第7話 映画デート?

 俺は久川に連れて来られるままにショッピングモールにやってきていた。

 来るまでの道中、終始楽しそうな様子の久川に対して、俺はどうにも緊張が解けることはなかった。


 当然周囲の視線だ。特に男からの視線がかなりキツい。

 もういいだろ? 無視してくれよ!

 美少女がペットのミニブタ連れて買い物来たぐらいに思っててくれよ!


 そう思いながら同時に、俺があこがれていたラブコメの主人公というのは如何に鋼のメンタルをしていたか思い知らされた。

 とてもじゃないが、自己評価の低い今の俺にはとても辛い。


 とはいえ、その代償として現在進行形で久川とのデートイベントが進行している。

 あれ? ショッピングもデートじゃなかったけ?

 違うならめっちゃ浮かれててハズいじゃん。


「ひ、久川さん? 本日はどのようなご予定で」


「決めてない。でも、ここなら何か見つかるかと思って」


「ノープランすか」


 凛とした歩き姿は隣を歩いているはずなのになぜかそこだけ別空間のように感じる。

 なんだろう、夏の制汗剤のCMとかで見たことありそう。


 おっと、現実逃避は良くない。冷静に考えろ。

 ノープランということはこちらの都合で予定を組めるということだ。

 それにこれは隼人の出したミッションをクリアするにもってこいの状況でもある。


 隼人と友達関係を作るために久川を利用するというのはとても心苦しいが......ごめん、久川後できっと天罰下るからそれで許して!


 しかし、子供部屋出身の俺が一体久川をどうやってもてなすというのか。

 ギャルゲーはやってたよ? でも、それはあくまでゲームの話であって。

 結局のところ“ご都合主義”という神に愛された主人公によって、ほぼ何やってもヒロインの好感度は上がるもので。


 ここは無難に映画館を進めておくか?

 正直、ショッピングモールに入ってからウロウロしてるばかり。

 久川も当てがなさそうな感じで、さらに会話もないから空気がひたすら重い......!


「久川、映画館とか行ってみるか?」


 上映中はしゃべる必要はないし、終わってもその内容をもとに話すことができる。

 一石二鳥! 映画最高! 映画最高! さぁ、映画最高と言え!


 その提案に久川は左手首につけた小さな腕時計をチラッと見ると、返答してきた。


「でも、今お昼頃だから見始めたらお昼過ぎてしまうわ」


「......あっ、そ、そうですね......」


 緊張でお腹があまり空いてなかったから気が付かなかった。

 確かに、昼からの上映だとお腹空くよな。

 さすがにポップコーンとジュースだけじゃ味気ないし。

 となると、映画はなしか......う~ん、どうしよう。


 俺が腕を組んで考え始めると、久川は慌てた様子で意見を変えてきた。


「やっぱり、一緒に見よう!」


「え? いや、そんな気を遣わなくていいよ」


「そんなことない、そんなことない! 映画最高!」


 久川が常時テンションの高いヒロインのように拳を突き上げてそんなことを言った。

 その姿に俺の中で久川のイメージが崩れる音がした。

 しかし、不思議なこと表情が一枚絵。


 俺、実は久川のこと何も知らない?

 いや、知らないのは当然だけど、クールキャラってのはもしかしてこっちの勝手なイメージだった?


