第9話 経験値が足りません
憂鬱な月曜日の朝、俺、陽キャに絡まれる。
「それでそれで、レイちゃんとは友達なの?」
俺が箒で掃いていると、掃き終わったスペースに元気さんが教室の片方に寄せてあった机を運んで並べていく。
その時、運びながらそんなことを聞いてきた。
友達......友達でいいのか? そう聞かれると物凄く疑問になる。
もちろん、勝手なことを言わせてもらえば、俺は友達だと思ってる。
休日に二人ででかけりゃそりゃ、ねぇ?
「たぶん友達でよろしいんじゃないでしょうか......?」
「いや、わたしに聞かれてもねぇ~。でも、レイちゃんの方は早ちゃんを友達だと思ってるはずだよ」
「早ちゃん!?」
え、なにその急な距離の詰め方。
さっきもそうだけど急に眼前に立つような距離感止めない? 心臓に悪い。
「あ、ダメだった? だったら、私も唯ちゃんでいいよ。これで相殺ね」
「ならないならない。俺、そこまで頭が高くない。せめて普通に呼ばせて」
「せめて普通って遠慮しない言い方でそれなら遠慮した言い方とは一体......」
「そりゃ、元気様もしくはゲンキングでしょ」
「後者の方一周回って距離感近くなってない?」
元気さんは腕を組んで少しの間「う~ん」と唸ると、何かを決めたようにビシッと人差し指を向けてきた。
「それじゃ、ゲンキングでしくよろ!」
「マジすか」
元気さん改めゲンキングという名に決まった。
今更ながら絶妙にダセェ。けど、口に出して言えねぇ。
「ちなみに、ゲンキングさんは―――」
「No“さん”、Yes“愛称”オンリー」
「......ゲンキングは久川とはいつからの付き合いで?」
「中学くらいの時かな。ほら、レイちゃんって基本物静かでしょ?
誰かにかかわるわけでもなく、ずっと机で本を読むタイプ。
でも、レイちゃんはめっちゃ美人だからそれだけで絵になる」
確かに久川は美人でずっと誰かからの視線を集めている。
まぁ、最近は妙に距離感近くしゃべってるせいか、物静かなタイプと言われてもあまり頷けないけど。
「だけどさ、やっぱり一人って大変じゃん?
授業や活動の内容によっては一人で出来ないことも多いし。
だから、わたしが友達になってあげよっかなって」
「つまり同情で友達になったってこと?」
「いやいや、そうじゃなくて! まぁ、全くなかったと言ったら噓になるよ?
でも、わたしが友達になりたいと思ったから動いたの! それだけは本当!」
ゲンキングは必死に言葉を並べてきた。
その必死さだけで嘘じゃないとわかる。
もし同情で友達になったんだとしたらきっと何か言ってたかもしれない。
どんな存在でもプライドぐらいあるんだ。
勝手に可哀そう扱いされて同情なんてされたらたまったもんじゃないと。
だけど、そうじゃ無いみたいで良かった。
久川は約束された輝く未来がある。
彼女にはどうか濁りのない心のまま輝いて欲しい。
何様のつもりだって言われるとほんとその通りなんだけど。
お詫びに俺が感じた久川の印象を教えておこう。
「実は俺、久川さんとは小学校で少し関りがあるんだ。
で、今も同じかどうかはわからないけど、もし昔からあまり性格が変わってないとしたら、久川さんは思ってるよりも寂しがり屋で本当は誰かともっと話したいけど上手く話せないだけだから」
「......へぇ~」
「もちろん、慣れた相手であるゲンキングにはいらないアドバイスだと思うけどね」
そう言って止まっていた掃き掃除を再開する。
すると、ゲンキングが「そんなことない」と言って返答してきた。
「だって、わたしはあのレイちゃんが寂しがり屋なんて知らなかったから。
ありがとう、これからは押して押して押し倒すね!」
「喜んでもらえたのなら何よりだけど、その表現はもはや別の意味に捉えかねないから」
俺がそんな風にツッコむとゲンキングがニヤニヤした顔で「どのあたりが~?」と聞いてきた。
やっべ、見え見えの罠に突っ込んじまった。くっ、陽キャの圧が!
