第20話 心頭滅却!煩悩退散!

 俺はゲンキングの浴室を借りて冷えた体を温めるようにシャワーを浴びていた。

 温かいお湯を頭から滝行するように被っていく。

 そして、俺は目をつぶって考えていた。


 俺がこの世界に戻ってきたのは玲子さんのおかげで、これを機に自分の人生をやり直そうと決意した。


 地獄のような日々を経験し逃げること選択してしまった俺に課せられた使命は、怠惰な生活を矯正し、日々努力し続けること。


 そして、俺は行動によって本来ならイジメを受けていた世界線を脱出し、現在イジメがない世界線へと飛び込んでいる。

 もうこの時点できっと俺はあの時よりいい人生を送るだろう。


 しかし、それでは俺の性根は腐ったままだ。

 散々迷惑かけまくって恩も返せず死なせてしまった母さんに、この世界で育ててもらった恩を返すためにも、俺は性根を叩き直さなければいけない。


 だから、今頃俺は家で母さんを楽させるために勉強をしている―――はずだった。

 一体何がどうして俺は仲良くなった女子の浴室で裸になってシャワーを浴びてるんだ!?


 ふぅー、落ち着け、どうしてかはわかってるじゃないか。

 外は季節外れの暴風雨となっていて帰ることが難しい。

 そして、今は一度外に出てずぶ濡れになった体を温めてるところ。OK?


 問題はここからだ。

 俺はゲンキングの祖母及びゲンキングからこの家に泊まることの許可を得ている。

 男からすればこれほどまでの据え膳はないだろう。


「だが......俺の場合はこの腹がっ!」


 摘まんでも痛くないほどにはたるんだ姿を見せる皮下脂肪。

 どう考えても見た目が若く見えるだけのキモデブおっさんがJKの家でシャワーを浴びてるようにしか見えない!


 俺はいちゃラブ推進派だ。

 にもかかわらず、俺の脳内では犯罪臭を漂わせるようなタグしかつけられない!

 絶対、この同人誌のタグにレイプやら凌辱やら調教やらがつく!


 精神年齢が35歳でも体は思春期真っ盛りなのか今の状況、これからの状況を意識しないとは言えない。

 しかし、今の俺が欲望のままに動けばきっと未来は地獄行きだ。それだけは間違いない。


「精神統一だ。心を落ち着ければ性欲も湧き上がらない。

 息子が目を覚ましそうになったら速やかに自害せよ。犯罪、ダメ絶対!」


 俺は心を落ち着けるとシャワーを上がる。

 それから、失礼のないようにしっかりと髪を乾かす。

 その時、脱衣所に持ってきていたスマホに着信が来ているのが気づいた。

 確認してみれば......うわぁ、ノリノリじゃん。


 リビングに戻るとソファに寝そべりながら、スウィッチでゲームしているゲンキングの姿があった。

 この人、またゲームしてんのかよ。思ったよりゲーム好きすぎない?


「シャワー上がりました。ありがとうございます」


「いいよ、濡れてたから仕方ないって。それより......敬語はやめて。意識しちゃうから普段通りにして」


「すまん、わかった」


 さすがのゲンキングも相手が俺とはいえ、男女二人っきりという状況は意識してしまうのか。

 おっと、それ以上は何も考えるな。心を殺せ。今だけ心の無いロボットとなるのだ。


「そういえば、お母さんの方への連絡は何か帰って来てた?」


「ノリノリで許可出た。さすがに気まずくて女子の家で泊まりとは言えなかったけど、あまりにも急だから迎えに来るとか言ってくるかと思えば『今日、赤飯炊かなくちゃ!』って帰って来た」


「泊まるだけで赤飯って......」


「俺の家、俺一人でさ。今まで友達を家に招いたことないし、誰かの家で泊まったとかもないんだよ。

 で、母さんは俺に友達がいないんじゃないかって心配してる節があって。

 たぶん、その結果の反応だと思う。さすがに俺も赤飯はどうかと思うけど」


「なるほど......」


 ゲンキングは理由がわかって納得した様子を見せるとボソッと呟く。


(ま、そういう意味だったら私も誰かと一緒に一夜を過ごすなんて初めてなんだよね)


 二人きりで聞こえるのはゲーム音ばかり。

 そのせいか普通に聞こえてしまった。

 あの......やめてもらえます? 意識してしまうから。

 そういう意見は胸の内にしまっていただけると大変ありがたいです。


「その、今更ながら結局俺は泊まるべきなのか?」


「......べきなんじゃない? わたしはもう腹くくったし。はい、これ」


「ん?」


 ゲンキングはソファから立ち上がるとスウィッチを俺に渡してきた。

 画面に映っているのは最近新作が出たペケモンだ。

 おっと、これはまさか......?