 なんだかイメージに合わないな~と思いながら先を歩き始めた久川についていく。

 その時、ふと久川の姿を見ると耳がわずかに赤かった。

 俺は察したね。やっぱり、俺のために無理してたって。優しいな~ほんとにもう。


 シアタールームにやってくると上映作品のポスターを眺めていった。

 少し前に流行ったドラマのやつだったり、去年アニメが放送されたラノベの劇場版だったり、洋画版パニックホラー系のやつだったりとまぁいろいろあるね。


 しかし、正直ピンと来るものは無かった。

 強いて言えばアニメ映画のやつが懐かしいから見てみたいけど、久川がいるのにそういうのはな~。


 別に久川がヲタクに対して偏見があるわけじゃない。

 ただ、なんつーか久川にはこういうの触れて欲しくないっていうか......個人的にはアニメ面白いからって知ってほしいけど、う~ん、言葉に出来ない。


「早川君、これはどう?」


「あぁ、面白いと思うよ。当時有名なラノベがアニメ化を経て劇場版したやつだから。

 見たことなかったら見てみたいと思ってた......え、なんでそれ選んだ?」


「丁寧なノリ突っ込みありがとう」


 思わず饒舌にしゃべってしまったが、まさか久川がそれを選ぶなんて。

 それになんかお礼言われた。


「単に興味があったからよ。それに早川君も好きでしょ?」


「そりゃ、もちろん。でも、無理してない?」


「無理してない。さ、行くよ」


「え? ちょ、思ったより強引!?」


 俺は久川に腕を掴まれるとそのままチケット売り場へ。

 そして、座席から食べ物まで全てをサッと済ませてしまう。

 その間もずっと俺の腕を話してくれなかったので周囲の視線が痛すぎた。

 その時、「弟じゃね?」という言葉が聞こえた時はビックリしたけど。

 顔面偏差値が違いすぎるでしょうが!


 また、途中で久川がクレジットカードを持ってないのに「クレジット払いで」と言って、その後持ってないことに気づいて顔を赤らめた場面は周囲を和ませた。


 にしても、久川ってここまで強引だったっけ? というか、久川の距離近くない?

 これまでに何らかの関りがあるなら別だけど、俺が覚えてるのは小学生の時の少しだけでそこからは俺が引っ越して何もなし。


 高校で再会したのは奇跡だと思ったけど、別に何もなかったはずだ。ましてや、映画なんて。

 もし、俺がこれを忘れているのならなんたる愚か者か。切腹ものだぞ。


 ただ、俺の記憶も約20年前のもので、さらにイジメに遭ってた時の印象が強すぎるせいで、思い出せない可能性は大いにある。

 まぁ、なんであれ久川と仲良くなれてることに関しては万々歳だけど。


 久川は必死に羞恥心を表情に出さないようにしてるけど、耳が赤くなってるのでモロバレしている。

 ということに気づきながら、気づかないフリをした俺は指定された座席へ向かった。


 席に座ると映画が始まるまでの沈黙が始まった。

 なんというかだんだんその空気に慣れてきた俺がいる。

 映画が始まるとその内容に懐かしさを感じる一方で、久川を不快にさせないように徹底した。


 つまるところ、席に置いてあるドリンクを取ろうとして手がぶつかるなどあってはいけない。

 Noタッチ学園アイドルである。

 まぁ、俺は先ほど久川に腕掴まれたけどそれは彼女からなのでノーカンとして。


 途中、何度かぶつかりそうな時があったが、俺が率先して回避したことで事なきを得た。

 ただ、チラッと久川の顔を見た時妙に落ち込んでいたが。あ、ポップコーン食い過ぎた?


 映画が終わると一階にあるファストフード店へ。

 二人で注文を終えると空いてる席へと座った。

 よし、ここまでの流れはいい。


 後は隼人のミッションを達成したいが、いきなりその話をするのもアレだし、まずは映画の話をしよう。


「どうだった? その、さっきの映画」


「意外と面白かったわ。あれって確か原作は小説なのよね?」


「うん、そうだよ。もしかして興味湧いた?」


「えぇ」


 おぉ、あの久川がラノベに興味を持ってくれるなんて! それだけで嬉しい!

 それから、俺は火が付いたようにその類の話を始めてしまった。

 所謂ヲタク語りってやつだ。


 途中、ついしゃべり過ぎたと思う場面があったが、その都度久川が聖母のような表情で続きを聞いてくるので、ついつい話を続けてしまう。


 ある程度話を終えて、俺だけが満足したような気分になったところで何度目かの我に返る。


「ご、ごめん、一人で勝手に盛り上がって」


「大丈夫、私も楽しかったから。楽しそうに語る早川君も面白かったし」


 天使、否、女神か!? この人は!?

 この流れなら隼人のミッションもすぐに終わるんじゃないか?

 だって、久川は別に男嫌いをしてるわけでもないし、俺相手にもこんな風な対応だし。

 隼人が何やら言ってたけど、もしかしたらアイツの勘違いの可能性もあるし。


「久川さん、一つお願いがあるんだけど聞いてもらっていい?」


「えぇ、何でも言って」


「隼人......金城に一度顔合わせるだけ―――」


「それだけは嫌」


「え?」


 あまりにもハッキリした否定に俺の甘い考えはすぐに打ち砕かれた。

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