いから聞いたとかなんとか言ってた気がするし、その時に調べたのか?


「気のせいじゃない? というか、俺が言ってるんだからそうでしょ?」


『......そうね、


((ふぅ~......))


 心なしかスマホの方から圧のようなものが消えていく感じがした。ようやく落ち着ける。


(なんとかなったな)


(そうだね。っていうか、なんでわたしが妹なわけ?)


(あ、それは......勝手に口から出てしまったと言いますか......)


(ふつーはわたしが姉でしょうが!)


 あ、そこ? そこは割とどうでもいいので別にどっちでも。

 つーか、その場しのぎの嘘だから二回目とかないから。

 その時、玲子さんから再び声がかかる。


『パインさんに聞いていいかしら?』


「え? あ、はい! なんでしょうか!?」


『拓海君のことどう思ってる?』


「はや......お兄ちゃんのことですか?」


 そう言ってゲンキングがこっちを見てくる。

 その表情に恥ずかしさは無く、どちらかというと困惑といった感じだった。

 大丈夫だ、ありのままを言ってくれ。

 今のうち心に防御壁を建造しておくから。


「あんまり考えたことないですけど......いい人だと思いますよ?」


『と言うことは、パインさんはあまり見た目で判断しないのね』


「そりゃまぁ、いとこですし、痩せた方がいいと思いますけど」


 ぐはっ、やっぱりそうだよね、うん、知ってた。ただ親戚ムーブはありがとう。


「でも、それ以上に秘密を知ったとしても、普段と変わらない感じで接してくれるのが嬉しいですね。

 ほら、ギャップが酷いと仲の良い間柄でもギクシャクしちゃうかもって思うと、明かすのって怖いじゃないですか。

 ま、わたしの場合はひょんなことかバレてしまったんですけどね」


 ゲンキングがそんなこと思ってくれていたなんて......俺とすれば別に大したことはしてないけど。

 でも、そう思ってくれるほどには仲良くなれたってことか?


 くぅー、なんだろう、この俺の人間関係図に情報が書き足されて更新されていく感覚は。

 なんだかめちゃくちゃ嬉しい。

 やっぱり人間関係大事にしなくちゃダメだよな。

 そんなゲンキングの言葉に玲子さんも「流石ね」と返事をした。

 何に対して流石なのかはわからないけど。


『パインさん、あと2,3質問していいかしら?』


「はい、大丈夫ですよ」


『パインさんはミニブタは好き?』


「ミニブタ?」


 ゲンキングがこっちに視線を投げかけてくるがこっちもサッパリだ。


「どういう回答をすべきかわからないですが、好きか嫌いなら好きですよ。可愛いし」


『そう。では、次に自分が思う元気な朝の挨拶をしてくれない? 学校でするような』


 ん? なんだそのピンポイントな指示......まさか!?


「ちょ、スト―――」


「おっはよーございます!」


『うん、やっぱり唯華だったわね』


「「.......」」


 時間が止まった気がした。

 少なくとも数秒は二人の生体活動が停止した。

 あ、バレた......それにやっぱりって?


「玲子さん、気づいてたの? どこから?」


『拓海君が言いづらい話をし始めてから』


 初めからじゃねぇか!? ってことは、それまで泳がされてたってことか!?


『さて、唯華。どうしてこんな時間まで拓海君と二人でいたのかは明日聞くとして』


「うわぁ、家凸してくる気だぁ」


『先ほど言っていたひょんなことからバレてしまったと言っていたことについてお話しましょうか?

 あなたほどの明るい存在であっても常にその状態は大変でしょうから、何かしらの二面性がある可能性は考慮していたけれどそんなことはどうでもよくて、あなたはこれまで拓海君と何をしていたのか聞かせてもら―――』


「うわああああああぁぁぁぁぁ!」


 ゲンキングが発狂しながら通話を切った。

 その顔は顔面蒼白といってもいいだろう。

 まるでライオンにターゲティングを受けたウサギのようだ。

 恰好も含めて被食者にしか見えない。


「ワタシ、モウ、ネル......」


「え、ゲンキング!? 俺はどこで寝れば!? ゲンキングー!?」


 結局、ゲンキングはふらふらとした足取りで二階に上がってしまったので、俺はゲームを落とすとソファで寝させてもらうことにした。


 それにしても、ゲンキングであの問い詰めようってもしかしなくても俺にも来るよなたぶん。

 ゲンキングに何かしてないか? とか聞かれた時のマニュアルを脳内で作成しておこう。

 うぅ、俺も明日が怖い......。これが修羅場かぁ......。

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