第12話 おー! ついに初めての女子メルとも!
「くぅ......28......29......ラスト30、ダハァ」
学校が終わって家でのプライベートタイム。
きっと一度目の学生生活を送っている俺は、明日も来るであろうイジメに怯えてゲームに現実逃避している時間だろう。
そんな時間を今の俺は筋トレに捧げている。
つい最近、やっと腕立て伏せが30回いくようになった。
え? 少ないって? うっせ、俺は常日頃からつけたくもない錘を身につけて生活してんだ。許せ。
腕の筋肉が「瀕死です」と言ってるかのように動かない。力が入らん。
ゼェゼェ......うつ伏せ辛ぁ、呼吸が苦しい。仰向けになろう。
寝返りを打つとぼんやりと丸い蛍光灯を眺めていく。
しかし、脳内で考えてることはやはり金城と久川の矛盾に関することだ。
といっても、手掛かりはなし。
もうここばっかりは久川に直接聞いてみるしかねぇよな。
しかし、聞いていいものか。
なんたって久川は金城に対して異様な嫌悪感を示していた。
それはそういう感情を抱くまでに至る原因があったからに過ぎない。
つまりトラウマをほじくる可能性があるということだ。
それを部外者の俺が勝手に聞いていいものなのか。
久川との関係は
あ~、気を遣いすぎてもそれはそれでダメなのかな~?
くっ、何十年と友達がいなかった弊害がおもクソ出てる気がする。
こういう時にセーブ&ロードがあればなとか思っちゃうよな。
俺は何気なくスマホを開いてみる。
当然会話をしている相手などいない。
隼人とも頻繁にやりとりするような仲じゃないしな。
そもそもアイツの返答めっちゃ遅いし。
だから、必要なこと以外話さないようにしている。
「つーか、俺のレイソ相手......中学のを除けば母さんと隼人しかいねぇ」
―――翌日
今日も今日とて朝から掃除をしている。
それをしながら俺は一つの決意に満ち溢れていた。
即ち、久川とレイソを交換すること!
多少は仲良くなってるからいけんじゃね? と思って。
それに俺は久川からの返事を待つとは言ったが、それが決まった時にすぐに俺の所へ連絡してくれれば、こっちとしてもセッティングがしやすくなる。
そんな目的のために久川とレイソを交換するだけだ。
不純な気持ちなど断じてない! という気持ちで頑張っています!
はい、若干浮ついてます!
というわけで、早速朝の登校時間に久川に話しかけようとしたけどガードが固かった。
久川自身が誰かに話しかけることは少ないが、久川に誰かが話しかけに行くことはよくある。
皆、あの美少女とお近づきになりたいのだ。ちなみに、全員女子だけどね。
俺は仕方なく諦めホームルームが終わった後の時間に声をかけようと待った。
うん、ダメだった。なんかいつにも増して人が寄ってる気がする。
いつもこんな感じじゃなかったのに。
これはアレだ、いざやろうとし始めた時に想定外のことが続けざまに起こる感じだ。
多分、そんな感じがする......俺の予測が正しければ。
そんな予想を見事的中させたかのように昼休みになっても俺が話しかける隙は無かった。
そして、時間はそのままあっという間に過ぎていく。
―――放課後
「とうとうこんな時間になっちまったか。ハァ、今日は素直に諦めるか」
茜色の日差しが窓から差し込む時刻、俺は無人となった教室に一人いた。
窓の外からは正門に向かって帰っていく生徒達の姿が見える。
久川は友達に連れられてとっくの前に帰ってしまった。
「まぁ、チャンスはいくらでもあるか」
俺は気持ちを切り替えると、自分の席に座って今日の分の宿題及び明日の分の予習を行っていく。
どうせ今の俺だと家では筋トレで疲れ切って、勉強どころではなくなるので、この時間帯にやるのがベストなのだ。
「さて、やるか」
―――ガラガラガラ
俺がいざ始めようとした時、教室のドアが開かれた音がした。
たまに誰かが忘れ物を取りに来るのでそれだろう。
といっても、音がすればふと振り向いてしまう。
「ハァハァ......早川君」
「久川さん......」
教室に現れたのは思ってもいない人物だった。
いや、久川であっても忘れ物ぐらいするか。
そう思っていたのだがなぜか久川は俺の席の前へと近づいてくる。
え、え? 何? 俺に何か用だった?