「わたしがシャワー浴びてくるまでレベリングしてて」


 俺がスウィッチを受け取れば、ゲンキングは何事も無かったように自室へ服を取りいった。

 すげー、あの人もう動じてねぇよ。これも玲子さんの影響? それとも女子特有?

 わかんないけど、せっかくだし少し触れさせてもらおう。


 ソファに座るとスウィッチを操作して手持ちポケモンを見てみる。

 へぇ、こんな感じなんだ。技は......色んなタイプの技がある。

 ちなみに、能力値は......ん? え、嘘......この人もう御三家の一匹厳選してる。


******


―――元気唯華の部屋


 唯華は自室に戻ってくると、すぐにドアに背をつけてその場に崩れ落ちた。

 そして、自分の熱ぼったい頬を触れながら悶え始める。


「いやいやいや、無理無理無理! 平静を装ったけど全然落ち着いてない! 腹くくれてない!」


 どうしてこうなったのか。

 考えてもキリがないが言えることはただ一つ。

 おばあちゃんが悪い。


「くっ、わたし一人だったら確実に徹夜ゲームコースだったのに......続き撮ろうと思ってたのに......さすがに緊張して無理だ!

 だけどだけど、早ちゃんがいるのは今日一日だけ。

 それさえ乗り切ればいつも通りの日常に戻る」


 唯華は両手で頬をパチンと叩くと立ち上がり、素早く着替えの服を取り出していく。

 いつもならかなりラフな格好、最悪ノーパンだって構わないわけだが、今回ばかりはそういうわけにはいかない。


「え、嘘......わたし、今の服と似たようなものしか持ってないじゃん」


 タンスの引き出しを開けて色々中を確認してみれば、パジャマらしいパジャマもない。

 そういえば確か、前におばあちゃんに色々言われて断捨離した際に着ないだろうパジャマも捨てたような......。


「がはっ! このままじゃ痴女の烙印を押されてしまう!」


 現時点で十分にそう言える状態なのだが本人は気づいてないようだ。


「何か、何か無い? この際、おばあちゃんが買ってきたちょっとダサいやつでも......」


 ガサゴソガサゴソ、ドラ〇もんが四次元ポケットの中から急いで目的の物を取り出そうとする時のように色々な服を掻き出しながら探していく。


 しかし、探しているタンスからは見つからない。ならば、他の場所だ。

 お母さんの部屋なら何かあるかもしれない。

 これじゃない! これはスケスケ! これも! なんで絶妙に着づらいのばっかり!

 とにかく今より露出が少ない服であればなんでもいい!

 なんでも、なんでもいいから!


 どこか殺気立ったような唯華の必死さがついに実ったかのように、彼女は一つの着るものを取り出した。


「こ、これは......」


*****


 レベリングを始めてからどのくらい経っただろうか。

 少なくともわかったことは手持ちのペケモンが強すぎて、野生ペケモン相手じゃもはや美味い経験値は見込めないことだった。


 だから、途中からボス戦というかジムリーダーと何度目かの再戦しているのだがそれでも強かった。


 やはり6Vは気持ち悪いな。

 あえてタイプ相性悪いので戦って効果抜群の攻撃受けてるのに削れてる量が少なすぎて口があんぐり。もはや強くなりすぎて張り合いがない。


「い、今上がりました......」


「あ、ゲンキング、かなりやったけどあんましレベル上がんなかった......」


 声がしたので振り返ってみれば―――ウサギさんがいた。

 何を言ってるかわからねぇと思うが俺も何を言ってるかわからねぇ。

 

 ただ、ウサギの着ぐるみのような服を着たゲンキングが、今にも発火しそうなほど恥ずかしい顔をして立っていたのだ。

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