第13話 一件落着?

 俺が久川にレイソを送った翌日の放課後、教室では重々しい空気が流れていた。

 教室にいるのは現在三人で、俺と隼人、そして久川である。


 そのうち久川がまるで因縁の相手と対峙したかのように、隼人に向かい合ってるのでこんな空気になってしまっている。

 相変わらず表情からは読みづらいけど、心なしか目つきが鋭いような。


 そんな状況を俺がどこかソワソワしながら見守っていると、隼人が口火を切った。


「同じクラスだがまともに顔を合わせて話すのはこれが初めてだよな。

 なら、改めて自己紹介をしよう。金城隼人だ。よろしく」


「久川玲子。で、私に会いたいというのは?」


 隼人が自己紹介とともに差し出した握手の手を久川は堂々と無視していく。

 俺は少し離れたところで二人を見守っているが、正直アワアワとした気持ちが鎮まることがない。

 なんかこっちの方が緊張してんだけど!?


 隼人は握手が空振りに終わっても気にすることなくその手をポケットに突っ込むと、要件を言い始めた。


「俺は価値のある存在が好きなんだ。

 逆を言えば、価値のある人間がその他大勢に飲まれて消えていくのを良しとしない。

 つまり、久川......お前は俺に価値を見出されたんだ」


 相変わらずの上から目線。

 この文章だけ聞けば、どこかの少女漫画の金持ちオラオラ系イケメンでいるんじゃんないか?

 ほら、俺様系ってキャラとして立ってるから使いやすいし。


「相変わらず上から目線......簡潔に言って。つまり、私に何がしたいの?

 まさかあなたの婚約者にでもなれって話じゃないでしょうね?」


「へぇ、よく俺がそんな使命受けてんの知ってるな」


 え? そうなの!? まさか学校生活で婚約者を見繕えって!?

 お前、どこの世界線で生きてんだよ!? これが金持ちと庶民の差なのか?


「そんな話をわざわざそっちから出してくるってことは......」


「ふざけないで。私はあなたに微塵も興味ないわ」


「ハハハ、こりゃ手酷く振られたな。まぁいい、別に俺の要件はそうじゃない。

 それに俺でもお前は扱いきれるかわからないしな」


 剣呑な雰囲気で笑えるとかさすがだな。

 なんかここだけバトル漫画のワンシーンにありそうだぞ。


 隼人は左手で尻ポケットから財布を取り出すと、そこから一枚の名刺を取り出し、それを久川に渡していく。

 彼女は渋々受け取るとそれに目を通して読み上げた。


「読者モデル......?」


「あぁ、少し前にうちのグループの子会社がアパレルショップを立ち上げたんだ。

 とすれば、売り上げのためにシーズンごとの流行ファッションを紹介するのは当然だろう?」


「その仕事を私に?」


「そういうことだ。一凛の美しい花を雑草畑から鉢植えに移し替えるのは当然のことだ。

 お前がこんな場所で埋もれて過ごすなんてもったいなくて仕方ない」


 久川は何か安堵したように息を吐くと、改めて名刺に目を通していく。

 そして、隼人に目線を向け質問した。


「それは愛名波えなわさんでも良かったんじゃないの? 彼女も華があると思うけれど」


 愛名波とは同じクラスにいるピンク髪のギャルのことである。

 俺をイジメていたグループに関わりがあり、隼人とも面識があるのは間違いない。

 なんたって話していたシーンは見た事あるし。


「確かにアイツも目を引く存在だ。だが、バカだ。

 バカは使えん。それに仕事をドタキャンされても困るしな」


 なんだかんだ絡んでた相手にここまで言えるなんて......相変わらず容赦ねぇなコイツ。

 あ、久川の目つきが気持ち鋭くなったような気がする。雰囲気も荒々しいような。


「お断りするわ。あなたのような人間の息がかかった場所で働くなんて息が詰まりそうだもの」


「おいおい、別にそこで働く人間は俺のようにひねくれてねぇぞ?

 それに働くっても単なるバイトに過ぎない」


 おい、お前自分自身でひねくれてる自覚あったのかよ。

 それでいて何もしないって質悪いぞ。


「おい、拓海。お前はどう思う?」


「え? 俺?」


 なんでそこで俺に振ってくんだよ。俺は明らかに部外者だろ!?

 うっ、二人の視線が辛い。

 隼人の方は「わかってるよな?」みたいな目だし、久川は「助けて」みたいな目だし。


 ふぅー、おかしい。本当におかしい。

 俺が意見を出すべきことじゃないはずなのに。

 しかし、こういう状況になってしまった以上は、曖昧な答えは隼人に俺という人物の印象を大きく与えることになる。


 きっと俺の人生設計としては隼人に味方する方が得なのだろう。

 だけど、それは俺が自分より上の立場の人間に屈して首輪を繋がれて生かされてるも同じ。

 大事なのは俺の気持ちだ。行動するために思考を意識しろ。


「俺は......」


 やたら喉が渇く。緊張で手先は冷たく、小刻みに震えを感じる。

 それでも、俺は拳を握って自分の意見を主張した。


「隼人の意見に一理あると思う。

 久川さんはこんなところで埋まっているような人間じゃない」


「早川君......」


「でも! それは俺の建前の意見であって、本音としては人の人生を他人が勝手に価値を決めつけてんじゃねぇよバカってなもんだ!」


 その言葉に隼人が鋭い目で見てくる。

 正直、目を物凄い逸らしたいが、逸らしたら負けだと思った。

 すると、途端に隼人が笑い始め、久川に言う。


「だってよ。どうやらアイツはお前が俺の手元に収まることを良しとしないらしい」


「え、いや、そういうことじゃなく......」


「そうみたいね。どうやら価値観を変えられたのは私だけじゃないみたいね」


「あの、だから、違うって......」


「ハッ、んなわけねぇだろ。どうして俺がこんな奴に」


「その割には意外と悪くなさそうね」


 なんかよくわからないが隼人と久川の空気が穏やかなものになってる。

 隼人を毛嫌いしてた久川が隼人を弄って笑ってる......?

 正直、こっちとしては何が何やらサッパリなんだけど。

 

「今のあなたは存外素直な性格なのかもね。

 ひねくれてるように見せても、結局頑張ってる人が好き。

 あなたの価値というのは、見た目の評価とは別に努力という付加価値も結構高いのでしょ?」


「俺をわかったように言うのはまだ早いぜ。

 それに見た目が一番大事に決まってるじゃねぇか」


「だとすれば、早川君の存在は決定的な矛盾の証拠になってしまうけど?」


「アイツは単なる暇潰し。実験サンプルとも言い換えられるな。

 俺は捨てても困らないが、アイツは俺に捨てられると困る。

 仕方なく俺はアイツに付き合ってるだけだ」


「ふふっ、そういうことにしておく」


 なんだろう、暖簾に腕押しというか......あの隼人が全く相手にされずに受け流されてる気がする。

 ここまで隼人が手玉に取られてるのは初めて見るな。


 隼人はチラッと時計を見ると「話は以上だ。これ以上は時間の無駄。俺は先に帰る」と言って一人先に教室を出ていく。

 その後ろ姿は少し小物臭かった。


「早川君?」


「ん?」


「ありがとう」


 突然言われたお礼に俺は思わず困惑する。

 そんなお礼を言われるようなことしたっけ?

 確かに隼人から意見を述べられて言ったけど、あれは俺の勝手な気持ちを吐露しただけのものだし。


「それにしても、断って良かったのか? 俺個人としては悪い話じゃないと思ったけど」


 やるか否かは久川の自由だ。それは間違いない。

 しかし、未来の久川の輝かしい時代を知っていると、その未来に繋がりそうなチャンスをこんな簡単にフイにしてしまって良かったのかとは疑問に思う。


 そんな俺の考えが透けていたのか、久川は茜色の日差し差し込む窓に目を移すと答えた。


「そうね、きっと未来の私を考えればこのチャンスを袖にしたのは痛手かもしれないわ。

 でも、は私からすればただの手段でしかなかったから。

 今はこの時間に意味がある」


「......そっか。久川さんがそれで良いなら俺が言うことはないな」


「それにどうせあの金城君が一度で諦めることはないと思うし、なんだったら私がやるような意志を見せたらすぐに枠を作ってくれるんじゃないかしら?」


「ありえそう」


 アイツの行動力は侮れないからな。

 俺に鞍替えしたのが良い例。

 学校のチャイムが鳴る。

 その音を合図に俺は久川に「俺達も帰ろう」と切り出した。

 そして、俺がスクールバッグを肩に背負って帰ろうとした時、久川が俺の名前を呼ぶ。


「早川君」


「ん? どうした?」


「少し時間がある? 大事な話があるの」


「え?」


 大事な話......? それってもしや? もしやなのか!?

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