「ど、どうしたの?」
そう聞くと久川が首を傾げて聞き返してくる。
「早川君の方が用があるんじゃないの?」
「え......あ、確かにあったけど、別にすぐにってわけでもなかったもので......まさかそのために戻ってきたの?」
「えぇ、今日はやたら他の子達が早川君を警戒してたから。
私も用があるのだと思ってなんとか抜け出そうとしたけど、結局こんな形で抜け出すしかなかったわ。ごめんなさい」
「いやいや、別に謝る必要はないよ。っていうか、汗拭きなよ。これ、俺ので良かったら」
俺は久川にハンカチを渡していくと、彼女は嬉しそうに「ありがとう」と返答した。
それにしても、なんか都合よく距離を離されるなと思ってたけど、やはりそんなことが起きてたのか。
まぁ、なんであれ、久川の機転のおかげで俺も要件を済ませられる。
俺は机の横にかけているスクールバッグからスマホを取り出すと、レイソの画面を開いた。
「で、俺の要件は単に久川さんと連絡取れた方が便利かなと思っただけなんだけど......」
「しよう! すぐしよう! 今しよう!」
「なんか圧が強いな」
久川が異様なほどに食いついてきた。
目も心なしか輝いてる気がする。
とりあえず、俺はその圧に押されるままに久川とレイソを交換していく。
おぉー! 俺の数少ない友達の欄に久川のが登録された。
「早川君のはこのミニブタのアイコンのやつでいいのよね?」
「あぁ、それだな」
「どうしてミニブタのアイコン?」
「それは俺の今の状態を表してる。言わば戒めってわけだ。もちろん、ミニブタは悪くないぞ」
「私的にはその姿でも問題ないと思うけど」
「そう言ってもらえるのはありがたいが、やはり人間何事も第一印象だと思うんだ。
太ってる姿というのは一般的にあまり良い印象を受けない」
心理学用語に「初頭効果」というものがある。
それは“人間が最初に受けた印象にその後も強く影響される”というものだ。
例えば、久川ほどの美少女の部屋が多少散らかってても、それは逆に人間らしさが垣間見えて親しみを抱かれやすいかもしれない。
だが、俺のような体形の奴が同じような感じであれば、不潔でだらしねぇ奴という印象しか受けない。
残念ながらそういうものだ。故に、第一印象は大事とよく言われる。
俺が今の学校生活で朝から掃除しているのは、すでに受けてしまっているそれらの印象をどうにか覆すための足掻きのようなものだ。
「太っている人と痩せている人の印象は痩せている人の方が好印象を抱かれやすい。逆は言わずもがな。
そういう意味で俺は痩せようと思ってる。
これから生きていく先で出会う人に悪い印象を持たれるよりマシじゃん?」
「確かにそうね。そういう意味であれば私が口出すものではないわね。
応援してるわ。もし、何か私に手伝えることがあれば何でも言って」
「ハハ、ありがとう」
久川はスマホを大事そうに胸の前で抱える。
すると、突然何かを決意したように俺に言う。
「早川君、私......金城君に会うわ」
「ほんとか!? 無理は......してないよな?」
「えぇ、してないわ。今、勇気を貰ったから」
「?」
久川は「それじゃ、後で連絡するわ」と言うと、スキップにも似た軽い足取りで教室を出ていった。
*****
―――久川玲子の部屋
ピンクの水玉模様の寝間着を来た玲子はベッドで一人座ってスマホとにらめっこしていた。
スマホは拓海とのトーク画面が開かれており、文章欄には「こんばんわ。明日は放課後でお願いするわ」と短い文章が打ってあって後は送信するだけ。
しかし、彼女はその送信を押すまでにもうかれこれ10分は過ぎている。
膝上に抱えたクッションはぺしゃんこになって、彼女はそれをさらに圧し潰すように抱きしめながらゴロンと横になった。
「大丈夫、私は色んな場所で色んな経験をしてきた。
それに比べればメールを送信するぐらいなんでもない......はず」
そんな言い訳を繰り返しているとトーク画面に一つの文章が送られてきた。
『今日は俺のために時間を割いてくれてありがとう。無理だけはしないでくれよな』
拓海からのメールである。
その文章に目を通した玲子はそっと微笑むと、自分が打った文章を一度全部消して打ち直した。
そして、それを送信する。
『大丈夫よ。心配してくれてありがとう。明日の放課後にお願いするわ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます