第14話 ここに来た真実

 久川に連れられてやってきたのは学校から程よい距離にある小さな公園。

 夕暮れのせいか子供達の姿は見えない。

 そのせいか静かに感じる。

 もう帰ってるのか? 今の子供達が良い子達なのか、親が時間に厳しいのか。


 茜色に染まった久川は普段の銀髪の髪色がオレンジ色に染まって少し違った印象を受ける。

 しかし、隠し切れないような凛とした佇まいにキリッとした目つきは、彼女らしさを醸し出していた。


 久川が風に揺れてほんの少しだけ動いているブランコに座るので、俺も隣のブランコに座った。

 彼女はブランコから伸びる鎖を両手で掴むものの、漕ぐことなく口火を切る。


「ごめんなさい、こんなところまで連れてきてしまって。

 勢いで踏み切ってしまったもので......少しだけ整理してたらここまで来てしまったわ」


「別に大丈夫だよ。家までそう遠くないしね」


 勢いで、か。となると、告白の線ももしかしたらあるんじゃないか? と思っていたが、当然違うみたいだ。

 まぁ、別に? 期待なんかしてなかったですけどね!


 久川はどこか緊張したような表情をしている。

 彼女は俯き小さく深呼吸すると正面を向いて言い始めた。


「私、実は19年後から来たの。といっても、意識だけだけど」


「......は?」


 久川の言葉はある意味衝撃的な告白であった。

 久川が19年後からやってきた......?

 え、それって俺が死んで戻ってきた年齢と同じ......。

 ってことは、久川も俺と同じでタイムリープしてきたってことか!?


 あまりの言葉に正直混乱している。

 だけど、久川がタイムリープしてきたとしたら、以前彼女がクレジットカードのPONをした時も、隼人と面識がないのに会ったことあるような言葉に対しても、あまりにもすんなりと納得がいく。


「変なことを言ってるのはわかってるわ。だけど、これは本当なの。本当に私は19年前から意識だけやってきた」


「タイムリープってやつでしょ? わかるよ。だって、俺も同じだから」


「......え?」


 今度は久川が驚く番だろうな。

 まぁ、普通は同じ時代に二人もタイムリープしてくるとは思わないし。

 

 久川は一瞬大きく目を見開いたが、すぐに何かを考え直すかのように口に手を当てていく。

 恐らく、久川からしてもおかしな点はいっぱいあっただろうけど、俺がタイムリープした存在だとわかって納得する部分も多いだろうな。


 なんたって、この世界線では俺がイジメを受けていないのだから。

 よくSFで未来は枝分かれした木のようなものだと表現されることがあるが、俺の今の状況はその中でも明らかに太い枝による分岐だもんな。

 極端に言えば、生きる未来と死ぬ未来のようなそんな感じ。


 久川からすればタイムリープしてるはずなのに、過ごしている歴史が自分の知ってる歴史と全く違うのだから。

 それも能動的に動かした歴史ではなく、気が付けば変わってる歴史。


 俺が久川ってこんな性格だったっけ? みたいな記憶違いもありそうな出来事よりもよっぽど怖いだろうな。


「ごめんな、俺が勝手に動いたせいで色々違って怖かっただろ」


「......そうね、明らかに私が知ってる歴史と違って驚いたわ。

 だけど、それ以上に私としては早川君が苦しんでいない世界で安堵してるの」


 久川はそう言って笑った。

 目つきが優しくなり、口角が少しだけ上がったものだったがそれでも確かに笑っていた。

 そんな彼女の表情にドキッと心が跳ね、同時に体に熱を帯びていくのを感じる。


 しかし同時に、久川がタイムリープした存在であるということで様々な疑問も浮かんできた。

 俺はそれらを直接聞いてみることにした。


「なぁ、色々気になる点があるんだが質問していいか?」


「えぇ、何かしら?」


「まず一つ目にどうして久川はタイムリープしてきたんだ?

 勝手に起きたことなのか? それとも起こしたものなのか?」


 その質問に久川は視線を正面に向けると、ブランコをゆっくり小さく漕ぎだした。


「勝手に起きたといえばそうなのかもしれないわ。

 ある時、私が深い悲しみを追ってる時に突然脳裏に話しかける声があったの。

 誰かの悪ふざけかと思ったけどそこは私しかいない部屋だったから、それが神様かなんかじゃないかと思ったの」


「その神様がタイムリープさせたのか?」


「えぇ、そうね。突然酷い眠気に襲われて目が覚めれば今の時代。早川君は?」


「俺は......」


 俺がここに戻ってきた経緯は最悪だ。それを久川に語るかどうか迷った。

 誰が好き好んで自殺したおっさんの話を聞きたいというのか。

 というか、今更ながら俺がここに戻ってきたのはタイムリープなのか?


 タイムリープというのは自意識が過去の自分に乗り移るようなことを指すはずだ。

 だが、俺は自殺をした。

 その上でここに戻ってきたのなら、俺はタイムリープではなく死に戻りではなかろうか?


 いや、俺はそんなことを定義したいわけじゃない。

 俺の最期を言うか言わないかの話だろ、今は。

 どうする? 久川にこんなクソ重たい話を聞かせるか?......いや、やっぱさすがに無いわ。


「実はね、私、早川君もタイムリープ......時が戻るよう神様に頼んだの」


「え?」


「知ってるわ、亡くなったのでしょう?」


「......っ!?」


 その言葉に俺は驚きのあまり言葉が出なかった。

 どういうことだ? どうして久川が俺が死んでることを知ってるんだ!?


「早川君は知ってるかどうかは知らないけれど、私は女優をやってたの。

 そのおかげでちょっとした伝手があってね。

 それで知った......あなたが自殺したこと」


「......」


「だから、早川君がここに戻ってきたのは私のせいかもしれない。いえ、きっと私のせいね。

 あなたは自殺をしてしまうほどに精神的に追い詰められていた。

 そんなあなたを私は助けることが出来なかった」


「ま、待ってくれ! 色々気になることがあるけど、どうして久川は俺に対してそこまで親身になってくれるんだ?

 俺は特に何かした覚えなんてないけど」


「それはあなたが覚えてないだけで、私にはしっかりとその思い出が刻まれてるの。

 覚えてるかしら? 小学生の頃、仏頂面のような顔して引っ込み思案だったの。

 そんな私に対して優しく接してくれる人はいなかった」


 久川は過去を思い出すように顔を上げた。

 夕暮れの日差しが彼女の顔をオレンジ色に染め上げる。


「そのくせ人の目を引くような容姿は私という存在をより浮き出させ、女子達からの格好の的になったわ。

 好きな男子を奪われたなんて言う子もいたわね。

 だから、当時の私はわざとみすぼらしい恰好をしていたわ。

 髪をボサボサにして、ヨレヨレの服を着て」


 思い出した。

 今の美少女の久川の印象がだいぶ強いが、出会った頃はそんな感じだった。


「そんな時に早川君に出会ったの。

 当時のあなたも太っていたけど、それをバカにされようとも笑って跳ね返すぐらい度胸があって勇ましかった。

 そして、あなたは周りから一人でいることを強要されたような私に積極的に話しかけてくれた。

 あなたは言ってたわ......『見た目がなんだってんだ、好きなもの食ってこうなった俺は誇らしい』って」


「うわぁ、今の俺からすれば何言ってんだってセリフだぁ......」


「ふふっ、そうかもしれないわね。

 でも、周りに合わせたのような姿の私には、早川君がまるでヒーローに見えた。そして、その姿に憧れた」


 久川はブランコから立ち上がると俺の前に立った。

 逆光で彼女の表情は見えづらかったが、なんとなく笑顔なのはわかった。


「私がこの時代に戻ってきたのは私の憧れのヒーローを取り戻すため。

 途中で引っ越してしまった早川君にもう一度会えた時、周りに左右されずに自信を持った姿を見てもらうため。

 そして......いいえ、これは今はまだ秘密」


「え、もったいぶられると気になるんだけど」


「ダーメ。今の早川君は頑張るべきことがあるみたいだから、それを邪魔するようなことをしたくないの。

 だから、あなたが昔のあなたのように堂々と自信を持てるようになった時にまた言うわ」


「そっか。わかった」


 久川がそう決めたことなら俺が無理に聞き出すのは野暮ってものだろう。

 それに未だ気を遣われてる時点で俺にもそれを聞く資格はないと思うし。

 しかし、なるほどね、どうりで久川が親身になってくれるはずだ。

 なら、とりあえず言わないとな。


「久川さん、ありがとう」


「え?」


「どんな形であれ俺にもう一度人生をやり直すチャンスをくれたんだ。

 久川さんは願っただけなんだとしても、それでも言わせてくれ。本当にありがとう」


 俺は頭を下げて久川に感謝の言葉を送った。

 それに対し、久川は「どういたしまして」と素直に受け取ってくれる。

 すると、少し照れ臭そうにしていた彼女は、空気を切り替えるように話題を変えた。


「それじゃ、そろそろ私はご褒美が欲しいわ」


「ご褒美? あぁ、前に言ったやつか。俺に出来ることならなんでも」


「なら、昔くれたあだ名のように私を呼んで欲しいわ―――ゼロちゃんって」


 え、何そのあだ名。全然記憶にない。


「そ、そのあだ名の由来って?」


「私の名前玲子の玲から数字のレイ、それを英語読みしてゼロ」


「......えぇ~、センスねぇ」


「そ、そうかしら? 私はそんなことないと思うけれど。ほら、早く」


 どこかウキウキしたような目で久川が見てくる。

 それに対し、俺は湧き上がる羞恥心に顔を真っ赤にしてそっぽ向けて言った。


「ぜ、ゼロちゃん......」


「ふふっ、えぇ、何かしら......本当はそんな呼び方されたことないけれどね」


 久川は何かを呟いたような気がしたが、羞恥心が天元突破している俺には聞こえなかった。

 俺は悶えるブタとなって彼女に懇願する。


「っ! やっぱ、キツい! せめて名前呼びで!」


「わかったわ。普段は名前呼びで二人っきりの時はゼロちゃんね」


「なんか増えてる!?」


 久川は実に楽しそうに笑い走り出す。

 そんな彼女を俺は「お願いだからやめてー!」と叫びながら追いかけた。

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