俺は出来るだけ大人の余裕を見せつつスルーしていく。
その反応に「つまんない」とでも言ってくれれば良かったが、「なるほど、燃えてきた」となぜかやる気を出した発言をした時は俺の目からスッと光が消えた。
―――昼休み
「早川君、唯華から何かされなかった?」
俺が東屋でひっそりと飯を食っていると、突然やってきた久川がそんなことを言ってきた。
なんか文面だけ見ると、自分の妹がチャラ男と一緒になって手を出されなかったかって心配してるような言葉だな。
「な、何もなかったよ?」
肉体的には。精神的で言えば、その後あの手この手で俺の発言に対して弄られたけど。
やはり陽キャは怖い。無駄に熱量が凄すぎて俺の体が溶けないか心配したわ。
久川は俺の目をじっと見る。
その逃れられない視線に思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
最終的には「ハァ、良かった」と納得してくれたのか、自然な流れで俺の横に座って昼食を取り始める。
無駄な動きが無さ過ぎて二度見してしまうほどには。ここで昼食取るんすね......。
「そういえば、金城と会うって話は考えて―――」
「今はその話はやめましょ。それよりも、はい」
「んぐ!?」
俺の話題は一瞬にして却下されたかと思うと口に唐揚げを突っ込まれた。
え、何事? それだけその話題を避けたかったのか?
つーか、今箸が口当たっちまったぞ!?
「モグモグ......ゴクン。久川さん、今のは!?」
「どう? 今朝私が作ってきたお弁当の唐揚げは?」
「そりゃ、大変美味で......ってそうじゃなくて! 今の行為に関してだよ!」
あ~んだよ!? あ~ん!?
あれってラブコメの主人公か世のカップルにしか許されない行為ではなくて!?
え、何? もしかして俺死期近い?
「別に普通よ。これぐらい大したことないわ」
「いやいや、無理してるでしょ。だって、顔赤いし」
そう指摘すれば久川はサッと耳を手で隠していく。
そして、今度は別で露わになった頬を赤らめた顔で言い返してくる。
「......えっち」
「っ!?」
その恥じらう顔めちゃくちゃ可愛いけど! 可愛いけど!
これって俺が体験していいことなのか!?
あれ? 俺、タイムリープ? してきたんじゃなかったっけ?
もしかして首吊って死ぬ間際に夢のような走馬灯見てたりする!?
「まぁいいわ。早いとこ昼食をとってしまいましょう。思ったより時間ないみたいだし」
「え、あ、はい......」
俺が一度顔を下に向けて困惑していれば、再び見た時にいつの間にか久川の顔から赤みが嘘のように消えている。
まるで俺が久川に対して幻覚を見ていたみたいに。
え、今のって......え? 思い違い?
ダメだ、わっかんね! これも俺が女子に対して何十年と関わってない影響か!?
それから、特に会話が発生することもなく黙々と昼食をとっていく。
正直、何も味がしなかった。
その間にずっと先ほどの表情について考えてたけど答え出ないし。
すると、久川の方が先に食べ終わったのか、立ち上がると「先に帰るわ」と歩き出した。
その後ろ姿を見て俺は思わず聞いてみる。
「久川さん、一つだけ聞いていいか?」
「何?」
「どうしてここまで俺に話しかけてくれるんだ?」
「それは早川君の味方だから」
「正直、それだけが理由じゃないと思ってる」
「っ!」
そう聞くと久川は一瞬恥ずかしそうに頬を赤く染めるとすぐに顔をそむける。
そして、一つ咳払いすると、何事もなかったかのような顔で口に人差し指を当て答えた。
「秘密♪」
それだけ答えて久川はこの場を去っていく。
彼女の姿が見えなくなった時、俺は頭を抱えてしみじみと思った。
女子って何にもわかんねぇと。
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